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『白い粉』 12

「悪意だなどと、とんでもない。むしろ、善意に溢れていますでしょう?」


 ビザール・デヴァハは慇懃な態度を崩すことなく、むしろ、笑顔まで浮かべる。

 

「あなたも魔法師であるのならご存じのはず。魔法を使える、自分が選ばれた人間だという、何事にも代えがたい優越感を。この世界に魔法を生み出し、それを私に授けてくれた神には、感謝してもしきれません」


 陶酔か、はたまた狂信か、いや、どちらも違う。

 目の前の人物は、本気でそう思っている。


「何故、魔法師のほうが魔法師でない者よりも圧倒的に少ないのか、お考えになったことはありますか? 神様がお選びになってしまったからです。では、選ばれなかったものは、永劫、その地位に満足しなければならないのか? いいえ。そのために神様は人間に知恵をお授けになった。つまり、こうして、誰もが祝福されているのだと思い込めるような代物を作り出すための知恵を」


 あー、この人、あれだ。

 宗教団体とかで教祖とか呼ばれる感じの人だ。

 リシティアには国教などはなくて、思想は自由に認められている。

 もちろん、他人をしつこく勧誘したりすると、訴えられたりもするけれど、自分がその教義に従っているだけだと思い込んでいる人もいるからな。あるいは、その教えを絶対的に正しいと狂信している人も。


「なるほど。ですが、それは、あなたが他人に押し付けても良い思想ではありませんよね? それに、薬の効果はいずれ切れ、必ず夢からは醒めることになる。それは、さらなる絶望をその人たちに与えるだけではないのですか?」


 彼の言い方を借りるのであれば。

 

「それに、そもそも、御自身の思想、行動に後ろ暗いことがなにもないとはっきり宣言されるのであれば、表立って販売されればよいではないですか。あなたの会社の小売店ででも。それをされず、裏で動き回り、広げようとするのは、御自身でもその薬の及ぼす作用が、結果的にはマイナスをもたらすと理解していらっしゃるからではありませんか?」


 僕らがこの薬について調べることになったのは、高等科の生徒が所持していることが発覚したからだ。

 個人的な所有物についてまで、僕たちで勝手に特定することはない。プライバシーの侵害だ。

 では、なぜ発覚したのか。

 それは、その高等科の生徒が問題を起こしたからだ。

 警察への通報があるほどの大事になっていたのは、一件とか二件とか、その程度の数でもない。少なくとも、暴行とか、傷害、器物破損、他人に迷惑を掛けるようなことをしでかしている、そういう事件の記録は残っている。

 それが幻覚によるものか、禁断症状によるものか、あるいは他のなにかなのか、詳しく調べればわかるだろうけれど、今はまだそこまでは調べがついていない。さすがに自分たちでキメるわけにはゆかないし。 

 同じく、まだ調べはついていないけれど、身体とか、精神にも、少なからず、悪い影響を及ぼすだろう。

 少なくとも、無くなったら、あるいは薬が切れたらと言うべきなのかもしれないけれど、次のものを求めずにはいられない状態というのは、決して良い状態とは言えない。

 

「いくら、御自身の研究結果の検証のためとはいえ、他人にこれだけの迷惑、被害をもたらすものを野放しにはできません」


 検証なら、自分ひとりでやって欲しい。

 周りに誰もいない、なにもない、そんな場所で。


「新薬ができれば、臨床実験をする。それと同じことではないですか」


「それには、事前に詳しい説明があるのではありませんか? 理解できるできないではなく、どういう症状が出る可能性があるとか」


 これを広める際、依存性がありますとか、破壊衝動に囚われますとか、幻覚を見る恐れがあります、などといった事前の説明をして、同意書を作成し、未成年ならば親の許可を取り、などといった手順を踏んでいるのだろうか? 

 あるいは、然るべき場所に薬の認可を取っているとか?

 それらがないのなら、それはただの自己満足で、はっきりいって、狂気の沙汰としか判断できない。


「あなたの考えはわかりましたが、客観的にいって、それらは悪であると判断せざるを得ません」


 本人的には幸福なのかもしれないけれど、だからといって、他人に迷惑をかける行為を容認することはできない。

 そのための、治安維持組織でもあるのだから。


「他におっしゃりたいことがあるのでしたら、どうぞ取調室のほうでご存分にお願いできますか? あいにく、私はあまりそちらのほうに詳しいわけではないので。それに、あなたにとられている時間もありませんし」


 ここに来ているのは、そんな個人的な思想を聞くためではなく、リュシィのためだ。

 そこに偶然、居合わせることになったというだけのことだ。

 

「この分だと、あなたの会社で製作したと発表されていたあの香水なんかも、いったいどのような成分が詰まっているのやらというところです」


 そうやって、表でも浸食してゆくつもりだったのだろうか。

 

「あまり抵抗されず、大人しくしていてくださると助かるのですが」


 一応、持ってきていた手錠を取り出す。

 

「理由がないというのに捕まることに納得などできるはずもありませんね」


 ビザール・デヴァハはポケットに手を突っ込むと、試験管らしきものを取りだし、栓を抜き、こちらに向かって放り投げてくる。

 液体……いや、気体か?

 僕は息を止めつつ、気流を操作し、霧散させる。

 

「逃げても無駄ですよ。あなたのことはすでに認識しました。どこへ行かれようとも、探知魔法から逃れることはできません」


 周囲にAMFが大量に設置されているとかなら、可能性はあるけれど。

 しかし、彼自身も魔法師なわけで、そんな場所に逃げようとするはずもない。


「逃げる? そのようなことするはずがないでしょう。それでは、私の研究の敗北を認めたも同義です」


 言葉が届くが早いか、僕が障壁を展開するのとほとんど同時に、爆発が起こる。

 足音は聞こえないし、彼の反応が遠くなっているわけでもないから、言葉どおり、逃げたわけではない。

 まさか、ここでやり合うつもりなのだろうか? 自身の成果も展示しているこの場所で?

 せっかくのリュシィの晴れ舞台だ(本人が望んでいるかどうかはともかく)。邪魔させるわけにはゆかない。

 というより、今でも十分、邪魔して――されているよ。一体、どれほどの男性に声を掛けられているのか、わかったものじゃない。

 相手の逃走を防ぎ、制圧を敢行しながら、ポケットから端末を引き出し、連絡を入れる。当然だけれど、一対一の成果なんかに拘ったりはしない。協力してさっさと終わるのなら、そっちのほうがいいに決まっている。


「こちら、レクトール。件の手配犯と接触しました。至急、応援願います」


 拘束魔法は砕かれる。

 ただし、僕を放っておいて逃走されるほどではない。この場にくぎ付けにすることには成功している。

 今度は方向感覚が奪われそうになる。

 幻術系統の一種だろうか。探知系からの阻害効果もあるらしい。

 ただし、全方位を警戒していれば問題ない。

 奪われそうだと感じた瞬間、直前の相手との相対距離を思い出し、全周防御。

 同時に、今僕たちがいる廊下の端から端までを結界で覆いつくし、強度を高めながら、範囲を収縮する。

 

「無茶苦茶ですね……」


 そんな声が聞こえてきて、わざとなのだろうか? 自分の居場所を伝えるとは。それともこれもなにかの作戦のうちということ?

 わからないことは考えない。

 ただ、わかっていることは、こちらの魔法力が上回れば、相手の探知阻害を無視して相手の位置を掴めるということだ。

 僕は防御を捨て、探知系だけに魔力を集中させる。

 なにせ、相手はこれまで僕たちの探索から逃げ続けていたような人間だ。これくらいしなければ、たとえ至近距離だとわかっていても誤魔化されてしまうだろう。


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