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エスコートさせていただけますか? 5

 リュシィは、セストを一瞥だけすると、こちらに背中を向けてしまう。

 たしかに、僕とリュシィは仮の婚約者だから、態度としては変なところはないのだけれど、役目をきちんと果たせと言われた……あれ? 僕がそう思っていただけだったっけ? まあ、とにかく、リュシィが問題ないと思っているのなら、大丈夫だろう。すくなくとも、今周りにいるのは女の子たちばっかりで、異性が寄って来てはいないのだから。

 それに、主な挨拶は終わらせたから、僕が一緒にいなくても問題はない。


「僕はいいとして、セストはやることもあるんじゃないの?」


 僕は普通の家庭だけど、セストはエストレイア家の次期頭首だ。

 リュシィほどじゃあないにしろ――いや、年齢を考えれば、リュシィよりも忙しくてもおかしくはないはずだ。


「うちはなあ。親父殿が現役のうちは、俺に仕事が回ってくることは少ないんじゃねえかな。そりゃ、いつかはきちんと継がなくちゃならないとも思うけど」


 僕が気にすることじゃないとはいえ、こんなことで大丈夫なんだろうか、エストレイア家は。

 それとも、頭首が健在の内から次期頭首にまで声をかけておこうとするのは、いささか気が早すぎるということだろうか。

 セスト以外の長男長女あたりは、皆、リュシイの周りに集まってしまっているし、親は親同士で会談でもしているようだから、他にやることがない、というのも、その通りなのかもしれないけれど、初等科のリュシィが挨拶回り(といっても、リュシィは回られる側だけど)で、高等科を卒業しているセストが、ここでこうして暇しているという状況には、少し、思うことがないでもない。


「そんなことより、心配だな」


「リュシィがナンパされないかってこと? さすがに考え過ぎだと思うけど。こんなところで声をかけるような――なに?」


 呆れたような顔をされたけど、僕は真面目な話をしているんだけどな。

 これで、仮に、僕が目を離した拍子に――そんな隙はありえないんだけど――リュシィがナンパされでもしたら、物理的に僕の首が飛ぶ未来もあり得る。

 そこまでではないにしても、職務を全うできていないと、怒られる可能性はある。リュシィに。

 セストは呆れたように溜息をつき。


「はあ。おまえがお嬢さんのことを気にかけているのはよくわかったけど、俺が言ってるのは、ユーリエのことだ」


「ユーリエの?」


 そういえば、ユーリエにこのパーティーへの招待状が送られてきた件についての真相は、まだ闇の中だった。

 そもそも、いつも以上に気が入っていたのは、今まで一緒になったことのないユーリエのところにも招待状が送られてきて、それが誰かからの嫌がらせなんじゃないのかって話が出ていたからだ。

 おそらく、犯人(と言っても良いのだろうか)はわかっているとはいえ、憶測でしかない相手に、あの招待状の宛名だけで迫るのは、さすがに不可能だ。

 まだなにも問題は起きてないからとはいえ、気を抜くべきではないというのは、その通りだ。


「それで、そのユーリエは?」


「あの輪の中じゃねえの?」


 あの輪の中、とセストが親指を向けるのは、おそらくはリュシィとシエナを囲んでいると思われる、人だかりだ。

 おそらく、一緒にいるだろうとはいえ、慣れていないユーリエにはかなり大変だろうし、密集していることを逆手に取られ、なんらかの……というのは考え過ぎだろうか。

 そうだよね。

 その招待状の件だけで、ここまで緊張してきてはいたけれど、心配のし過ぎ、取り越し苦労だったのだろう。 

 そう感じ始めていたところで、別のところから、なにか――陶器やらガラスやらが割れるような音と、液体の弾けるような音、それから悲鳴のようなものが聞こえてきて、会場が静まり返る。


「どうしてくれるのよ!」


 そんなヒステリックともとれるような声の聞こえてきた方へと顔を覗かせれば、女の子たちが向かい合って、剣呑な雰囲気を――一方だけだけれど――醸していた。

 その彼女の名前は、さすがにわかる。このパーティーを開いているオーヴェスト家の娘である、マグリア・オーヴェスト嬢だ。

 マグリア嬢は、赤みがかった髪を払いながら、鋭い目つきでユーリエのことを糾弾していた。

 

「あなたのせいで、私のドレスに汚れが付いたわ!」


 マグリア嬢の指さす箇所へと目を向ければ、たしかに、なにかを零したような跡が見受けられ、床には割れたカップが散らばっていて、染みのようなものも見受けられた。


「どうしたんですか?」


 周りに集まった人は、マグリア嬢に遠慮しているのか、誰も声をかけないでいたので、僕は間に割って入ってゆく。


「そちらの、フラワルーズさんが私のドレスを汚したのですわ」


 聞いてください、とばかリの勢いで迫られ、状況的にはそうかもしれないけれど、とりあえずは、双方の意見を聞かなくては判断できようもない。僕は直接その瞬間を見たわけじゃないんだから。


「あのように言われているけれど、ユーリエ。なにがあったのか説明してくれるかな」


 事実は、一方の言い分だけで決めつけていいことじゃない。

 裁判だって、被告人にも弁護がつくだろう。

 一方の見地だけでは、どうしたって主観が入るし、事実は歪む。


「レクトールさん。あ、あの、私……」


「落ち着いて。ゆっくり、ありのままを語ってくれればいいから」


 青ざめているユーリエに、このままではまともな証言は難しいだろう。

 まずは落ち着いて貰おうと、僕は、茫然としているユーリエの手を握り、目線を合わせる。


「は、はい。その――」


 ユーリエの話によれば、最初はリュシィとシエナ、ふたりと一緒にいたらしい。

 事前の招待状の件もあって、結構、警戒はしていたから。

 しかし、次第に人の集まりが大きくなって、自分がいては邪魔になるだろうと、ユーリエはその輪から外れるように移動してきたのだという。

 そうして、歩いて机の傍を通り過ぎようとしたところ、なにかに足を取られたような気がして、バランスを崩し、たまたま近くに置いてあったグラスを払い、中身を零してしまったのだという、

 そして、またこちらもたまたま、近くにいたマグリア嬢のドレスに、その零れた飲み物がかかってしまったということだ。

 要約すればそんなところだった。


「わざとやったのでしょう。私たちのことが羨ましかったに違いありませんわ」


 そんな風に断定口調で話すマグリア嬢に対して。


「わざとだなんて、私、そんなことしません」


 ユーリエは小さくなりながらも、はっきりとした声でそう告げる。

 

「そんなこと、わかりませんわ。本人のことですもの、なんとでも言えますわ」


 それは双方に、ユーリエがわざとやったのだという決めつけに対しても、言えることだとは思うけれど。

 しかし、その通り、どちらの言い分も、時間を戻して確認するとか、たまたま監視カメラが上手いことその瞬間を捉えていた、なんてことでもない限り、今のままでは確定はできない。

 まあ、ここ数日の関わりでしかないけれど、ユーリエがそんなことをわざとするような女の子ではないというのは、僕だけじゃなく、リュシィやシエナ、セストも賛成してくれることだろうとは思う。

 しかし、それを言っても証拠にならないことは事実。

 だから。


「疑わしきは罰せず、と、ここは私に免じて双方、収めていただけませんか」


 僕は、浄化の魔法を使って床やテーブルクロス、そしてマグリア嬢のドレスを完璧に綺麗に戻す。さすがに、零れてしまった飲み物まで完全に戻すことは、浄化の魔法を使った以上、できないけれど。

 マグリア嬢はまだなにか言いたげではあったけれど、とりあえずは収めてくれたようで、後ろに立っていた取り巻きと思われる御令嬢がたと一緒に、くるりと踵を返された。


「あ、あの、レクトールさん」


「わかっているから。後で話を聞くよ」


 僕はユーリエのふわふわな金の髪を撫でて落ち着かせて、近くに来ていたリュシィと目を合わせる。

 厳しい目だった。

 しかし、とりあえずは、彼女に任せるのが、この場を一番上手く収拾できる。


「皆さん。もうよろしいのではありませんか?」

 

 リュシィの一声によって、ちらちらと視線は感じるものの、集まった人たちはばらけてゆく。


「とりあえず、外に出ていようか」


 僕はユーリエの肩を抱いて、会場を後にする。


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