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名月祭 10

 だからといって、そんな後先をないものと考える、捨て身のような作戦の続行を認めさせるわけにはゆかない。彼らだって同じこの国の住人で、その生命を守ることは僕たちの任務なのだから。


「ふっ。同じ国の人間、ねえ」


 いったい、なにがおかしいのか、おそらくは首謀者らしき男性は自嘲気味の笑みを漏らす。


「たしかにこの国は表向き、きみたち魔法師と我々非魔法師が共存しているようにも見えているだろう。きみたちの言い分は、魔法師のほうが非魔法師より少ないのだからというものだが、それでも私たちが感じている差は、到底埋められるものではない」


 僕たちとしては、魔法なんてものは、男に生まれたとか、女に生まれたとか、天運に恵まれているとか、そんなものと同じようなものだと捉えている。自力ではどれほど頑張っても手に入れられないという意味では、ある意味貧富よりもひどいものなのかもしれない。

 けれど、絵を描くのが得意な人もいれば、音域の広い人もいるし、運動が得意だったり、物覚えがよくなかったり、そんな個性のひとつとして、僕たちには魔法が使える、より正確には、取り込んだ魔力素を魔力に変換し、魔法として世界に現出させられるという力を、たまたま持っていたにすぎない。

 こう言ってはなんだけれど、それだって僕たちが望む望まざるにかかわらず、持って生まれてしまったものだ。


「まあ、きみたちの言いたいこともわかる。私だって、理解はしているさ。しかし、納得できている人間だけではないというのも現状でね」


 私だってそのひとりさ、と男は肩を竦めて、笑みを漏らし。


「私たちはそれなりに訓練も積んだこの道のエキスパートだと自負している。いや、自負していた、かな。近代兵器の扱い方を覚え、戦い方の訓練を積み、戦術面での知識も深め、準備万端整えて、ここを制圧する算段だった」


 事実それは成功している。

 今もまだ、この建物内の多くの人が、人質となっていることだろう。


「しかし、実際にはどうだ。長年訓練した熟練の兵たちも、魔法師の子供の手によってあっさり沈黙する。こんなことを許せるとでも?」


 そうだな、と男はポケットから拳銃を引き抜き、シエナへと向ける。

 当然、僕は庇うように前に出ようとしたのだけれど。


「構わないわ、レクトール。あの人がなにをしようとしているのかは、わかっているもの」


「だけど、あの弾がもし」


「この弾は普通のものだ。特殊な機構などなく、もちろん、AMFの機能なんてものはついていない。なんなら確認してみるかね」


 は? と僕が思うより早く、引き金が引かれる――と発砲音が聞こえた直後には、甲高く弾かれたような音と、床に転がる薬莢の音が響いた。

 確かめるまでもなく、発砲された拳銃の弾を、シエナの障壁が弾いた音だ。


「見ただろう。我々にとっては狙いをつけられ発砲された時点で、余程の熟達した者でもなければ、即死、あるいは致命傷は避けられん一撃を、年端のゆかぬその少女は無手で防いでみせた。そんなこと、努力でどうにかなる次元の話ではない」


 まあ、創作の世界でなら、登場人物たちは重火器相手にも素手で渡り合ったりもするけれど。

 それはおいておいて。


「この考えは、なにも今回事を起こした我々だけのものではない。この国に暮らす、非魔法師ならば誰でも、大小はあれど、抱えているものだ。今はまだ、それほど顕在化していないだけでな」


「……だから、あなたがその時計を早めるということですか?」


 テロなんて、突き詰めれば自己主張なのだし。

 

「我々が成功すれば、それは現体制の打倒がなったということで、達成を喜ぶだろう。失敗すれば、それは、やはり私たち、非魔法師ではどうあがいてもきみたち魔法師には敵わなかったということで、諦めて、笑って逝ける」


「御存知ではないかもしれませんが、この国の人口に占める魔法師の割合は、多いわけではありませんよ。魔法省というのも所詮は議会の内のひとつであり、議会の人間のほとんどは非魔法師です」


 つまり、このリシティアを動かす……とそこまで傲慢なことを言うつもりはないけれど、その人員のほとんどは非魔法師によって占められている。

 所詮は一省庁だ。


「あなたは素手で銃弾でも防ぎたいのかしら?」


 シエナは僕の前へと進み出ながら。


「それとも空を飛びたいの? もしくは、触れずに物でも動かしてみたい? あるいは、治癒の魔法でなければどうしても治せない重篤の患者の知り合いでもいるのかしら? ただ羨ましい、妬ましいというだけでやっているのなら、そんなのおもちゃ売り場の前で駄々をこねる子供と一緒よ」


 あれ買ってー。皆使ってるもの。

 それは本当に必要なものか? 我慢しなさい。

 嫌だー。買ってくれるまで動かない。

 そんなやり取りをしている家族の光景が浮かぶ。

 たしかに、似たようなものかもしれない。ただ、スケールが違うだけで。


「魔法というおもちゃをねだる、ちょっと力をつけてしまった子供よ、あなたたちは」


 シエナはポケットから学生証を取り出し。


「これがわかるかしら? 見てのとおり、ルナリア学院の初等科の学生証よ。私たちだって、たしかに魔法を使える力を生まれ持ってはきたけれど、それを十全に使いこなせるように、学んでいるの。あなたたちの言う努力と、私たちの努力、そこに本質的な差はないと思うけど? 実際、私はレクトールとまともに戦ったら、百パーセント、勝てないわ。それはつまり、魔法師にも熟練度が関係しているということに他ならないでしょう?」


「ふっ。優等生の回答だな」


 優等生、なんて言っているけれど、褒めているわけでもないし、ましてや感心しているわけでもないだろうな。

 とはいえ、僕たちだって、そんなにたくさん説得の言葉を用意できるわけでもない。

 

「……あなたの考え、できることなら、議会に入ってでも伺いたかったですね」


「そいつは無理だ。俺たちはあんまり頭も良くないんでね」


 つまりこれ以上、問答は不可能だということ。

 

「一応、もはや趨勢は決定していると思いますが、投降の勧告に従うつもりは?」


「あったら、こんなことはしねえなあ」


 僕は一瞬だけシエナを見やり。


「では、あちらの人質の方たちと、この子の安全は保障してください。あなたの我儘には僕ひとりで付き合いますので」


「よかろう。私だって最後は派手に名を響かせたいからな」


 シエナが人質の解放へ向かったのを確認して、僕たちは部屋を移る。ここだと巻き添えにしてしまうかもしれないし。

 意外なことに、彼は素直に僕についてきた。

 向かった先は屋上だ。


「同志」


「手を出すな。おまえたちは黙って見ていろ」


 屋上には、まだ数名の彼の仲間が残っていた。 

 こちら側の航空機は、遠巻きに様子を伺っている。おそらくは僕の姿も確認できていることだろう。手を出さないでくださいとサインを送り、ライトだけをお願いする。


「ああ、あの装置の出力は切っておけよ」


「はっ? しかし――了解いたしました」


 仲間の内のひとりが、屋上に持ち込んだとされるAMF装置の下へ向かう。

 そうすると、実際に魔法が使える――無理なく使えるようになるのを感じられる。やはり、カリスマはある。


「もはや我々の作戦は失敗だ。ならば、魔法を使えない魔法師と戦っても意味はないだろう?」


「随分な自信家ですね」


 それとも――まあいいか。


「名を聞いておこう」


「魔法省軍事局諜報部所属、レクトール・ジークリンドです」


 相手の名前は聞かなかった。

 どうせ、この後の聴取でわかることだし、それは僕たち軍事局ではなく、警察の仕事だ。


「そうか。では、ゆくぞ、ジークリンド」



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