人工魔法師 15
「レクトール、お客さんよ」
とりあえず、彼女の交友関係というか、頼りそうな人のところを片っ端から当たってみるかと考え、出かけようとしたところで、受付から連絡がきた。
「いつもの子たちだけれど、なんだか焦っていたようでもあったわね」
受付の方からそのように報告を受け、どうしたのだろうと、とりあえず、会うことにする。
遊びに来るのはいつものことだから構わないのだけれど、そんな風に言われたのは初めてだ。
ちなみにエナは、今は省内の運動場のほうにいるはずだ。一応、今はまだ学院には通っていなくても、同じような環境は整えられる。
「レクトール。不審者よ」
建物の中では静かにしないとだめだよ、と注意する間もなく駆け込んできて、シエナが興奮した様子でそう口にする。
不審者なら、先に向かうべきは警察のほうだと思うけれど、危険に感じた際、身近な、よく知る人物を頼ろうとするのはあることだ。
まあ、同じ省内に実の兄がいるシエナまでここに駆けこんできたのには、すこしばかり、友人に対して思うところがないわけではないけれど。リュシィとユーリエも一緒だったからだということにしておこうか。
それより。
「不審者って、どういうことかな」
ソファを勧め、紅茶とお菓子を出しつつ、僕も向かいに腰を下ろす。
「本当は、今日、ここへ来るつもりはなかったのですが――」
「リュシィ。私が自分で話すよ」
遠慮がちに様子を伺いつつ、話を切り出そうとしたリュシィを、その当人であるユーリエが制止する。
つまり、ユーリエの身に危険が?
「私、今日は真っ直ぐ帰るつもりで学院を出たんです。けれど、駅の辺りで、声をかけられて」
かわいいからモデルをしてくれとか、そういう感じではないんだろうな。
それはそれで事件かもしれないけれど、スカウトの人を不審者呼ばわりはしないだろう。
「それが宗教の勧誘だったらしくて、思わず学院に戻ろうと走っていたところを私の家の車とすれ違ったから、声をかけて拾って、それからリュシィにも連絡して、三人でここまで来たというわけなのよ」
シエナが後を引き取る。
リシティアでは宗教は自由に認められているけれど、当然、強引な勧誘などは取り締まりの対象にもなる。
「わかった。確認しておくよ。それで、具体的にはどんな風に声をかけられたの?」
知らない人間に声をかけられて、怪しいところに連れ込まれそうになるというのは、かなり恐怖の体験だったかもしれないけれど、同じような事案を防ぐため、あるいは注意喚起の広告などを出すためにも、詳細は知っておきたいところだ。
もちろん、無理やり聞こうとも思わないけれど。
しかし、ユーリエの口から出たのは予想とは少し違っていて。
「えっと、その、天使みたいだって」
「は? 天使?」
どういうこと?
宗教の勧誘なら、自らの信じる神、あるいはそれに類するなにかがいるのではないのだろうか?
いや、まあ、新興宗教だというのなら、その辺りがあやふやだったり、矛盾していたりすることもあるのかもしれないか。僕は宗教に詳しいわけではないから、はっきりとはわからないけれど。
「はい。あなたなら素敵な天使になれますとか、一緒に天使になりましょうとか、意味はよくわからなくて」
「宗教なんて、興味のない人間からしてみれば意味のわからないことばかりです。本人たちにとっては重要な教義なのかもしれませんが、押し付けようとされるのは、まったくもって、迷惑な話です」
リュシィも少し憤りを感じている様子なのは、友人が巻き込まれたからだろうか。リュシィ本人が、宗教に関して、どうこう思っているとは思えないし。それは、プラスの感情も、マイナスの感情も本来持っていないだろうという意味だけれど。
それにしても、天使ねえ。
素敵な天使になれますって、生きている人間が言っている時点で、かなり胡散臭い話だよなあ。まあ、宗教なんて全部胡散臭いと言えば、それまでなのだけれど。
なんとなく、なにか引っかかっている気もするけれど。
「どうかしましたか、レクトール」
「いや、なんでもないよ。それで、ユーリエは追いかけられたとか、そういうことはないんだよね?」
リュシィに見咎められそうになったのを誤魔化しつつ、一応、確認はしておく。
追いかけるまでゆくと、迷惑行為だし、取り締まりも視野に入れなくてはならなくなるけれど。
「はい。あっ、いえ、すみません。私、なんだか怖くて、ひたすらに走っていたのでよく覚えていなくて」
「いや、いいんだよ。ごめん」
無理に聞き出そうとしたわけではない。
あくまで、話してくれる範囲で構わない。
今聞いた感じだと、そこまで強引に引き込もうという感じではなさそうだから、軽く注意しに行くぐらいで構わないだろうか。
「それで、その人たちは何教だって言っていたの?」
詳しくは聞かないとは言ったけれど、そのくらいはわからないと、僕たちとしても調べよう、というか、向かいようがない。
「えっと、たしか、天使教と言っていました」
「そのまんまじゃない。かなり胡散臭いわね」
ユーリエの報告を聞き、シエナが呆れたように嘆息する。
うん。
普通、天使というのは、その神様にお仕えする存在のはずだからね。
その天使自体を信仰するというのは、どうもおかしい気もする。まあ、宗教なんだから、なにを言っても意味はないのだけれど。
というか、やっぱり、天使は入るんだな。
「まあ、ユーリエが天使のようにかわいいというのには同意するけれど」
「ふぇっ!」
思ったとおりに口にしただけなのに、ユーリエにはかなり驚かれてしまった。
リュシィの視線がすっと厳しくなり、シエナが面白そうに口角を上げて、ユーリエに抱き着く。
「私もそう思うわ。たしかに、天使と見紛っても、おかしくはないわよね。これで翼が生えて輪っかがあったら、完全に見分けがつかないところだったわ」
うんうん、と僕も頷き、シエナとハイタッチする。
「もう、からかわないでよ、シエナ」
「あら? 私は別にからかってないわよ?」
シエナがそっと指をユーリエの顎にかけ、妖しくその金の瞳を細めて、くすりと微笑む。
「あ、あの、えっと、シエナ。その」
ユーリエはしどろもどろになって、なされるがままだ。
「ふたりとも、そのくらいにしてください。話が進みません」
空気を断ち切ったのはリュシィだった。
危うく、なにかに目覚めそうになるところだった。
「あら、リュシィ。やきもち?」
「なにを言っているんですか……」
リュシィは心の底からといった感じで、呆れているような溜息をつき。
「わかったよ。とりあえず、今日はユーリエのことは僕が送るね。ああ、もちろん、ユーリエが良ければ、だけれど」
リュシィとシエナは車ということだったから、必要なさそうだったけれど。
「ありがとうございます、レクトールさん。ですが、御迷惑ではないですか?」
「全然、そんなことはないよ」
むしろ、光栄だなくらいに思っているけれど。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
差し出した手を、若干、頬を染めたユーリエが取ってくれると、反対の手が握られる。
「えっと、シエナ? エストレイア家からは迎えが来ていたんじゃ――」
「用事ができたんで帰って貰ったわ」
さらりと言われる。まあ、構わないけれど。
こうなると、もうひとりにも声をかけないわけにはゆかない。
「えっと、リュシィが良ければ、送らせて貰えないかな」
リュシィは少し間を取ってから、
「わかりました」
と頷いてくれた。
オンエム部長に許可を取ってから、三人には正面玄関で先に待っていてくれるように頼み、車を取りに向かった。
どうせ出るなら、エナが一緒でないのは丁度いいし、ついでにその宗教団体のこともすこし見てこようかな、などと思いつつ。




