ルナリア学院学院祭 8
それにこれはルール有りの競技。
スポーツで、年齢差が絶対のものなら、それが流行ったりはしないだろう。それと同じことだ。
開始早々に距離を詰め、その姿を見せてきたことから、相手は策を弄するタイプではないはずだ。直前に出てきたばかりのフィールドに、こんなに短時間で罠などを仕掛けることができるかどうか怪しいし、あるいは、するはずもないだろう。
「ウィー、油断するなよ」
「イオこそ。熱くなり過ぎないようにね」
わかってるって、などと言いつつ、明るい茶色髪をポニーテールにまとめた子は、一直線に突っ込んでくる。
警戒していないというよりは、どう来るのか楽しみにしているという、そんな感じの微笑みだ。
「ユーリエ! 来たわよ!」
「うん、シエナ」
距離を詰められ、間合いに入るまさに直前、シエナとユーリエは同時に左右へ飛んだ――と、相手の意識が一瞬、どちらに向かうか迷っていたときには、すでにふたりは次の行動を起こしている。
着地、と同時に強く地面を蹴り、向かってきた相手、イオさんのことは放っておきながら、ウィーさん――ウィキアさんの下へと潜り込んでいた。
「やあっ!」
ユーリエがウィキアさんに向かって重ねた手を伸ばし、ウィキアさんのほうも応えるように片手をガードに伸ばす。
魔力は感じられたので、なんらかの攻防はあったはずだけれど、相殺し合ったのか、とりあえず、結果だけを見れば、ふたりともそこから動いておらず、なにも作用しなかったようにも見える。
ただし、ひと息つく間もなく追撃に来たシエナのことまでは躱せない。
態勢を低くして放たれた回し蹴りは、ふたりの足を刈り取り――はせず、ジャンプして躱したユーリエではなく、来ることがわかっていなかったウィキアさんの態勢だけを崩す。
打ち合わせをしていたのだとしても、見事なタイミングだった。
倒れながら、まずウィキアさんが取った行動は、胸元の花びらを守ることだった。
このままユーリエが前蹴りでも放てば、その風圧でも持っていかれかねない。
障壁は、倒れ込んだ際の衝撃を和らげるため、自身の背後に展開している。
「えっ、ちょっと」
意外そうな表情を見せたのは、そのままユーリエも一緒に倒れ込んできたからだろう。
手を前に突き出したユーリエは、あたかもバランスを崩したかのような恰好だ。
ただし、それは僕たちがスクリーンで、あるいは客席から横向きに見ているからであって、真下から見ているウィキアさんには、ユーリエがバランスを崩したようにも思えたのだろう。
咄嗟に、支えるようにユーリエの脇に手を入れて、そのまま、もつれあうように、ふたりは地面に倒れ込む。
「ウィー!」
イオさんが土煙の向こうのウィキアさんに向かって叫び、しかし、年下とはいえシエナを前に油断はできないと、近寄らずにその場で構えたままだ。
シエナも動きを止め、様子を見守る中、先に起き上がってきたのはユーリエのほうだった。
「シエナ、やったよ」
笑みを浮かべるその右手には、花びらを落とした茎が握られていて、それは相手の敗北を意味するものだ。
歓声が上がると同時に、しかし、シエナは冷静に。
「そうね。だけど、ユーリエ。あなたの胸を見てみなさいな」
「えっ?」
落とした視線の先、自身の胸元の花びら――より正確に言うならば、がくから上の部分が、綺麗に切り飛ばされるようになくなっていることを確認して、ユーリエはその表情を驚きに染める。
「嘘」
ユーリエがスクリーンのほうを見上げるけれど、そこに反則の表示はなく、つまり、自身が花を落とされるより後に攻撃されたのではないと証明されていた。
とても小さな事象改変――魔法だったから、勝負に集中していたユーリエには感じられなかったかもしれないけれど、ユーリエによって花が潰されるよりも先に、ウィキアさんが斬撃、つまり、不可視の、小さな風の刃を飛ばしていた。
すでに発揮されている魔法は、たとえ自身が敗れた後でも、無効にされたりはしない。たとえば、チーム戦において、極端な例にはなるけれど、フィールド一面を凍らせたとして、術者が敗れても、その効果は魔法の効果が終了するか、あるいは、試合がスフ了するまで残される。
これと同じで、すでに事象改変していた魔法は、術者の手を離れた(もちろん、威力や距離なんかは設定されていたのだろうけれど)と判断されていたようで、無効ではないと判断されていた。
実際の戦場でも、相手を先に殺したからといって、その人物が放っていた銃弾まではキャンセルされずに射程までは飛んでゆくからな。
「まあ、でも結果、よくやったわ、ユーリエ」
敗者となったふたりは、立ち上がることなく、そのままその場で座り込み、残ったふたりの戦いを観戦する。
「引き分けにまで持ち込むなんて、やるじゃない」
シエナが微笑む。
それは普通、上級生側の台詞だと思うんだけれど。
「ははっ。すごく自信家のお嬢さんだね。噂どおり」
「噂ってなにかしら」
「エストレイア家の御令嬢と、これには出なかったようだけれど、ローツヴァイ家の御令嬢のことは、有名だからね。というか、去年まで私たちだって同じ校舎に通っていたんだから」
当然知っているよ、と告げるイオさんの顔には、光栄だよ、とでも書いてあるように見える。
「こんな風に手合わせできるなんてね」
ふたりは向かい合い、距離を保ちながら、魔力弾を撃ち合う。
ただそれだけの光景に、客席からも感心しているような声が上がるのは、ふたりがまったく互角に撃ち合っているように見えているからだろう。
歳はひとつしか違わないとはいえ、中等科の生徒と、初等科の生徒が、互角の射撃戦を演じているのだから。
たしかに、戦場になれば年齢など関係ないとも言うけれど、彼女たちはまだ学生だ。
特にこのくらいの年頃ならば、年齢の差が実力の差として顕著に表れても不思議ではない。
「自信家なのは、あなたもではないの?」
「なにが?」
「私を相手にしていながら、まったく、負けるとは思っていないでしょう」
どうかな、とイオさんが微笑み、シエナも一層、素敵な微笑みを浮かべる。
まあ、どちらが自信家なのかと問われれば、僕はもちろん、今の会話を聞いていた観客は、シエナに票を投じるだろう。
両者の技量はそれほど差がないように思えた。それはシエナのほうが称賛に価するということだけれど、相手もこの勝負を引くつもりはないらしい。
観客と、すでにステージの石となっているユーリエ、ウィキアさんが見守る中。
「ふぅ」
先に息をついた、つまり、魔法を途切れさせたのはイオさんのほうだった。
技量では互角、戦法は同じ。
ならばどこに差が出るのかといえば、魔力量、つまり、どちらの魔力変換効率が上回っているのかという勝負になる。
その隙を見逃さず、シエナの魔法がイオさんの胸元の花びらを散らす。
「参ったね」
イオさんが両手を挙げれば、客性が大いに沸き立った。
真っ向勝負で上級生を打ち負かしたのだから、しかも、こんな舞台に出てこようと思うくらいの実力に自信のある相手を。盛り上がりも当然と言えるだろう。
「負けるとは思っていなかったよ」
「私もよ」
シエナがニコリと微笑むと、イオさんは、堪らずといった様子で、声をあげて笑い、差し出されたシエナの手を取った。
手を掴んだまま、イオさんがシエナの手を上に持ち上げれば、客席から、それに、ユーリエとウィキアさんからも、惜しみのない拍手が送られた。
それにシエナは手を振って応えていた。




