エスコートさせていただけますか? 7
◇ ◇ ◇
「それじゃあ、学院では変わりなかったんだね」
休み明け。
今日も魔法省の自分の机での書類仕事なんかがあるため、さすがに学院へついて行くとか、視察という名目で出向くわけにもゆかず、授業が終わった頃合いを見計らってリュシィに連絡を取った。初等部は授業時間が短くて助かる。
内容はもちろん、ユーリエの様子についてだ。
「はい。そもそも、ごく一部の人間しか知らないことでもありますし、極力私たちが、私かシエナのどちらかだけでも一緒にいるようにしていましたから」
それがまた煽るようなことになっていなければいいのだけれど。
とはいえ、なにか手は打たなければならないし、悪いけれど、同じ学院に通うリュシィのほうが、僕よりもできることは多い。
「ありがとう。リュシィも気にかけていてくれて」
僕だけが気にかけていたわけじゃなかったようだ。
同年代に、それも同じ学院、クラスに、自分の味方――友達がいるというのは、ユーリエにとってもかなり心強いはずだ。
「なぜ、レクトールが感謝するのですか?」
「え? それは……なんでだろう。でも、あんなことになった後だし、心配するのは当然じゃないかな?」
なんだか言い訳じみた言い方になってしまったけど、むしろ、あれでその後のことが気にならない人間のほうが少数派だろう。だからといって、当人に直接確認するのは、こう、無神経な気もするし。
そう返事をすれば、リュシィは黙ってしまう。
「あれ? もしもし? リュシィ? 聞こえてる?」
「……聞こえています」
すこし声色が硬い。
もしかして、実際はもう少し深刻な様子だったのかな。例えば、オーヴェスト家のマグリア嬢との関係とかで。
「ところで、リュシィからは彼女になにもしていないよね?」
僕の婚約者は、大抵の場合は冷静でしっかりしているけれど、正義感は強く、曲がったことを許さない、他人に対してもはっきり言うタイプの人間だ。
だから、今回のことみたいに、友人が辱められたりした場合、苛烈な報復をしたんじゃないかと気になっていたんだけれど。
「……私はなにもしていません。ユーリエが普段と変わらない様子でしたから」
そうか。ユーリエは、とりあえず、吹っ切ることはできたんだな。それならよかった。
「レクトールが……」
「僕がどうかした?」
テレビ通話ではないため、向こうの表情はうかがい知れないけれど、リュシィはどこか戸惑っている様子で。
「いえ、なんでもありません。とにかく、こちらのことは私たちに任せておいてください」
リュシィがそういうのなら、任せていて大丈夫なのだろう。
それにしても。
「どうしたんですか。気持ちの悪い笑顔になっていますよ」
見えていないはずなのに、こちらの表情まで見透かしているようなリュシィの指摘には驚かされるけど。
「気持ち悪いって、ひどいな」
つい、もにゅもにゅと自分の頬を動かして確認してしまう。
ゾンビになって溶けているとか、好物を前にして見境がなくなっているとか、趣味について語っているとかってわけでもないのに。
気を取り直すために、咳ばらいをひとつして。
「ただ、仲良くやっているみたいで良かったなって思っていただけだよ」
二年前は、こんなことになるなんて考えてもいなかったことだろう。
あれからシエナとも仲良くなって、子供っぽさが増したというか、いや、いい意味でだけど、丸くなった感じだ。自然に、私たち、と言うくらいには。
「……レクトールは自分の仕事のほうに専念してください」
素っ気ない感じでリュシィは通話を終えてしまい、僕も休憩を終えて訓練へと戻る。
「なにかお嬢さんのほうで問題でもあったのか?」
同じく訓練をしている同僚の先輩の表情は真面目で、いつものように絡まれるということはなく。
「いえ。問題があったのは先週末のパーティーでのことで。今日のところは学院で問題が起こっている様子でもなかったので、安心といったところです」
口ではそう言いつつ、僕はやはりユーリエのことを気にしていた。
パーティーでのその後の様子も多少は聞いた。
リュシィとシエナ、それにセストの協力もあって、あれ以上、問題にされるとか、噂になるってこともなかったようだったけれど、人の口に戸は立てられないとも言うからな。
それに、僕たちが出張ったことで、下手にまた逆恨みとかでもされていないと良いんだけど。さすがに、続けて同じ手段をとるとは思えないけれど、だからこそ、少し気を付けて見ていたほうが良いのかもしれない。
「レクトール。お客さんだぞ」
それから、また少し書類整理なんかをしていると、呼び出しを受けた。
リュシィは今日はお稽古事があるから来ないだろうし、一体誰だろう。
「レクトールさん」
「あれ、ユーリエ。どうしたの? なにかあった?」
今日はひとりらしいユーリエが、制服で、指定鞄のままの姿を見せた。
「いいえ。その、この前のお礼ができていなかったので。こんなことくらいしか、私にはできませんけど」
鞄から、綺麗にラッピングされたパウンドケーキを取り出して、渡してくれる。
わざわざ持って来てくれたのか。別に、あんなこと気にする必要はないのにな。
「そんなことないよ。ありがとう。ユーリエはお菓子作りが上手だから、とっても嬉しいよ」
そう告げると、ユーリエは「良かったです」と少しだけ照れたように、はにかんだ笑みを見せてくれた。
リュシィに聞いてはいたけれど、こうして自分の目でも確認できて、どうやら、まあ、お礼なんて持って来てくれるくらいだから、完全に忘れられたというわけではないのだろうけれど、とりあえずは気にしない程度には回復してくれたみたいで良かった。
ひと欠片だけ口へ入れてみても、やっぱり、程よい具合に甘さの利いた、優しい感じのする味だった。
創作物は創作者の気持ちを表すとかって言われたりもするけれど、それに倣うなら、こんなに暖かい味のするパウンドケーキが焼けるのなら、きっと大丈夫だろう。
だからといって、こっちから尋ねて、わざわざ蒸し返すような真似はしないけれど。
「ありがとうございます……」
そうお礼を告げれば、頬をほんのり赤く染めて、照れたように、逆にお礼を言われてしまった。
「そっ、そういえば、今日はリュシィとは会わないんですか?」
なんだか焦ったような感じで尋ねられる。
「うん。リュシィはお稽古事があるはずだから、そんなに毎日は来たりしないよ。今日はたしか、ダンスと礼儀作法とだったかな」
正解かどうかは知らないけど。他にも、ピアノだとか、ヴァイオリンだとか、さすがに格闘技はやっていなかったはずだけど、いろいろと毎日忙しいはずだ。それに、今日は違ったみたいだけど、突然パーティーに呼ばれることもあるし。
「随分とお詳しいんですね」
あれ、なんだろう。
普通の会話のはずなのに、ユーリエの言葉の端に棘を感じるような。いや、そこまでゆかずとも、なんだか、拗ねているような。
「う、うん。一応、婚約者だからね」
それこそ、たまには呼ばれて一緒に食事だったり、デートに出かけたりなんかもする。
まあ、それはポーズって意味合いが強いものだけど。
「一応……それって、今は、ということですよね?」
「え、うん、まあ。リュシィはまだ結婚できる年齢じゃないし」
やましい気持ちは何一つない。しかし、なんだろう、この追い詰められているような感じは。
「それがどうかしたのかな?」
さすがに悟られるようなへまはしていない、はずだけど。
ときに、女の人の勘ってやつは、妙に鋭かったりするからな。まあ、ユーリエが他人の、それも友人の婚約者に、なんてことをするような子には見えないけれど。
「なんでもありません。また来てもいいでしょうか?」
「いつでも歓迎するよ」
一緒にいることで、この前みたいな事件に巻き込まれることが、もうないと良いけれど。
そんな不安が一瞬頭をよぎったけれど、もう、同じ失敗はするまい。
そう心に決めて、僕は微笑みを返した。




