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潜入調査 2

「もちろん、構いませんよ」


 変に突っ込まれないよう、できれば断りたかったけれど、ここで断るのも不自然だろう。

 恋人同士、という設定にしておけばよかったのかもしれないけれど、余計な設定は思わぬところでボロが出る要因にもなりかねない。

 ただ、これだけ人が集まると、目立つことは目立つ。


「あのお、最初に会場に入ってきたときから気になっていたんだけれど、ふたりはお付き合いしていたりするの?」


 他の高等科生徒も参加する説明会だということで、このあたりの質問は事前予測の範疇だった。

 

「いえ。ケーシスさんとは、お付き合いさせていただいていませんよ」


「私も、もしかしたら、まだ研究所に進むかもしれないし、大声では言いたくないけれど、ここは第一希望の職種じゃないから。それが決まるまでは、他のことに気を取られるつもりはないわ。ここへ来たのは見聞を広めるためよ」


 シスさんの返事に、へー、とか、ストイックだなあ、とか、感心したような反応が帰ってくる。

 

「じゃあさ、じゃあさ。第一希望はどこなの?」


「魔法省よ」


 今度は明らかに驚いた表情が浮かぶ。

 まあ、魔法師としては、一流の進路だからなあ。余程の自信がなければ、そんなにはっきり言い切ることはできないだろう。

 しかも、この時期に、見聞を広めるため、などという理由で――それも立派なことだけれど――他社の説明会に来るほどの余裕があるということだ。

 省庁に入るのがいかに険しい道であるかということは、この説明会に来る学年(つまり大抵は高等科の三年生)ならば十分にわかっていることだろう。実際、僕だって、他のことをしている余裕はなかったし。

 まあ、それは勉強以外にもしなければならなかったことが多かったからだけれど、それはそれとして。


「もしかして、レントールくんも、本当は、第一志望は魔法省だったりするの?」


「そうですね。彼女が優秀なので、僕も負けたくないとは思っていますよ」


 負けたくない――攻撃対象にされないようにしようと思っているのは、リュシィに対してだけれど。

 嘘をつくときには真実に紛れ込ませるのが常套手段だ。

 それに、多分、さっきの彼女たちの(あるいは彼らの)食いつきからして、同じ年頃の男女の色恋の話には乗ってくる可能性が非常に高く、僕たちの正体とか、目的などから、目を逸らす効果も期待できるかもしれない。


「え? レントールくん、他に彼女がいるの?」


「その話、詳しく聞きたいな」


「写真とかある?」


 予想以上の食いつきだった。

 しかし、写真は見せられないよな。この間の誘拐事件はしっかり報道もされてしまったし、リュシィの身元はすぐばれる。

 まあ、写真を持っていないというのも不自然ではあるし、仕方ないか。


「ありますよ」


 僕は、念のため、個人情報などを改竄してある端末を取り出して、リュシィの写真を表示させる。

 なにか突っ込まれても、他人の空似で躱せばいいし、写真も見せたくないほど、独占欲があるわけでもない。


「すごい美少女だ!」


「この子いくつ? 年下、だろうけれど、中等科の二年生くらい?」


「嘘お、これ、本当に同じ生き物?」


 反応は、正直、想定していたよりも凄かった。

 女子だけでなく、男子もリュシィの写真を食い入るように見ていたし、少々の嫉妬とか、羨望とかの色が瞳に浮かんでいるような気もする。仕方ないとは思う。リュシィは美少女だし。それは客観的な事実として。

 初等科の女の子にとって、年上にみられるというのは、どう思うのだろう。この場合は、大人っぽいとかって意味だろうから、むしろ、受け入れるのかな。

 

「そろそろ時間ですし、戻りましょうか」


 はっきり言って、ここまで目立つのは想定外だ。

 

「私、ちょっと、寄るところがあるから」


 説明会の会場に戻る前、手洗いの前でシスさんがそう切り出せば、他の生徒たちは、深くは突っ込まず、先に言ってるねー、と自然に別れることができた。

 しばらくしてから、僕も端末を取り出し。


「どうかしたの、レントールくん」


 驚いた表情を見せたことで、上手く会話に乗ってきてくれた。


「その、家族が大変みたいで。僕は連絡を取ってから向かいますから、皆さんは先に行っていてください。もしかしたら、帰らなければならないかもしれないですし」


「……そう。お大事にね」


 すみません、と断りを入れてから、急いで外へ向かう――風を装って、シスさんと合流する。

 

「さすがに個室にまでは監視カメラはなかったわ」

 

 それは、問題なく、ウィーシュさん達との定時連絡はこなせたということだろう。

 

「下から回りますか?」


「そうね。さすがに、目につく部分でやり取りはしていないでしょうからね」


 事前に説明も受けたけれど、地下区画への一般人の立ち入りは禁止だった。

 企業秘密とかもあるだろうから、当然と言えば当然の、どこの企業でもしていることなのだけれど、禁止されたからには、調べなくてはいけないだろう。

 こっちも目処をつけやすくはなるけれど、向こうだってこっちをあぶりだせるのだから、どっこいどっこいだ。


「AMFは?」


「ありませんね。彼らも使っているからでしょう」


 関係者以外立ち入り禁止の張り紙を、当然のごとくにスルーして、地下区画への扉を開く。

 監視カメラはあるけれど、死角を選びながら慎重に進む。

 

「さっきちょろまかしといたの」


 シスさんが得意顔、つまりは素敵な笑顔でカードキーを取り出す。

 どこで、どうやって、なのかはあえて聞くまい。

 部屋の中に並ぶいくつものコンピューターの内のひとつに、シスさんが手持ちのハッキングツールを接続する。

 とりあえず、警報は鳴らなかった。

 とはいえ、安心はできない。見張られている可能性は否定できないのだから。


「復元、復元、っと」


 やり取りに、一度も電子的なものがなかったとは考えにくい。

 削除されていたとしても、必ず、痕跡はあるはず、というより、それを探すのが僕たちの仕事だ。


「あったわ。これね」


 と、目当ての情報を見つけたところで、辺りの電源が落ち、同時に、パソコンもロックされてしまう。

 パソコンの電源まで落ちなかったのは、助かったというところだけれど。


「これは流石に気付かれたわね」


「そうですね……」


 もちろん、データの収集はまだ終わっていない。というより、始めたばかりだ。

 

「あとどのくらいですか?」


「あと……って、まずいわ。データの消去まで始めた!」


 シスさんはシステムのほうにアクセスを始めたけれど、さすがに余裕がなさそうだ。

 警報も鳴り始めている。ここへ来るのも時間の問題だろう。


「では、外の相手は僕が。シスさんはそちらをお願いします」


「お願い」


 学生服のシャツのボタンをひとつ緩め、ネクタイを外す。

 さすがに重要施設。重火器までは持ちだせないだろう。


「説明会に来た学生には悪いことしたな……」


 それから、おそらくは関りを知らなかっただろう、一部以外のここの社員にも。

 

「おまえ、なにをやっている!」


 警報を聞いて、ぞろぞろと警備員が駆けつけてくる。

 警備員とはいっても、表の警備をしている格好の人たちとは違う。


「なにと言われましても、説明会にきて、見学の途中だったのですけれど、道に迷ってしまって……と言っても、もちろん、信じてはいただけませんよね」


 電子機器の山ほど入っている区画だ。スタンガンなどは持ち出されないだろう。

 加えて間口も狭く、何人来ようと、一対一の構造で対峙することには変わりがない。


「……おまえ、学生ではないな?」


「だったらどうします?」


「もちろん、確保させて貰う!」



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