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 ◇ ◇ ◇



 ローツヴァイ家ほどではないにしろ、やはり豪邸と呼ぶに相応しい建物の扉の前で送りの車が停まり、僕はリュシィの手を取りながら足を降ろす。

 時間的には丁度始まるところ、あるいは始まってすぐの頃合いだ。

 シエナたちと一緒のはずだから大丈夫だろうとはいえ、ユーリエよりも遅く来ることは避けたかった。

 会場へ入ってみれば、まだ人はまばらであり、そこにユーリエたちの姿は見られなかった。

 代わりと言ってはなんだけど、ローツヴァイ家の人間が来たというのは、すぐに知れ渡ることとなった。


「それではレクトール。リュシィのことは任せたよ」


「畏まりました、ウァレンティン様」


 僕の挨拶が堅苦しいと思われたのだろう、ウァレンティンさんは肩を竦めて小さな笑みを漏らし、ターリアさんと共に去ってゆかれた。

 僕はリュシィの横に立ち、リュシィの挨拶について回る。


「ごきげんよう」


「ごきげんよう、リュシィ様」


「きゃ、リュシィ様からお声をかけていただけるなんて」


「ずるいですわ。私も、ごきげんよう、リュシィ様」


 リュシィは普通に挨拶をして声をかけているだけだけれど、かけられた側は、ただそれだけで済ませられない。

 多くの羨望の眼差しを受け、しかし、リュシィは平然としている。ローツヴァイ家のひとり娘として育ち、教育を受け、今までの経験などからも、こういう場での立ち居振る舞いは完璧に近い形でマスターしているのだから、今更という感じなのだろう。

 

「ごきげんよう、レクトール様」


 それから僕にも声がかけられるのもいつものことなので、僕もすでに慣れてしまった、ごきげんよう、という、どうやらこの界隈では普通の挨拶であるらしい言葉を使って対応する。

 

「お噂には聞いておりますけど、レクトール様、魔法省へお務めになられたんですってね」


「凄いですわ。その御年で、一度で合格なさるなんて」


「さすが、リュシィ様に選ばれるだけのことはありますわ」


 そうして僕よりは年下だろう、おそらくはまだ学生くらいの年齢の女の子に囲まれている僕にも、いくつも視線が向けられる。

 隣にいるリュシィに向けられる視線とは、主は同じであっても、意図が違うものだ。

 そういった視線を向けてくるのは、異性――つまり僕にとっては同性――の人たちで、要するに、言ってしまえば、嫉妬の込められたものだ。

 リュシィは、銀細工のようなサラサラの銀の髪に、宝石のように透き通った紫の瞳、そして花びらのように可憐なピンクの唇の、類まれな美少女だ。

 これは客観的な意見であって、決して婚約者という(仮ではあっても)フィルターを通してのこではない、事実だ。

 加えて、容姿だけじゃなく、家柄としても最高峰のもので、ひとりでいたなら、世の男は放ってはおかないだろうという女の子だ。

 しかし、そういった有象無象(これは僕の意見ではなく、リュシィの父親であるウァレンティンさんのものだけど)に軽々しくリュシィに近寄って欲しくないという思考の末、婚約者として僕を隣に立たせておけば虫除けになるだろう、と僕がリュシィの隣の立つ役割につけられたというわけだ。 

 それを示すためにも、僕自身、適当な位置にはいられなかったので、高等科時代にわき目もふらず、実力を高めることに邁進し、現在、国家の重要機関でもある魔法省に勤めることとなっている。

 まあ、あとはボディーガードとかも兼ねてはいるけど。

 すくなくとも僕はそのように理解しているし、大方では間違っていないだろう。

 それがリュシィの、そして、夫妻の真の思惑通りなのかどうかは、定かではないけれども。


「あ、いたわ。リュシィ」


 そんな、このパーティーに呼ばれるようなお嬢様方の中でも、飛び抜けてお嬢様であるリュシィにそんな風に声をかけてくる相手は、ひとりくらいしかいない。

 声でわかってはいたけれど、振り返れば、思った通りの人物が会場に入ってくるところだった。


「ごめんなさいね。うちのメイドたちが、ユーリエの支度に気合を入れすぎちゃって」


 そう言ったシエナの、そして、ユーリエの恰好は、制服ではなかった。

 シエナは肩や鎖骨をむき出しにした漆黒のパーティードレスを、ユーリエは青を基調とした、清楚なドレスに身を包んでいた。

 シエナが優雅に挨拶をすれば、集まっていた御令嬢たちも、リュシィのときと同じように挨拶を返す。なお、男性諸氏は、いまだにこちらを遠巻きに眺めているだけで、自ら率先して輪の中に飛び込んで来ようという勇敢な者はいない。


「ごきげんよう、シエナ様、それからセスト様。あら、そちらの方は」


 シエナとセストに挨拶を済ませた令嬢、それから周りの令息の視線が、ユーリエで止まる。

 このパーティーに出席しているのは、皆が皆――とは、僕自身もいるから言えないけれど、それなりの家柄の人たちだ。

 もちろん、全員が顔見知り、なんてことはない(だろう)けれど、それでも、それぞれの家の後継者、またはそれに近い地位の人間として、ある程度の情報は持っている。

 

「私の――私たちの友人のユーリエよ。クラスメイトなの」


 そう言えば、ユーリエの為人はある程度伝わるだろう。

 つまり、魔法師だということが。

 そして、このリシティア王国において、魔法師が特別優遇されているというわけではないにせよ、ある種尊敬はされているし、もちろん、憧れの目で見ている人も多い。

 もっとも、特殊技能のひとつではあるので、そういう意味では、専門職人などとも同じようなものといえなくもないけれど。


「まあ! では、ユーリエ様も魔法師でいらっしゃるということなのですね」


「えっと、その、私は、そんな、様なんて敬称をつけていただくようなことはなにも……」


 すっかり委縮してしまっているユーリエは、顔を紅くしながらも、対応に困っている様子だ。

 そもそも、こんなパーティーに出席するのが初めてという話だったし、慣れていないのも当然だろう。 

 しかし、リュシィとシエナのふたりがいれば困ることはないだろうし、むしろ、僕やセストがいるほうが会話に困るかもしれない。年頃の女の子同士、僕たちに聞かれたくない話もあるだろうし。あるいは、遠慮して話しかけてこられないかもしれない。

 まあ、男子に関しては目を光らせていなくてはいけないから(僕自身はそこまで厳しくする必要はないと思っていたとしても、だ)離れるといっても少しのことにはなってしまうけれど。


「リュシィ。僕とセストは向こうのほうにいるから、同学年……ってこともないのかな? とにかく、僕たちのことは気にせず、仲良くしていて大丈夫だよ」


 正直、いまだにこういうパーティーみたいな雰囲気に完全に慣れているとはいえない僕としては、お嬢様方の相手を満足にできる自信はちっともない。まあ、全くできないということもないけれど。

 

「そうですか。わかりました」


 あれ?

 自分から言い出したことだけど、リュシィはてっきり「この状況を見ていながらひとりで逃げる気ですか」なんて言ってくると思っていたんだけど。

 すこし僕が拍子抜けしていると。


「レクトール。あなたは必要な時にいてくれれば、十分に助かります。今、この状況下であれば、私に関しては、ほとんど危険はありません」


 

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