ルナリア学院学院祭
初等科から高等科まであるルナリア学院の学院祭は、毎年、名月祭の後にもかかわらず、こと学生に限れば、勝るとも劣らないほどの盛り上がりを見せる。
リシティアにある他の学校と比べ、生徒の絶対数こそ少ないものの、量より質の精神というか、クラスごとの催しにも魔法が利用されるので、学外からも観覧希望者は多く、混乱を避けるため、生徒ひとりひとりに決められて用意されるチケットがなければ、入場できない仕組みになっている。
一応、国内外から、入場の自由化を求める声はたくさんあるらしいのだけれど、表向き、主な理由として挙げられるのが、魔法に対する学術的な興味などといった内容なので、その場合は、名月祭の際に開かれている研究院のほうでの発表に参加してくださいと、声明が出されている。
そんな、出すところに出せばプレミアがつきそうなチケットは、僕の端末にも送られてきている。貰ったのは、一応、現在のところ婚約者ということになっている、ローツヴァイ家の御令嬢、リュシィからだ。
「それで、リュシィたちがなにをしているのか聞いてる? セスト」
そのため、一緒に来られる知り合いというのも限られていて、たとえば、妹であるシエナがリュシィと同じクラスに通っているセストだったりする。
「クレープ焼くとかって言ってたぞ。まあ、定番だな」
「シエナが? ああ、給仕係をするってことか」
シエナが自分でクレープを焼く係を買って出るとは思わない。
常々、料理に関しては「私は作る係より、食べさせる係をするわ」なんて言っているような子だ。
そうすると、ユーリエは作る係だろうけれど、リュシィはどっちかな? 多分、シエナと同じ、給仕の仕事をしていそうな気もするけれど。そうでなければ、客引きかな。
お店の出来に関しては、当然ながら高等科のほうが良いだろうけれど、僕たちの目的は、学院祭そのものではなく、リュシィたちのクラスの出し物だ。というより、チケットが招待制なのだから、来る人は皆、誰かの身内ではあるのだろう。つまり、最初のお目当ては決まっている人が多いはずだ。
そんなわけで、入り口でほとんど均一に三つに分かれた人波のうち、初等科校舎へ向かう波に、僕とセストも乗っかる。
人数こそすくなくとも、魔法師の育成は、国の特に力を入れているうちのひとつなので、校舎は綺麗で、設備も充実している。
僕たちが通っていたときよりも、すこしだけ綺麗になっている内装――ただし、今は学院祭用にデコレーションされている――に感心しつつも、目的の六年一組の教室へとたどり着く。
教室の入り口には、大きなアーチ状の看板で、可愛らしくデザインされた『クレープ』の文字が躍っている。
「いらっしゃいませー」
制服に、それぞれ自前らしい、個性豊かなエプロンをつけた女子生徒たちがお出迎えしてくれる。多分、僕たちが男のお客だったからで、女性客なら、男子生徒が出迎えていたことだろう。
普段、授業に使っているだろう椅子と机が合わせられたり、運び出されたりして、それぞれ四人掛け程度の机がいくつか教室内に点在している。
街中の店だと、それぞれの机に設置されているコンソールから選ぶ仕組みを採用しているところが多いのだけれど、もちろん学院祭程度のことで、学院全体の、あるいは一部ではあっても、システムを弄ってメニューを表示できるようにするはずもなく、メニューは紙に書かれた手作りのものだった。
「いらっしゃいませ」
席に着いてしばらくしてから注文を取りに来てくれたのは、よく知っている生徒、というより、シエナだった。
「ふたりとも、ご注文はお決まり?」
お決まり、と言われても、メニューはふたつしかない。
クリームとイチゴか、チョコとバナナのどちらかだ。
せっかく二人いるのだからと、二種類とも注文して。
「これって、もしかしてユーリエが作っているの?」
「ええ。ユーリエも作っているわよ。当然だけれど、ひとりじゃ手は足りないもの」
それでもこうしてお店にできるということは、皆、それなりに料理もできるということなのだろう。
もしかして、リュシィも作っているのかな? リュシィが料理もできることは知っているけれど。
「リュシィは私と一緒で給仕係よ。そっちのほうが映えるでしょう?」
リュシィがここへ注文を取りに来なかったということは探して欲しくなかったのかなとも思ったけれど、店内――教室内を見回してみれば、銀色の髪のウェイトレスの格好をした生徒は、すぐに見つかった。
ただし、こちらとは顔を合わせようとはせず、意図して背中を向けている様子だったけれど。ウェイトレスという仕事上、ずっとこっちに背中を向けていることは不可能なはずなのに、不自然なほどに視線が合わない。
「あら、レクトール。目の前に私がいるのによそ見なんていい度胸ね」
「ごめんごめん。シエナもとってもかわいいよ」
シエナは「当然よ」と微笑んで。
「結局着ることにしたのに、リュシィったら、変なところで恥ずかしがって、せっかくの可愛い格好をレクトールには見せたくないって言うのよ。本当は見て貰って、可愛いと言って欲しいはずなのにね」
きっと、こんな格好で人前に出るくらいなら死にます、とかなんとか、この店を開くまでには、ドラマというか、ひと悶着以上、あったことだろう。その光景がありありと思い浮かべられる。
説得したのはシエナなのだろうから――態度からもそのようにうかがえた――どんな悪魔の囁きをしたのか、かなり気になるところではあったけれど、リュシィの名誉のためにも聞かないことにした。
「大丈夫よ、レクトール。レクトールが頼めば――もちろん、ふたりきりのときにだけれど――リュシィはきっとどんな格好でもしてくれるはずよ」
もちろん私もね、といつものように小悪魔チックに付け足したシエナは、それじゃあ、他のテーブルにもいかないといけないから、と去っていった。
「おい、レクトール。どんな格好でもしてくれるんだってよ」
妹の発言でも躊躇なく拾いに行くところは流石だ。
「頼まないよ……」
だいたい、そんな格好をしてくれと頼むような、ふたりきりになるシチュエーションって、どんなところだ。
「つまり、お嬢さんにして欲しい格好があるということは否定しないんだな?」
「セスト、あのねえ……」
きみ、明らかに楽しんでるよね?
「祭りを楽しまないでどうするんだよ」
そう言って朗らかに笑う友人に、
「そういうセストこそ、婚約者を放っておいて、こんなところに遊びに来ていていいの? 休みができたなら、デートにでも誘ったらよかったんじゃないの?」
「いまさら、デートなんて必要ないだろ」
どうせかかるはずもないだろうとかけたカマだったんだけれど……。
「セスト、きみ、婚約者がいたの?」
尋ねれば、セストはしまったというような顔をしていた。
今まで、婚約者はいないと言われていたけれど、考えてみれば、エストレイア家だって、ローツヴァイ家と(僕みたいな庶民からしてみれば)同じくらいの家柄のところだ。長男に婚約者はがいてもなんら不思議はない。というより、僕はずっと、セストにいないのは不思議だと思っていた。まあ、その場合、家柄うんぬんより、別のところに問題がありそうだけれど。
「そりゃいるだろ」
一瞬後には、セストは開き直ったように認めてみせた。
非常に気になるところではあったけれど、その前に注文が運ばれてきてしまった。
「お待たせしました」
運んできてくれたのは、リュシィだった。




