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人工魔法師

 逮捕したビザール・デヴァハの供述から、僕たちは出回った薬の回収作業に明け暮れていた。

 すでにこのリシティアにも冬が到来しており、今日の曇り空だって、今にも雪でも降りだしそうなほど、どんよりとしているものだった。

 年末と年始には、またリュシィに付き合ってお偉方の出席するパーティーに出なくてはならない。

 個人的には億劫だけれど、リュシィのためなら仕方がない。

 事情があったとはいえ、この前の展示会も途中退場の形になってしまったし、リュシィは構わないと言ってくれるけれど、僕個人としても、リュシィと一緒にいられる時間というのは嬉しいものだから、それがどのような場所であっても、できれば一緒にいられるようにしたいとは思っている。

 そんなわけで、さっさと回収作業を終わらせるべく、今日もギリギリまで街中の捜索と、データの整理をしていたので、帰宅の途につくころには、すっかりあたりも暗くなっていた。

 星の光は、都市部の明かりに呑まれて、ほとんど目立たない。

 とっくに仕事など終わり帰ってしまっているのか、周囲に車や通行人の姿はなく、ただ街灯と、コンビニなんかの光が街の賑やかしになっている。

 少し外れれば歓楽街もあるのだけれど、もちろん、そっちに行ったりはしない。

 明日も仕事で出勤なのだから、早く帰って、風呂に入って、寝てしまおう。

 そう思いながらフロントガラスをぼんやりと見つめていると、正面左のビルの上をゆく人影が映りこんできた。

 普通なら目立たないし、気にもしないだろうけれど、取り締まりの仕事もしている関係上、そういうところには気が引かれるのかもしれない。まあ、偶然なのだけれど。

 今日の業務時間は終了しているし、僕は警察ではなく諜報部だけれど、だからといって、目に入ったものを見過ごすことはできない。

 すぐ近くにあった路上パーキングに車を停めて、件の人影の見えたビルへと向かう。

 もちろん、すでにそこに人影はなかったけれど、鬼ごっこはまだ続いているらしく、それほど離れていないビルの上を飛ぶように渡ってゆく人影がいくつか確認できる。

 街中には、魔力を感知するセンサーも取り付けられていて――特に飛行の高さ制限に関するものだけれど――夜勤の警察はなにをしているんだと思いながら、一応、注意はしておくかと思ったところで、一方から、正確には後ろから追いかけるような格好の集団から、一条の光が飛ぶのが見える。

 攻撃は、標的らしい前方を行く人影に命中しなかったものの、さすがにこれは間に入るしかないだろう。

 

「停まってください」


 もちろん、そんな静止の言葉だけで止まるような輩が、こんな場所を、こんな時間に、そして、あんな風に魔法を使うはずもない。

 

「なんだ、おまえは」


「軍事局諜報部、レクトール・ジークリンドです。リシティアでは、街中での危険性のある魔法には制限がかけられています。それから飛行の魔法に関しても。ご存じありませんか」


 僕は上着の中に手を突っ込み、中に着ている制服の胸ポケットから、社員証を取り出して見せる。

 それからちらりと、背中のほうを振り返り。


「この子を追い回していらしたようにもお見受けできましたが、その辺りの事情もお聞かせ願いますか?」


 体型――身長から判断するに、この子の年齢は、せいぜい、リュシィたちと同じくらいだろう。

 小さいながらも魔力も感じられるし、そもそも、ビルの間をあんな風に移動していたことから、魔法師でもあることだろう。


「おい」


「ああ」


 ふたり組は、こちらを一瞥だけしてから、身を翻して、夜の闇の中へと消えていった。

 追いかけるべきかとも思ったけれど、背中にいるこの子を放置はできない。


「ええっと、きみの名前とか、住所とか、教えてくれるかな。僕がそこまで送り届けるから」


 外套一枚だけを羽織ったような格好の、地にまでついている長い金の髪をした少女は、ただその赤い瞳で僕のことを見上げてくるだけで、名前がどうとも、家がどことも、一向に口を開こうとしない。

 もしかして、家出かなにかということなのだろうか。

 それで、身元を特定されるようなものは全部おいてきたとか。

 なんだか、既視感を覚えるような状況だけれど。

 

「とりあえず、あー、悪いんだけれど、ついてきてもらえるかな」


 まさか、このまま家に連れて帰るわけにもゆかないし、一旦、魔法省に連れて行こう。

 夜勤の人たちがまだいてくれるはず。

 いや、ついてきてもらう、だとまずいか。さっきの彼らが、もしかしたら、撤退したふりをして、まだ潜んでいるかもしれないし、ほんの少しでも離れた瞬間、掻っ攫って行こうとするかもしれない。そうなると、多少、面倒だ。

 今の格好のままだと、いろいろとまずそう――もちろん、リュシィを悲しませる、あるいは怒られるようなことをする、あるいは思うつもりはないけれど――なので、僕は着ていたコートを脱ぐと、薄い検査シャツのようなものしか纏っていない女の子に着せる。

 

「ちょっと失礼するよ」


 そのままお姫様抱っこの要領で抱きかかえると、元来た道を引き返し、魔法省へと向かった。

 入り口では社員証を見せ。


「迷子を保護しましたので」


 と理由を告げて――まるきり嘘というわけでもないし――諜報部の部室へ向かう。

 部屋には今日の夜勤のキュールさんがいらっしゃって。


「あら、レクトール。どうしたの、忘れ物……じゃないようね。どうしたのその子。迷子?」


 迷子だったら警察のほうじゃない、とおっしゃるキュールさんに。


「実は、僕も帰ろうとしていたのですが、途中で追いかけられているこの子を保護しまして」


 僕だってまだなにがなんだかさっぱりわかってはいないのだけれど、とりあえず見たまま、遭遇したままの状況を説明する。


「――そういうわけで、とりあえず、今晩だけでも、ここで保護させていただくわけにはゆきませんか?」


「そのこの身元の手掛かりになりそうなものはなにもないのよね?」


「僕が確認した限りでは」


 女の子の身体をじろじろと見るわけにもゆかないし、もちろん、勝手にDNAなんかの検査をするわけにも、そもそもそんな機材を持ち歩いてもいない。


「じゃあ、レクトールはこの子の着替えになりそうなもの、とりあえず、コンビニにでも行って、下着とか揃えてきてくれる?」


「僕がですか?」


 一応、僕の性別は男で、女の子の下着を買ってくるとか、絶対に変な目で見られるのだけれど。


「じゃあ、この子をシャワーに連れて行ってくれてもいいけれど」


「わかりました。買ってきます」


 女の子をシャワーに入れるなんて、それこそ無理だ。

 いや、技術的なことじゃなくて、心理的なことというか、とにかく、それくらいなら、なにか理由をでっち上げて、女児物の着替えを一式揃えてくるほうが楽にも思える。


「風邪ひいちゃうから急いでね」


 ひらひらと手を振るキュールさんに見送られ、部屋を出て、エレベーターに飛び乗ると、言い訳の言葉を考えながら、僕はコンビニへと向かった。




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