人工魔法師 12
◇ ◇ ◇
研究所跡でできる限りのデータの回収をして、その日は切り上げになった。
戦闘に巻き込まれたとか、あるいは、他のなんらかの理由で、破壊――物理的に――されていた物もあったけれど、ほとんどのデータはサーバー上のもので、うちの人たちは皆優秀だから、痕跡があればそこから辿ることもできなくはないだろう。今どき、一度、サーバー上にあがったものを、完全に、完璧に、跡形もなく消去するというのは、かなり難しい。あの短時間では、無理だろう。たとえ、物理的に、ネットワークから遮断されたとしても。
それらの回収作業が区切りのついたところで。
「いいから。レクトールとシスは座ってなさい。運転は私がしてあげるから、今日はもう帰るのよ」
そう押し切られてしまい、僕とシスさんは、キュールさんの運転される車でそれぞれ自宅へと向かわせてもらった。
まあ、昨日、いや、時間的にはもう一昨日か、は帰れなかったからな。
エナのことは心配だけれど、オンエム部長が見ていてくださるということでもあったし、休息しないで動き続けるというのも、パフォーマンスの低下に繋がる。
とは思いつつ、帰り着き、シャワーを浴びている間にも、つい考えてしまうというか、頭に浮かんでしまうのは、ソシドラ・フィニークとエナたちのことだ。
逃げた、というのは、理由としては、ただ捕まりたくないというのもあるだろうけれど、彼女の場合はそれだけでは――そうではない気がする。
少なくとも僕の感想としては、彼女は、たとえ捕まったとしても、研究さえできればそれで満足するような人物である気がしている。もちろん、逮捕されたなら、そんなことはできなくなるかもしれないけれど、それはおいておくとして。
あるいは、あの場で見せていた態度はすべて、こうして逃げるための伏線だったのだろうか? いや、おそらく、それはない。あれは、間違いなく、彼女の本心だったはず、だろう。自信を持って言えるわけではないけれど。女心に疎いと評判の僕としては。
「ん? メッセ―ジが来てる」
シャワーを終え、着替えてベッドに横になりながら、端末を開く。
誰かと思えば、差出人はユーリエで、明日――つまり今日――魔法省を訪ねてきてもいいだろうかという提案だった。
「わざわざ、僕に許可なんてとらなくていいのにな」
魔法省は公共の施設なのだから、訪ねてくるのに、許可は必要ない。
もちろん、どこか施設――たとえば運動場とか、レクリエーションルームとか――を利用したいということで、事前に予約しておいたほうがスムーズだということもあるだろうけれど、それでも、その場合、許可を求めるのは僕ではなく、受付とか、事務とかのほうだろう。
まあ、そういう理由であっても、頼ってきてくれるのは嬉しく感じるところもあるけれど。
そうではなく、単純にエナに会いに来てくれるということだろうな。リュシイやシエナはこんな風に訪ねてくるときに許可を取ったりはしないし、ユーリエも以前、突然来たこともあったけれど、素敵なレディに近づいたということ――正解は、そのときはまだ、ユーリエは僕の連絡先を知らなかったということだけれど――かな。
僕に会いに来てくれる、というのは、自意識過剰だろう。それはそれで嬉しくはあるけれど、リュシィからの視線が怖い。
それはともかく、僕のほうには断る理由はなにもない。エナの情操教育? 的にも、ユーリエたちとの交流は大切だし。
最高学年とはいえ、初等科生だし、多分、もう寝ているだろうなと思いつつ、朝起きてから見ればいいだろうと、了承の返事を送っておく。エナもユーリエのお菓子を気に入っていたみたいだったから、喜ぶだろう。ああ、いや、別に、僕たち自身がユーリエの差し入れを期待しているとか、そういう卑しい気持ちが前面にあるわけでは……嘘です、はい、本当はすこし期待しています。
ユーリエが、ほとんど毎回作ってきてくれる差し入れのお菓子は、どれもとてもおいしく、棒だけでなく、諜報課職員全員が、虜になっている、とは言い過ぎ(でもないと僕は思っているけれど)かもしれないけれど、好評を博しているのは、疑いようのない事実だ。
それはともかく。
明日も僕たちは、逃走中のソシドラ・フィニークの行方を、デスクで、もしくは足で、捜査している途中だろうから、あまり相手はしてあげられないだろうけれど。それも自意識過剰だろうか。
なんにせよ、エナの相手をしてくれるということなら、僕たちは、護衛という意味以外では、あまり必要ないともいえるしな。それほど気にする必要もないかもしれない。むしろ、過干渉と呆れられてしまう可能性も、まったくない、とは言えない。ユーリエたちがそんなことを言うはずないとわかっていても。
ああ、そういえば、リュシィにも埋め合わせをしなくてはならないな。先日、展示会に出席したときには、任務のほうを優先してしまって、リュシィのことを蔑ろにしていたから。
まあ、リュシィがそれを、あの場ではない、誰の目も気にする必要のない場での体裁というか、埋め合わせを、望んでくれるかどうかはわからないけれど。
あのとき、後日埋め合わせはすると約束して――やや、一方的に言っただけ感は否めないけれど――おきながら、今日までまったく、なにもしてないからな。利用するだけ利用しておいて、お礼もせずに放っておくなんて、最低な奴のすることだ。愛想……は最初からあるかわからないけれど、尽かされたりしないといいなあ。リュシィが忘れている可能性は、限りなく、ないだろうし。もっとも、忘れて欲しいわけでもなくて、むしろ、覚えていてくれたら嬉しいのだけれど。
このままでは約束の守れない男の烙印を押されてしまう。それは避けたい。それから、直近に迫ったあれの件もある。
そっちは、多分、ウァレンティンさんか、ターリアさんが、連絡とか、なにかアクションを起されるだろうから、僕が気にすることは少ししかなさそうではあるけれども。それでも、準備はしておいたほうがいいだろう。いや、しておかなくてはならないだろう。あまり、大事にならなければいいなあ。まあ、去年とか考えるに、無理だろうけれど。
「そうするとシエナも、かな」
シエナにも――というか、それは三人ともに、だけれど――エナのことで、仲良くしてくれると嬉しいと、依頼しているからな。
もっとも、シエナはそんなこと気にしていないと言うだろうし、むしろ、依頼なんかなくてもとか、そんなに小さい女じゃないわよと怒られるかもしれないけれど。むしろ、その可能性のほうが高いだろう。
まあ、皆には悪いけれど、この問題が解決してからだな。
求められれば、応じるつもりではあるけれど、三人とも聡い子たちだから、それとなく察してはくれているのだろう。一番鈍感な――だと言われる――僕の推測なんて、あてにはならないかもしれないけれど。
「……いやいや。寝る前に考え過ぎ。さっさと身体を休めて寝てしまおう」
明日からだって忙しいんだから、と僕は頭まで布団をかぶった。もちろん、アラームのセットは忘れずに。




