名月祭 11
この戦いにおけるこの人の望みはなんだろう。
もはや自身の起こしたテロは鎮圧され、この一対一でも、勝利できると考えてはいないだろう。それは実際に対峙している僕にははっきりと伝わってきている。
直前に言っていたとおり、派手に散って名を響かせることが目的? それでいったい、どうなるというのだろう。
おそらくは、他にもいると思われる――彼らの言い方を借りるのなら、同志、に対して、より不満を募らせさせることだろうか?
なんにせよ、僕は個人的な感情でここに立っているのではなく、先に告げているとおり、魔法省軍事局諜報部所属の魔法師としてここに立っているのだ。だったら、やるべきことはひとつ。それがたとえ、彼にとって残酷かもと思える方法でも。
彼の繰り出してくる攻撃のとおりに受け手を合わせ、打たせず、組ませず、取らせない。
単純な肉体能力では劣るだろうけれど、修練してきた技では決して引けをとったりしない。
一切の魔力を運用せず、純粋な格闘技だけでしのぎ切る。
そもそも、力のない子供でも、大人と渡り合うために存在するのが武術、技というものだ。そこから先は、熟練度によるものだけれど。
「その歳で大したものだ。いや、年齢は関係ないか」
「まだまだ修行中の身です。あなたに言われるほど、大したものを手にしているわけではありません」
諜報部でも、軍事部まで合わせても、僕が年齢的に一番下っ端で、訓練ではいつも先輩たちにぼっこぼこにされている。それはもう、容赦なく。
「あの少女のためか?」
「そうですね」
リュシィのため、という部分は、影響がないとは言えない。
もう、あのような事件に巻き込まれないよう、僕は彼女の婚約者として、誰にも認められるようにならなくてはならなかった。もちろん、彼女を守る力を欲したという理由もあるけれど。
「きっと大変な女性になるだろう。今でさえ、あそこまで度胸の据わっている子だ。せいぜい尻に敷かれる、いや、もう敷かれている風ではあったか」
「え? いや、リュシィはそんな、人を尻に敷いたりとか、そんなことをするような子じゃなありませんよ」
基本的には、冷静沈着で律儀なしっかり者だし。
しかし、男は首を傾げ。
「リュシィ? 誰だねそれは」
今さらなにを言っているんだろう。
「リュシィは僕の婚約者ですよ。リュシィ・ローツヴァイ。お察しのとおり、ローツヴァイ家のひとり娘です。あなたと面識があったとは思いませんでしたけど」
まあ、コンクールとか、式典とか、人の目に触れる場所にはよくいる子だからな。
知られていてもおかしなところはない。
「あの子の名前はシエナ・エストレイアというのではないのか? 見せつけられた学生証にはそう表示されていたと思うが」
たしか、学生証を偽造するのはほとんど不可能なはず、などと言ってくるけれど。
「いや、あの、なにをおっしゃっているんですか? 僕の婚約者はリュシィ・ローツヴァイという可愛い女の子で、まあ、シエナももちろん可愛いですけれど」
写真とか見ます? と僕は自分の端末を取り出して、リュシィたちの写っている写真を見せる。
「この子がリュシィです。こっちはユーリエ。それからこの子が、さっき会ったと思いますけど、シエナです」
「なるほど……」
いったい、僕はなにをしているんだろう。
テロリストと、占拠されていたビルの屋上で、自分の婚約者とその友人たちの写真を見ながら、魅力を語らう。
そんなことで世界が平和になるというのなら、いくらでもリュシィたちの写真を見せつけに行くんだけどな。
「なるほど」
「理解していただけましたか」
誤解が解けたなら良かった。
「つまり、貴様はこの世の全男子の敵というわけだな?」
あれー、どうしてそんな話に。
リュシィたちの可愛さで世界が平和になる計画は? この世にあんなに可愛い生き物が存在しているんだから、こんなバカっぽいことはやめてしまおうって話になるはずが。
いつの間にか僕への呼び方も比較的友好的っぽかったものから、完全に敵意剥き出しのものへと変わっているし。
「貴様のようなやつがいるから、世界から戦争と、不平等がなくならないんだあ!」
「言いがかりだ!」
それまでの、技によるものではない、衝動的に、本能の赴くままに繰り出される拳。
捌くこと自体は容易になっているのだけれど、得体のしれないプレッシャーというか、怨念のようなパワーが加えられているような。
いや、この数瞬のあいだに彼になにがあったんだろう。
「世の中の全男性全女性のために、貴様はここで捥げ落ちろ!」
「なにを意味不明なことを言い出しているんですか。さっきまでの主張は? 魔法師だとか、非魔法師だとか、立場や能力に対する嫉妬みたいなあれは?」
さっきまではそれなりに言いたいこともわかっていたのに、ここにきて急にわけのわからないことを言いだした。
なんで、僕が全人類の敵代表みたいな存在にされているんだろう。
とはいえ、相手の技がぶれているのは事実であり、僕がすることはこの人を取り抑えること。
ならば、なにが理由かはわからないけれど、彼が取り乱している間に、とっとと制圧させて貰おう。
「終わったようね」
彼を組み伏せ、手錠をかけたところで、シエナが屋上に姿を見せる。待っている間に合流したのか、リュシィとユーリエも一緒だ。
「くそっ、こんな、幼女趣味の糞浮気二股、いや、三股野郎に我々は敗北したというのか」
えっ、なんで泣いてるの。てゆうか、ポイントはそこなの?
「レクトールさん。浮気って、誰とですか? するなら私としてください」
「やっぱり、私たちの前では素直になれないだけだったのね、レクトール。いいのよ、リュシィに飽きたらいつでも私が貰ってあげるから」
ユーリエもシエナも無茶苦茶なことを言っている。
話しがややこしくなるから、できれば、というか可能な限り、黙っていて欲しいんだけど。
いや、まだ希望はある、と祈るような気持ちでリュシィを見れば。
「……」
うわあ、なんてクール。
視線だけで、もう、冷凍庫とか必要なさそう。次に会うときは法廷ですねって感じの目だ。
おかしい。僕は魔法師の模範として、真面目に生きているはずなのに。知らない間に、勝手に不名誉な称号がつけられている。
「いや、リュシィ。僕は浮気とかしないから」
「そうですか。そのわりには、今日のシエナとのデートを楽しんでいた様子ですが」
「ええ、とっても楽しかったわ。勝者の特権ね」
「いいなー、シエナ。今度は負けないよ」
いや、あの、ちょっと、僕の話を聞いて。
「あーあ。これは逮捕されるのはレクトールのほうかしら」
「あの、キュールさん? いらしていたのなら、状況はご存知ですよね? それに皆さんも」
いつの間に、というよりこれだけ時間が経っていれば当然ともいえるけれど、屋上には同僚の先輩たちが集まって、扉から顔を覗かせていた。
ここへ戻っていらしたということは、街中の暴動は鎮圧できたということで、それは良かったと言いたいところなんだけれど、できれば、こっちの状況の鎮圧にも協力して欲しいのだけれど。
「浮気男と嫉妬に狂う女たちという題目の劇をしていたんじゃないの?」
「していませんよ。誰が見たがるんですか、そんな劇」
そもそも私は嫉妬なんてしていません、とか、嫉妬もしないの? とか、私だったら、今はまだ二番目とかでもいいですけど、なんて会話も後ろから聞こえてくるけど、僕には関係ないよね? 関係ないに違いない。
夜空に上がる花火がやけに綺麗に見えたのは、決して現実逃避したかったからというわけではないだろう。そういうことにしてください。




