人工魔法師 13
◇ ◇ ◇
翌日、僕はエナと一緒にルナリア学院の初等科校舎まで出かけてきた。
今日になってからユーリエと何度かメッセージのやり取りもしたのだけれど、こっちのほうが都合が良いのではないかと思えたためだ。
「本当に私がお邪魔してしまっても良いのでしょうか?」
車の中で、エナは不安そうに尋ねてくる。
自分が追われている立場だということを勘案してのことだろうけれど。
「そんな心配はいらないよ。送り迎えは僕がするし、学院には他の大人、先生方もいらっしゃるから。それに本来、エナくらいの年齢、あー、生み出されてからの時間はともかく、精神年齢というか、見た目的にというか、初等科に通っている頃だろうからね」
実際にエナが通えるようになるのは中等科、それも春からだろうけれど。
もちろん、リュシィたちと一緒の学年のほうがいいかなという、僕たちの勝手な配慮というか、判断なので、エナが初等科から通いたいというのであれば、希望には添いたい。
「それで、ユーリエ、はどのような用事があるのでしょう?」
それについては、僕は知っているけれど、多分。
「それはついてからのお楽しみということで」
エナにとって悪い話ではない。どころか、むしろ、その逆になるに違いない。
表向きは学院見学ということで、それもあながち間違いでもないし、入り口で入校申請を済ませ、教室へ向かう。
内装は、先日の学院祭のときと変わっていない。まあ、あのときほどはっちゃけているというわけではないけれど。
ときどき、リュシィたちの送り迎えに来ているためか、校内でもそれなりに僕の顔を知られているらしく、すれ違いざまに挨拶をされたり――主に女子生徒から――しながら、目的の教室へと辿り着く。
「ここは家庭科室、もっといえば、調理室だね」
エナに説明しながら教室に入れば、なんと、三十人ほどの男女が集まっていた。
エナが驚いた様子で僕の後ろに隠れる。正直、僕も少し驚いた。待っているのは、ユーリエと、リュシィとシエナの三人だけだと思っていたから。
そして、その全員が、それぞれエプロンと三角巾をつけている。もちろん、男子も女子も、両方とも。
「あっ、お待ちしていました、レクトールさん」
真ん中あたりのテーブル――調理台から、エプロン姿のユーリエに呼ばれ、人垣が裂けたところを歩いて向かう。
「お招きありがとう。ユーリエはエプロン姿が似合うね」
「ありがとうございます。自分で作ったものだったので、嬉しいです」
料理だけでなく、裁縫も得意なようだった。
でも、今日は裁縫をするのではないだろう。そのエプロンをつけて、三角巾までしているのだから。
「はい。エナちゃん――エナともっと仲良くなりたいなと思って。一緒にお料理ができたら楽しそうだなと思ったんです」
ユーリエはエナへと視線を向けて。
「一緒にやってみない? 初めてでわからないところは私たちが教えるから」
手を差し伸ばされて、エナが僕を見つめてくる。
「この前、エナはユーリエの手作りのお菓子を食べておいしいと言っていたよね。あれを一緒に作ってみないかって」
僕は賛成だけどな。
こういうことを、いろいろと、なんでも、やってみるといい。
「わかりました。よろしくお願いします、ユーリエ」
僕も、料理なら多少はできるけれど、さすがにここに入ってゆくほど無粋でもない。
監督というか、責任者的な意味でいらっしゃるのだろう、おそらくは担任の先生の隣に椅子を持ってきて、座って待たせて貰う。
「なにを作るの?」
「甘いものが好きそうだったから、シュークリームにしようかなって思ってたけど、知ってる? ふわふわだったり、サクサクだったりの生地に、カスタードとか、チョコレートとかのクリームを入れるんだよ。今日はふわふわの生地にカスタードクリームの予定だけれど」
食べたことはなかっただろうから、いまいち想像しにくいのか、エナはなんだか不思議そうな表情で首を傾げている。
購買部とかに行けば売っていそうだけれど、どうせ今から作るんだし、出来上がりをいろいろと想像したりして楽しむのもいいんじゃないかな。
「生地のほうは朝とか、昼とかでやちゃってるから、エナはクリームを作るのを手伝って貰っていいかな」
おそらく、レシピとか、調理手順とかを書いているのだろうと思われるユーリエのメモを見ながら、たどたどしい手つきではあったけれど、他の生徒の手も借りながら、エナはクリームを混ぜる。
レンジをこまめに開閉したり、容器を出し入れするのが大変そうだけれど、エナはどことなく生き生きとしている表情を浮かべている様子だったので、多分、楽しんでいることだろう。
「春からなんて言わず、明日からでも登校させちゃえばいいのに」
いつの間にやら隣に座っているシエナがぼやく。
三角巾とエプロンはつけているのに。
「前にも言ったでしょう。私は食べる係をするのよ。もちろん、食べさせる係でもいいわよ?」
「食べさせる係って、エナは子供じゃないんだから……」
いや、生まれてからの時間を考えれば子供、というか、見た目的にも子供だけれど。この場合、赤ちゃんじゃないんだから、が正しかったか。まあ、どうでもいいけれど、こんなことをしていると多分。
「シエナ。あなたはなんでさぼっているのですか」
ほら。
エプロンと三角巾をしたリュシィが呼びに来た。
「いいじゃない。私は食べる係をしていたほうが、皆も楽だと思うのよね。産廃ヘドロを生み出したくはないでしょう?」
いや、産廃ヘドロって……どういう工程を辿るつもりだろう。作っているのはシュークリームだよね?
「正しい分量と手順、それから自分なりのアレンジなどという余計なことをしなければ、誰でも同じような感じには作れます。そのためのレシピなのですから」
「そうだよ、シエナ。これだって未来のための、花嫁修業の一環だよ」
ユーリエもそう声をかけて、やや強引な感じにシエナの手を引っ張ってゆく。
お菓子作りが得意なユーリエは、どこのテーブルでも頼りにされている様子で、あちらこちらに引っ張りだこだ。
「クリームがはみ出るー」
「欲張り過ぎでしょ。もっと少なくしないと」
「ちょっと、なんでわさびが置いてあるの」
初等科生たちは、ワイワイと楽しそうにやっていて。
「これ、食べていいの?」
「もちろん。エナが自分で作ったんだから」
いよいよ実食だ。
自分の前の皿に置かれたシュークリームをじっと見つめるエナのことを、生徒たちが温かい目で見守っている。
「い、いただきます」
口に含んだエナの表情が輝き、生徒たちはガッツポーズだったり、ハイタッチだったりをしている。
「ねえ、リュシィは頬っぺたにクリームをつけて、レクトールに舐めて貰ったりしないの?」
「……なにを言い出すんですか、シエナ。そんな破廉恥なこと、するはずがないでしょう」
「今の間はなにかしら……、まあ、リュシィがやらないなら、私がやろうかしら」
「食べ物を粗末にしないでください」
ふたりも楽しそうでなによりだ。
ただ、もう少し、健全な遊びを考えて貰えるといいんだけれど。
「レクトールさんも、どうぞ」
調理には参加していない僕のところにも、ユーリエが皿を持って来てくれる。
「いいの?」
「はい。私が作ったものですけれど」
ユーリエがちらりとエナのほうを振り返る。
「嬉しい。ユーリエの作るお菓子は、ううん、料理はどれもそうだけれど、とってもおいしいから」
「あ、ありがとうございます、レクトールさん」
ユーリエは照れたように、わずかに頬を紅くしながら、はにかんだようにお礼を告げてきた。
それから、エナと、リュシィとシエナの作った分も食べることになって、小さめの生地のやつで良かったなと、すこし思ったりもした。




