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人工魔法師 8

 身を伏せる間もなく扉が開かれ、白衣姿の女性が入ってくる。

 先のほうが左右にはねた茶色のロングヘアに、膝丈までの白衣、その中には灰色のセーターに黒いタイトスカートを合わせている。

 しばらく無言で互いを見つめ合い。


「あっ、どうも。私、ここの研究院の統括主任のソシドラ・フィニークです」


「これはご丁寧にどうも。私はシス・フロライン。魔法省の軍事局に勤めています」


 あれ? もしかして、これ、流れ的に僕も自己紹介しないとだめかな?

 いやいや、ふたりいるのに、ふたりともフリーズしていてどうする。


「シスさん!」


 僕はシスさんの手をとって引っ張りつつ、背後に閃光。

 潜入先とはいえ、さすがに壊すのは忍びなく、開け放った窓からその身を躍り出す。


「えっ? あっ、侵入者、侵入者よ!」


 遠のく後方から叫び声が聞こえ、間髪入れずにサイレンが鳴りだす。

 

「シスさん。媒体は?」


「ちゃんとあるわよ」


 見る? と胸の谷間に挟んだ記憶媒体を取り出そうと、ボディスーツのファスナーに手をかけようとされるので、僕は大丈夫ですと断っておいた。

 なぜだか不満そうなシスさんはおいておいて、創作みたいなことって本当にあるんだなあ。いつの間にやっていたんだろう。いや、それはどうでもいい。


「一気に突破しようと思ったけれど、無理みたいね」


 すでに研究所の敷地を囲む柵には警備員が張り付いていて、おそらくはセンサーと、連動した逃走および侵入防止用の仕掛けの類もより強固に作用していることだろう。

 センサーを誤魔化す魔法がないわけではないけれど、警備の人員を相手にしながら、さらに、手に入れたデータを守りつつとなると、結構大変かもしれない。

 

「やるしかなさそうですね」


 すでにこちらの素性は知られている。

 いや、そもそも、エナを保護した時点でこちらの素性は明かしているし、いまさらか。


「こっちだ、逃がすな」


 サーチライトが周囲を照らす。

 

「もうあとは帰るだけだし、少しくらい派手にやっても問題ないわよね?」


「そうですね」


 シスさんの提案に、僕も首肯する。

 すでに僕たちが侵入し、データを盗み取ったという事実は割れているし、こちらとしても目的は達成している。

 それにしても、少々迂闊だったことは否めない。

 任務の遂行を急ぐべきだとはいえ、もう少し慎重に、せめて、あの部屋に魔力感知のセンサーはなかったのだから、あの女性の反応がもっと遠ざかってからにすればよかった。


「とりあえず」


 シスさんが足元に転がっていた小石を柵の上に向かって放り投げる。

 直後、電磁波というか、シールドが光り、小石はフェンスを越えることなく、そのまま落下する。

 おそらくあのシールドは、ドーム状か、直方体か、形はともかく、上空を完全に覆っているに違いない。

 

「やっぱり、壁を壊してゆくしかないようね」


 気の進まない様子で、シスさんが嘆息される。

 一応、出入り口から、という手もあるけれど、そこのガードが一番堅くなっているだろうしな。

 

「フェンスの一枚でも倒せば、そこに穴ができるわよね?」


 いずれ検挙するかもしれないとはいえ、まだ確定していない時点での破壊活動は、多少、気が引けるところでもある。

 正確に言えば、まだ令状を取っていないので、あまり派手なことをやると僕たちのほうが上から怒られるかもしれない。というより、こっちの理由のほうがメインだ。


「大丈夫でしょう。あちらも、私たちの侵入を訴えることはしないでしょうし」


 そういう問題でもないと思うけれど、あまり悠長なことも言っていられそうにない。

 

「そこまでだ」


 集まってきた警備員が銃を構える音がする。


「両手をあげて膝をつけ」


 もちろん、そんなことはしない。

 いや、まあ、こちらが魔法師ではないと偽装させる意味では良いかもしれないけれど、向こうにも魔法師がいた場合、すぐにばれるし、そのとき、即座に行動できないかもしれないのはまずい。

 いや、多分、それはもうばれているだろうから、意味はないか。

 とりあえず、僕たちが全力で障壁を展開している間は、向こうも手出しをできないだろうし。

 それにもかかわらず、わざわざ待っているのは、相手から情報を引き出すためだ。


「おい、なにをしている。早くしろ」


「いやよ。ここで膝なんてついたら汚れちゃうじゃない」


 躊躇なく、相手の銃が発射されるけれど、当然、僕たちの障壁に阻まれる。


「銃刀法違反ね。どんどん罪状が増えるわね。そっちこそ、大人しくして検挙されたほうが身のためじゃないかしら」


 僕たちをぐるりと取り囲む警備員を見て、シスさんは、もう遅いかもしれないけれど、と呟かれる。

 

「それで、あなたたちの人造魔法師の計画の目的はなに? まさか、本気で国家転覆を狙っているわけでもないでしょう?」


「造れるとわかった、あるいは、その理論を構築した。それだけで、やってみる価値としては十分ではないかな?」


 話すつもりはないらしい。

 素直に話してくれるとも思っていなかったけれど。

 それともそれが彼らの本心なのだろうか。


「そうですか。ですが、彼女、名前が無いと言っていたので、私たちはエナと呼ぶことにしましたけれど、彼女には意思があり、感情もあります。その子が保護を求めてきたのなら、その安全のため、私たちがここに調査に来るのも当然でしょう?」


「そうか。ならば、我々も自分たちの研究を守るため、邪魔者、あるいは盗人の排除にあたるのも当然だと、理解してくれるかな?」


 そこで相手が銃を構え直し――それと同時に僕はシスさんと自分を囲うように障壁を全力で展開。直後、障壁の外側に暴風が吹き荒れ、囲っていた警備員たちは四方に吹き飛ぶ。

 

「ごめんなさいね。あまり、被害は出さないつもりだったけれど、任務の遂行と身の安全が最優先ってことで」


 そのまま飛び立とうとしたところ、建物のほうから、砲撃が飛んでくる。

 間違いなく、魔力砲撃だ。


「せっかく、来てくれたんだから、実験の手伝いでもしてくれないかしら」


 振り返って見てみれば、窓からこちらを見据えてくるのは、先程の主任。

 隣には、エナとそっくりの少女の姿がある。

 

「魔法師との戦闘のデータなんて貴重だわ。それも、相手は政府機関」


 エナと同程度の能力ならば、問題にはなり得ない。

 しかし、まだそう判断するには早計だろう。


「八番目のデータは残っているからね。九番目と同レベルの個体なら造り出せるのよ」


 つまり、十番目の調整ではなく、九番目程度で調整を切り上げたということか。

 

「行きなさい」


「はい、主任」


 僕とシスさんは顔を見合わせる。

 戦力的には、先程のソシドラ・フィニークの言っていたとおりなら、問題はない。

 問題なのは、彼女がエナと同じ存在だということは、彼女にも自我がある可能性が高いということ。

 そんな彼女を倒してしまってもいいのだろうか。

 考えているうちに、ソシドラ・フィニークは、白衣のポケットから箱を取り出す。中に入っているのは、注射器だろうか。それを直接、エナとそっくりの――つまり人造魔法師に打ち込む。


「あ、が、が……」


 奇妙に痙攣した後、真っ白な目を向いて、僕たちのいるところへと飛び込んでくる。

 エナの能力値から考えられる想定より、早い。

 つまり、打っていた注射器の中身の薬品の効果ということなのだろう。

 

「レクトール。可哀そうだけれど、早く止めてあげることが彼女のためよ」


「そうですね」


 飛び降りてきた、エナにそっくりの少女は、とても正気とは思えない様子だった。

 

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