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ルナリア学院学院祭 9

 ◇ ◇ ◇



 シエナたちの試合の後の数試合を観戦し、体よく、クレープのすべて捌くことができた。

 なにしろ、直前の試合で盛り上がりを見せた可愛い女の子が直接、笑顔を振りまきながら販売に回るのだから、宣伝効果としては期待以上だった。


「きみたち、さっきの試合に出ていた……」


「今は初等科六年一組の売り子のシエナ・エストレイアよ。私たちが試合にか勝てたのも、みんな、このクレープのおかげなの。これを食べてからというもの、成績も上がり、体調も良くて、魔力も充実しているわ」


「ははっ。それじゃあ、その幸せを呼びそうなクレープを俺にもひとつくれるかな」


「ええ、もちろん。これで、あなたにかけられていた、彼女ができない呪いもきっと解けることね」


 こんな調子だ。

 トレイに乗せていたクレープは、ユーリエのほうの分も合わせて、すぐになくなった。


「本当にすぐになくなっちゃったね……」


「私たちが売っているんだから当然よ。もう少し、値段を高めに設定していても売れたに違いないわ」


「シエナ、悪い顔してるよ」


 ふたりは教室に戻る道すがらの屋台で、今の売り上げでもって飲み物やお菓子を購入し、食べ歩いたり、ゲームに興じて盛り上がったりしている。


「いいのかなあ」


「いいに決まっているわ。だって、このままでもただ学院側に徴収されるだけよ? だったら、おいしいもので私たちのお腹を満たしてくれるほうが、よっぽど有意義な使い方じゃない」


 リュシィがいたらきっと止めていたことだろうけれど、今、お目付け役? の彼女はお休み中だ。

 さすがにもう、ショックからは立ち直っているだろうけれど、この場にいないという意味では同じことだ。


「ところでさっきの試合のことだけど」


 ユーリエがちらちらと僕のほうを見ながらシエナに尋ねる。

 あわよくば、忘れてくれているかとも思ったけれど、どうやらそうもいかないらしい。

 シエナは、口元に指を添えて微笑むと。


「私たち、ふたりとも勝者だったのだから、ふたりで一緒にというのも良いかもしれないわね。どうかしら、レクトール」


「ええっと、なにがかな?」


 せめてとぼけてみるものの、シエナは僕の胸元に指を伸ばし。


「決まっているじゃない。この後、レクトールを独占しようという話よ。忘れちゃったの?」


 了承した覚えはないのだけれど、そんなことで素直に引き下がるようなシエナではないだろう。そもそも、それで引き下がるのなら、言い出したりもしなかったことだろうし。

 せいぜい気をつけて、言質を取られないようにしなければ。


「忘れたというか、僕の知らないところで勝手に話が進められていただけだと思うのだけれど……」


「うっ。ひどいわ、レクトール」


 瞳に涙を溜めたシエナは、いじけるようを装って、その場にしゃがみ込む。

 

「レクトールがなんでもしてくれるって言うから、私、上級生を相手に頑張ったのに」


「いや、そんな約束してないよね?」


 それは、まあ、たしかにシエナとユーリエはさっきの試合、上級生を相手によく戦ったと思うし、称賛したい気持ちもあるのは本当だ。

 しかし、ここで頷いたら最後、言質はとったと、どんなお願い事をされるのか、考えるのも怖すぎる。


「え? なにシエナ、どうしたの?」


 シエナに耳を寄せてと手招きされたユーリエは、隣に屈みこむと。


「所詮、私たちとなんて遊びだったんですね」


 うん。たしかに一緒に屋台を回って遊んだりもしたよね。

 というより、ここだって闘技場ほどの密度ではないにしろ、学院祭に盛り上がっている生徒はそこいら中にいるのだから、もう少し、台詞とか、声量とか、考えて欲しい。もちろん、シエナが入れ知恵していたのだから、考えられての結果なのだろうけれど。

 

「おい。あそこにいるのはさっきの試合で活躍していた女の子たちじゃないか?」


「本当だ。男と一緒にいるぞ。なにやら、泣いているようだが」


「修羅場か? なんでもいい。そのままフラれてしまえ」


 周囲から怨嗟の声が聞こえる。

 むしろ僕は被害者……とは言わないけれど、嵌められている側だと思う。しかし、そんなことは、声の聞こえていない、当事者でない人たちには、わかるはずもない。

 居心地が悪くなってきたから、そろそろ離脱してしまいたいのだけれど、ユーリエとシエナの視線が僕をその場に縫い付ける。

 もはやこれまで――。


「なにをしているんですか、三人とも」


 凛とした声が響き、周囲の誰もがそちらを振り返る。


「それで、これはどういう状況なんですか?」


 銀の髪の令嬢は、僕たち、それから周囲をひと睨み、見回す。

 野次馬していた人たちは、視線から逃れるように、


「そういえば、俺、塾のある日だった」


「私もピアノのお稽古が」


 などと、とても祭りの日、学院にいるとは思えない態度で、それぞれの方向へ散ってゆく。


「あら、リュシィ。早かったわね」


 当然、泣き跡など微塵も見られないシエナは、顔をあげて微笑んだ。


「えっと、リュシィ。これは、その、あのね」


「説明しなくても結構です、ユーリエ。どうせ、シエナの無茶ぶりでしょう」


 ユーリエの説明を両断し、リュシィは小さくため息をつく。


「シエナ。どうしてあなたはそうやってレクトールを困らせるんですか」


「そんなの――決まっているじゃない。女の子が男性に言い寄る理由なんて、それほど多くはないのよ?」


 シエナの場合はそうじゃ……いや、それもあるのかもしれないけれど、メインとなるのはその理由ではない気がする。

 

「べつに、私はリュシィも一緒で構わないわよ? 四人でいたしましょう?」


「なにが、四人で、なんですか。そういう話ではありませんし、それに、一緒にして貰う必要もありません」


「それは、自分は一番だからってことかしら?」


 僕ではシエナに言って聞かせることは無理そうだったので、心の中ではリュシィを応援する。

 どうにかそのまま、シエナを思いとどまらせて欲しい。


「そうですね、現状では。ですので、この場は引きさがってください」


「あら。リュシィも言うようになったじゃない」


 それなら、と、シエナはユーリエに目配せをしたかと思うと。


「レクトール」


 僕に声をかけてきた、次の瞬間には、抱き着くように首に手をまわして頬にキスを落とす。口を挟む暇もないくらいの早業だった。


「今日のところはこれで勘弁しておいてあげるわ。次はもっと、次の段階にするから、覚悟しておいてね」


 そうして颯爽と背中を見せて、歩いてゆく。


「ユーリエも早くしなさいね」


「ちょっと待ってよ、シエナ」

  

 ユーリエは、少し戸惑うような素振りを見せた後、ちょこんとつま先立ちになり、やっぱり僕の頬に口づけして。


「応援してくださってありがとうございました、レクトールさん。おかげで、いつもより、頑張れた気がします」


「……力になれたのなら、光栄だよ」


 失礼します、とわずかに頭を下げて、シエナの後を追うようにユーリエが駆けてゆき、あとには僕とリュシィが残される。


「……あのリュシィ。できれば、状況の説明とか、したいことがあるのだけれど」


「……いいでしょう。釈明があるのなら、聞いてあげます」


 僕はその場に正座しながら、リュシィと別れた後のことを包み隠さず、一言一句漏らさずに報告した。

 リュシィは公正な子だから、きっとわかってくれるはず。

 僕の説明を聞き終えたリュシィは。


「事情はわかりましたが、だからといって、最後のあれは、油断のし過ぎだと思います」


 あれくらいは、普通のスキンシップくらいに思ってくれないかなあとも思うけれど、懸念事項ができるだけすくないほうがいいというのには、賛成するところだ。


「いいですか。そもそも――」


 そんな風に淡々とお説教してくれるのが嬉しくて、思わず頬を緩ませていたら、真面目に聞いているのですかと怒られてしまった。

 それはそれで、また嬉しいことだったのだけれど、僕は気合を入れて、表情を引き締め直した。


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