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『白い粉』 15

 ◇ ◇ ◇



 目を覚ましたのは、魔法省内の医療センターのベッドの上だった。

 もちろん、目覚めは最悪だ。

 なにしろ、麻薬を直接体内に注射されたわけだから、いくら医療技術が最高水準とはいえ、まったく精神的、そして肉体的に影響がないわけではない。図らずも、麻薬常習者の気持ち、気分がわかってしまうというのは、実際に吐き気を催すほどだった。


「目が覚めましたか。気分はどうですか、と尋ねるのは愚問のようですね、レクトール」


 声のしたほうへと視線だけを動かせば、室内の温かいライトに照らされた銀色の輝きが目に入ってきた。


「……リュシィの顔が見られたから、そこまで悪くはない気分かな」


「軽口が叩けるのならば問題はなさそうですね」


 べつに軽口のつもりでもないのに。

 リュシィは手にしていた端末の電源を切ると、ナースコールのボタンを押した。

 すぐに看護師と医者の先生がいらっしゃって、いくつか問診される。

 気分はどうだとか、覚えていることはとか、あとは基礎的な、記憶喪失のときにでもするようなものとか。

 

「ところで、今日は? 僕はどれほどここにいるのでしょうか?」


「きみはここに運び込まれてから二日ほど、眠り続けていたよ」


 先生の説明では、その間、まあ、薬の後遺症とでも呼ぶべきか、いろいろと大変だったらしいけれど、その間の記憶がまったくないという意味では、眠り続けていたというのでも大した差はないだろう。

 その薬は、僕の体内からは完全に除去されたということで、魔法というか、医療技術の高さに感動する。

 

「それから、ここ何日も碌に睡眠をとっていなかっただろう。しっかり休むこと。これは医者としての忠告だ。きみのところの上司、たしか、オンエム部長だったかな? そちらにも私のほうから話を通しておくので、しばらくここに泊まること。いいね?」


 本当は今頃、皆事後処理に追われているだろうに。

 それとも、皆優秀だからもう今回の件に片はついているのかもしれないな。

 いずれにせよ、身体はだるすぎて、とても起き上がる気力がわかない。


「レクトール。しっかり、横になっていなくてはダメです」


 なにせ、リュシィに簡単にベッドへと押し戻されてしまうくらいだ。

 リュシィに押し倒されて幸せ、などと冗談、でもないけれど、言っていられる場合でもない。


「そういえば、リュシィ。展示会では、ずっと一緒にいられなくて、ごめん。どうだった? 誰かに言い寄られたりしなかった?」


「問題はありません」


 まあ、リュシィならそう言うと思ったけれど。

 僕に心配を掛けまいとしてなのか、事実を確認する術がないため、仕方のないことだけれど。


「そのように心配そうな顔をしなくとも、今回の件はお父様もすでにご存知のことです。咎に問われることはないでしょう」


 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、リュシィが情報を追加してくれる。


「あ、いや、うん。ウァレンティンさんとの約束はもちろん気にはなるのだけれど、僕自身が、リュシィが誰か他の男に言い寄られていたんじゃないかと、不安でね」


 もちろん、リュシィなら問題ないだろう、その程度なら、なにかあっても自分でも対処できたはずだと、わかってはいるけれど。


「きみがどう思っているのかはわからないけれど、僕はちゃんと、ひとりの女の子として、リュシィのことを大切に思っているからね」


 だから、まあ、嫉妬とまではゆかずとも、気にはなるというか。

 そう告げると、リュシィはほんのりと頬を染め、それから台詞が聞けるのではないかと、僕は期待していたのだけれど。

 

「……少し待っていてください、レクトール」

 

 なにかに気が付いたように、急に表情を引き締めたリュシィは、そう言って立ち上がると、扉のほうまで歩いていって。


「はあい、リュシィ。レクトールの目が覚めたようで良かったわね」


「……そんなところでなにをしているのですか、三人とも」


 扉の向こうでは、両手を挙げたユーリエとシエナ、それからセストの姿があった。

 

「そろそろ交代の時間だから様子を見に来たのよ」


 どうやら、僕の傍についている役目は皆で回していてくれたらしい。

 そんなシエナへリュシィは冷めた視線を向け。


「それならば、立ち聞きなどという悪趣味な真似をしている必要はないはずですが?」


「え、えっと、その、ふたりの邪魔をしたらいけないかと思って。でも、その、中の様子も気になって」


 しどろもどろと言い訳をするユーリエは、多分、悪事には向いていない。

 素直なところが可愛い、そして、美点だとも思うけれど、どうやら、嘘をつけないみたいだから。

 僕は奥へと目を向けて。


「やあ、セスト。随分と、迷惑を掛けてしまったみたいだね」


 友人は肩を竦め。


「そんなことはないぜ。ほとんどおまえのおかげで今回の騒動を納められたんだから、むしろ、俺たちにまで出番がなくて助かったくらいだ」


「開発局にまで現場での仕事が回るような事態になったら、それこそ大変だよ」


 実験・開発局なんて、内勤筆頭クラスの部署じゃないか。

 それも、今回は偶然の接近だったわけだし、そんな行動中に、セストにまで出動要請がかかる事態なんて、相当だ。そこまでの大事になる前に片が付けられて、本当に良かったよ。


「一応、資料も送っとくけど、無理すんなよ。省内だと、おまえは一応、名誉の負傷っつうか、公欠扱いになってるから、そっちも心配しなくていいぞ。表向きの理由としては、俺たちのところと医療センターの連中による、例の薬の治験ってところだな」


「……サラッと恐ろしい理由が通るものだなあ」


 麻薬の治験って、相当アレだと思うけど……かなり無茶があるな。


「通したのは、ウァレンティン長官だからな」


 なんにしてもありがたい。

 

「まあ、文字通り、身体張ったんだから、気にせずに休みを謳歌、ってわけにもいかないだろうけど、とにかくゆっくりしとけよな」


「うん。皆にもありがとうって伝えておいて」


 それだけ言って、セストは初等科生たちに場所を譲った。


「あの、レクトールさん。目が覚められたみたいでよかったです。もしよかったら、召し上がってください」


 ユーリエの差し出してくれたバケットの中には、綺麗にラッピングされたクッキーとパウンドケーキが入っていた。


「ありがとう、ユーリエ。とっても美味しそう。味わって食べるね」


 お礼を告げた時のユーリエの眩しい笑顔が、なによりの薬だ。

 病気で入院しているわけでもないから、食事制限なんかは気にする必要もないだろう。

 仕事をさぼって、ユーリエのお菓子でお茶をしているなんて、なんて贅沢なんだろうと思うけれど、ウァレンティンさんのお墨付きなのだから、ありがたく献上されよう。

 それにしても、今回もリュシィの晴れ舞台を最後まで一緒にいて、見られなかったのが残念だな。

 前回とは立場が逆なわけだけれど、なんとなく、呪われているのではとも疑ってしまう。


「晴れ舞台などというほどのものでもありませんよ。特に変わり映えのない、普段どおりのことでしたから」


 リュシィは変わらず、クールにそう口にする。

 まあ、たしかに、今回リュシィは主役ではなかったけれど。


「とにかく、今は休んでください。私たちもお暇させていただきますから」


「無事な姿が見られてよかったよ」


 本当は、もう少し、ワイワイとしているのを聞いていたかったけれど、身体のほうがそろそろ限界のようだ。

 リュシィたちが出て行くのを見送ってすぐ、僕は落ちてくる瞼の重さに勝てず、そのまま再び、眠りに落ちていった。



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