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『白い粉』 4

 キュールさんにつられて僕もちらりと顔を覗かせれば、背広姿の男性と、その後ろには、部下のように付き従う数名の男性の姿が確認できる。

 あれ? 

 あれってたしか。


「……どういうことかしら?」


 キュールさんも首を傾げる前で、その背広姿の男性が、部下と思しき男性たちに指示を飛ばしている。どうやら、散開して探すみたいだけれど。

 

「おや? きみたちは」


 予想外の事態に、少々、気が抜けていたことは否めない。あるいは、相手が相手なので、それ以上隠れる必要性を感じなかったというのもあるけれど。

 派手な顔立ちの男性は、僕とキュールさんが身を潜めている建物の陰にまでやってくると、あからさまに忌々し気な表情を見せる。


「なぜ、ここに諜報部がいる。これは我々、警察の仕事だ」


「なぜって、上からの指示だからですよ、オドリック警部補」


 キュールさんが溜息でもつきそうな感じに答える。いや、実際についているのかもしれない。

 僕たちはどちらかといえば、制圧まで考えた際の出動要員――正確には諜報部なので、潜入とか、そういう仕事のほうがメインであり、警察までで止まるケースも多い。

 警察のほうが、人数的には、軍事局よりも多く、今回のように複数の場所をマークする必要があった場合など(場所がわかったのはついさっきのことだし)、つまり人海戦術のほうが有効な場合には、あちらのほうが重宝されるというのも珍しくはない、というより、むしろそのほうが多いからだ。


「ここでなにが行われるのか分かっているのか。麻薬取引だぞ。二人程度でなにができるわけでもないだろう」


「それができるから、ここにいるのですよ。とにかく、私たちの邪魔はしないでくださいね、オドリック警部補」


 キュールさんは、面倒だという態度を隠そうともせず、言い切られる。

 まあ、僕たちふたりでは不十分だと判断されたなら、オンエム部長もここへ向かえとは命を出されなかったことだろうし。そこは、信頼されているのだろう。


「邪魔だと……!」


 オドリック警部補がこめかみをひくつかせる。

 とりあえず、このままだとなんとなくまずいような気がしたので、空気を換えるために、僕は横から口を挟んだ。

 

「えっと、キュールさん。こちらの方は?」


 先程、キュールさんの口から名前は伺ったけれど、こうしてまともに話をするのは初めてだ。省内でも、おそらくは新任の式で集まったとき以外では、顔も合わせていない。それに、顔を合わせたといっても、新卒である僕たちが皆の前で紹介され、挨拶したというだけで、直接話をしたわけでもない。

 まあ、各省の人についての資料には目を通しているから、本当に簡単なプロフィールくらいであれば頭に入っているけれど、一応、初対面っぽい挨拶はしておいたほうがいいだろう。向こうは僕を覚えていそうでもなさそうだし。それに、現場でという意味では、まさしく初めての鉢合わせなわけだし。


「オドリック・レハーレン警部補。警察関係者で、主な仕事は私たちの邪魔」


 キュールさんがきっぱりと言い切られる。 

 いや、邪魔って……。

 今の状況を考えれば、そこまで言ってしまうのは得策とは思えないけれど。相手を怒らせて騒ぎになっても仕方がないし。

 まあ、その程度で騒ぎになるもなにもないとは思うけれど。 

 しかし、思ったよりも相手の沸点は低かったようで。


「おまえ……!」


 顔を真っ赤にしたオドリック警部補は、部下と思しき人たちに、落ち着いてください、と身体を押さえられていた。

 なんだこれ。


「ああ、もう。帰るわよ、レクトール」


 おそらくは、嫌みだか、文句だかを言い続けるオドリック警部補を無視して、深くため息をついてみせられたキュールさんは、さっさと隠れていた物陰から抜け出される。


「えっ? 構わないんですか?」


 一応、僕たちも任を受けているはずですが? と、確認の意味も込めて尋ねれば、キュールさんは肩を竦められて。


「いいもなにも。こんなに目立ってたら、見張りどころの話じゃないわよ。あんなに連れてきちゃって。こんなところでわざわざ取引しようなんて思う人間がいると思う? 現場判断よ」


 たしかに。

 目の前には、幾台もの警察車両が停まっていて、余程の大物でも、わざわざここで取引をしようとは思わないことだろう。

 日を改めるか、場所を変更するか。

 いずれにせよ、今、ここでこれ以上張っていても、成果を得られそうにはない。


「わかりました」


 僕はオドリック警部補、それから彼の部下の方たちに一礼してから、キュールさんを追いかける。


「普通、張り込みの現場に直接車では乗り込まないでしょ。現行犯で追いかけていたわけでもないんだし。おまけに、人も多くて目立ち過ぎよね。なにも考えてないんだから。本当、時間を無駄にしたわ」


 自分たちの車に戻り、目的地に魔法省をセットしてから、キュールさんは疲れたように背もたれにその身体を預け、伸びをされる。

 まあ、車で乗り込むにしても、もう少し目立たないようにはするよね、とは思う。

 あんなに、いかにも、警察が待ち構えています、みたいな陣を敷いていたら、誰も寄り付いたりしないだろう。

 広めさせない、つまり、睨みを利かせているのだということを示すという目的だと考えれば、正解ではあるかもしれないけれど、捕らえる、あるいは現場を押さえるという目的としては、あまり適っているとは思えない。


「どうしてあんなのが採用されているのかしら。上はなにを考えて……ああ、ウァレンティン様のことを悪く言っているわけではないわよ?」


 ぶつぶつと文句を漏らしていたキュールさんは、切り替えて、疲れたような笑顔を浮かべられた。


「わかっていますよ。そんな誤解をしたりはしません」


 人事の決定権として、最終的には、ウァレンティンさんに帰結する。

 直接判断されたわけではなくとも、最終的に承認されるサインを入れられることにはなるのだろうから。

 それにしても、あんなのって。

 まあ、他人の感情にはあまり突っ込まないでおくべきだろう。特に、人の好き嫌いとか。

 代わりに。

 

「オドリック警部補は、ふたりでなにができる、みたいなことをおっしゃっていましたけれど、それなら、僕たちを追い出す必要もなかったのではないでしょうか」


 いてもいなくても同じなら、人数は多いほうが制圧には向いているのでは?

 張り込みという体を考えるのなら、少ないほうが良かったのかもしれないけれど、あれだけの車両で乗り込んでおいて、いまさら、目立つななどというのも無茶な話だろう。あそこまでするのなら、あの辺り一帯で検問でも敷いたほうが、まだ、発見できそうな気もする。

 今後も現場でかち合う可能性があるのなら、彼について、ある程度の性格というか、傾向というか、人柄なりを、多少なりとも、知っておいたほうがいいだろう。

 

「だから、手柄を分け合うとか、そういうのが嫌だったんでしょう。自分だけの手柄にしたかったのよ」


「上昇志向の強い方なんですね」


 まあ、犯人というか、相手を捕まえることができるならば、手柄とか、そういうのはどうでもいいような気もするけれど、多分、今日は無理だろうな。キュールさんがおっしゃられていたようなこと、つまり、今日のところは日を改めるだろうということは、僕もそのとおりだとは思うから。

 手柄をあげる、つまり、昇進が目的というのも、わからなくはないけれど。

 

「物は言いようね」


 キュールさんは、そう肩を竦められた。

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