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エスコートさせていただけますか? 6

 それにしても、幼稚な嫌がらせをするなあ。直接引っ掛けるんじゃなく、ユーリエに引っ掛けられたことにするというところが陰湿だ。引っ掛けられたら被害者だけど、引っ掛けたというのなら加害者側に回ってしまうから。

 

「あ、あの、レクトールさん。良かったんですか?」


 会場――オーヴェスト家を後にして、ユーリエとふたり、公道を歩く。

 時折車道を車が通り過ぎる以外は、かなり静かな通りだ。街灯はついているとはいえ、こんな時間に初等部の女の子と歩いていたら、通報されるかもしれない。まあ、通報される先はうちと近い部署だから、事情を話せばわかってくれるだろう。

 

「リュシィも、ウァレンティンさんもターリアさんも、あの会場にはいたからね。むしろ、あそこで動かなかったら、そっちのほうが軽蔑されていたよ」


 すみません私のせいで、なんて謝り始めたユーリエに、僕は微笑んで。


「ユーリエのせいじゃないよ。むしろあんな風に言われて、怖かったよね」


 身に覚えのないことで、初めて会うなんだか偉そうな――高圧的な態度の人に、それも大勢の前で糾弾されて、むしろよく泣きださなかったと褒めてあげたい気持ちだった。

 

「あの、これは一応の確認だから、気を悪くしたら謝るけど、あれはユーリエがやったわけじゃないんだよね?」


 あれ、というのはもちろん、件の令嬢のドレスに飲み物を引っ掛けたという、ユーリエが責められていた内容だ。

 

「私、そんなことしません。食べ物がもったいないですし」


 それに、ユーリエがやる理由もない。

 あの御令嬢は、羨ましかったからそれを妬んで、みたいなことを言っていたけど、こう言ってはあれだけど、その返しが服に飲み物を引っ掛けるだけというのは、あまりに小さいというか。

 

「そうだよね。あの御令嬢――マグリア嬢との面識はクラスメイトってだけ?」


 クラスメイトというのは、学生にとってはかなり重要なつながりだから、それだけというのもおかしな話だけど。


「はい。あまり、お話ししたこともありません」


 うーん。それだと、どうしてこんなことになったのだろうか。

 普段からやり取りをしていて、それも仲が悪いとか、恨まれていたとかならわかるような気もするけど、ほとんど面識がない相手を嵌めようとするかな?

 おそらく、この状況から推測するに、ユーリエに招待状を出した相手はそのマグリア・オーヴェスト嬢でほとんど間違いないだろう。

 しかし、あんなことをするためだけに、わざわざ招待状まで書いたりするものだろうか? 僕が実際にしたことがあるわけじゃないからなんとなくだけれど、女子流の決闘状の叩きつけ方なのだろうか?

 ユーリエに聞くわけにはゆかないし、あとでリュシィかシエナに確認してみよう。

 

「クラスメイトということだけど、そうすると、明日以降も教室で顔を合わせたりもするんだよね」


 むしろそっちのほうが心配だ。

 学院にまでついて行けるはずもないから。


「……どうして」


「ん?」


 そのあたりはリュシィやシエナに頼んでおくしかないな。いや、僕が頼まなくても、ふたりなら、友人の危機を見過ごしたりはしないだろうから、いらない心配だろうけれど、なんて考えていたら、隣でユーリエが呟くのが聞こえた。


「レクトールさんには感謝の気持ちがいっぱいですけど、どうして私なんかのためにそこまで親切にしてくれるのかなって」


「親切だったかな?」


 そんなつもりは、特に考えていなかったんだけどな。

 誰だって、男なら、目の前で知り合いの――そうじゃなくても、可愛い女の子が危機に陥っていたら、手を差し伸べるだろう。つまり、当たり前のことだ。 

 それは、ユーリエがリュシィやシエナの友人だからとか、そんなこととは関係なく、人間として、当然の反応だろう。 

 まあ、僕が空気を読めなかっただけかもしれないけど、あの場で空気を読む必要性は感じなかった。

 他の人たちは、多分だけど、主催者側の御令嬢に反抗したとみられるのが良くないと考えたりしたんだろうけれど、そういう人たちと違って、僕には気にしなくちゃいけない体裁とか、対面とかもないからな。

 まあ、一応、リュシィの婚約者という体裁はあるけれど、むしろ、あの場で手を差し伸べないようなやつだったなら、それは婚約者のレクトール・ジークリンドではないと、リュシィやウァレンティンさん、ターリアさんにも、愛想をつかされるでもないけど、失望はされていたんじゃないかと思う。

 これは、リュシィたちが、そんなことで失望するような狭量な人物だと言っているわけではないけれども。


「僕はそんな風には考えていなかったし、当然だと思ってやっただけのことだから、ユーリエが気にする必要はないよ」


 すこし言い方が恩着せがましかったかな? いや、ユーリエは気にしたりはしないだろう。

 それでも、同情とか、そんなことでも決してないので、変に思っても欲しくはない。今日はこれ以上、ユーリエの心に負担をかけようと思ってのことでは決してないんだから。もちろん、いつだってそうだけれど。


「それより、心配なのは、さっきは途中になってしまったけれど、明日以降の学院、教室でのことだね」


 学院でのユーリエたちの交友関係がどうなっているのか、詳しいことはわからない。

 しかし、相手のほうがそういうネットワークが広いだろうことは予想がつく。

 学院で白い目で見られたり、嫌味を言われるとか、嫌がらせを受けるようなことには、させるわけにはゆかない。


「……その辺りはリュシィに話しておくかな。いや、わざわざ話すまでもないか」


 リュシィやシエナはユーリエのことを放ってはおかないだろう。

 むしろ、苛烈な報復をしたりしないかということのほうが心配だ。


「どうかしたんですか?」


「ごめん、なんでもないよ。すこし考え込んでしまったみたいだね。それより、ユーリエ。お腹空かない?」


 あのパーティーは立食形式でもあった。

 あまり余裕がありそうじゃなかったユーリエは、それに実を言えば僕のほうも、あまり腹ごなしができたとは言い難い。


「なにか食べたいものとかある?」


 ファミレス的なところならなんでもありそうだし、ニーズは満たせると思うけど。


「え? いえ、そんな。そこまでご迷惑をかけるわけには」


 そんな風に断るユーリエのお腹がくぅと鳴り、恥ずかしがるように赤面させる。

 

「ははっ」


「もう、レクトールさん。笑うことはないんじゃないですか?」


 つい漏らしてしまった微笑みに、ユーリエが軽く頬を膨らませるような感じで見上げてくる。こうして、冗談でもないけど、軽いノリくらいなら付き合ってくれるくらいには気持ちも回復してきたみたいだ。


「ごめんごめん。そうだよね。女の子のそんなことで笑っちゃいけないよね」


 いくら図ったかのようなタイミングだったからとはいえ。


「お詫びに奢るからさ」


 僕はユーリエを伴って、近くにあったファミレスへと入る。

 幸い席は空いていて、すぐに案内してもらうことができた。


「なんでもいいから遠慮しないで」


 正直、家に帰ったほうが、僕的には安上がりだったんだけど、このくらいなら。

 そんなに遅すぎる時間というわけでもないし、僕が女の子と一緒に入ってもおかしくはない……よね?

 ユーリエは慣れない様子で、そわそわと緊張しているみたいだった。

 あまりこういうところに来ないのかもしれない。

 値段もするしな。僕だって、滅多に、いや、ほとんど利用しない。

 結局ユーリエはパンケーキ的なものを、僕も同じものを注文した。気持ち――気分的な問題だけど、同じもののほうがユーリエも遠慮せずに食べられるんじゃないかと考えた結果だ。


「おいしい?」


「はい。おいしいです」


 それならよかった。

 こんな程度でどうかはわからないけれど、今日のユーリエの記憶がいじめられたというものじゃなく、美味しいパンケーキを食べたということになったら嬉しいな。

 相手が僕というのが、ちょっとあれかもしれないけど。



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