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名月祭 8

 ◇ ◇ ◇



「目が覚めましたか?」


 時間もかけることはできないので、魔法で拘束した後、強引に目を覚まさせた。

 救急の訓練、講習も受けているのでそのくらいはなんてことはない。


「くっ」


「ああ、自殺など計られませんよう。無駄ですので。そのたび、尋問がきつくなるだけですよ?」


 舌を噛み切られても、あるいは奥歯の中にでも毒を仕込んでいようとも、死ぬ前に治癒魔法を施すことができれば問題はない。

 ただし、治癒魔法でも、痛かった、という事実は消すことができないので、痛みは残る。あるいは毒による苦しみも。


「それで、素直に話していただけるとこちらとしても助かるのですが」


 さすがに諜報部だけのことはあり、キュールさんが普通の男性ならすぐにでも虜にしそうな微笑みを浮かべる。

 僕たち諜報部は、まともな、ゴリゴリの戦闘ならば軍事部に劣るだろう。しかし、こういった情報収集ならばおそらくはこの国でも最高峰だと自負はある。国王陛下の下にも諜報員はいるらしいけれど、詳しいことは知らない。

 それはともかく。


「いずれ自分から、喋らせてくださいと頼むようになるまでに、素直にお話しくださったほうがあなたのためですよ」


 相手はだんまりを決め込むらしい。

 僕はキュールさんと目配せをして。


「さあ、皆はこっちに来ていてね」


 リュシィたちを連れて少し離れる。


「……シエナ。なんでそっちに行こうとするの」


「興味あるじゃない。どういう方法で口を割らせるのか。リュシィだって、将来、レクトールが、私とかユーリエとかと浮気したときに、口を割らせる方法は知っておいたほうが良いでしょ? それに苦痛を与える方法も」


 なんでそんな恐ろしいことを、しかもそんなに笑顔で、言うのだろう。

 

「必要ありません。そのときはレクトールを殺して私も死にます」


「殺しちゃだめだよ、リュシィ。そんなことをするなら、私がレクトールさんを貰うから。それでその後リュシィと会わなければ問題ないよね」


 リュシィは恐ろしいことを言わないで。それにユーリエも話をややこしくしないで欲しい。


「てゆうか、僕は浮気とかしないから! ひとりだけだから!」


 なんでこんな話に。

 そもそもの発端からして、シエナからの事実無根の言いがかりなのに。

 

「いちゃつくのは後にして貰える?」


 僕が必死に言い訳をしていると、呆れていることを隠そうともしない様子で、キュールさんが溜息をついていた。 

 時間もないし、占領下だっていうのに、のんきが過ぎた。

 僕は誤魔化す、あるいは空気を換えるように、咳払いをしてから。

 

「それで、どうでした?」


「面倒なことをしてくれたわ」


 どうやら、この建物内に爆弾を仕掛けているらしい。

 

「えっ! 爆弾ですか」


「ユーリエ。声が大きいです」


 ユーリエが周囲を見回し、その口を塞いだリュシィは紫の目を細める。

 

「場所はどこですか? 時限式? それとも、遠隔で?」


「そこまでは。ただ、おそらくは遠隔でしょうね。自分たちが死ぬつもりがないのなら」


 交渉がどれだけ長引くかわからない以上、自分たちが逃げる時間を考えれば、スイッチは自分たちで握っておきたいだろう。ただし、それだと制圧された場合、脅しに使うことができなくなるため、タイマーも併用されてはいると考えられる。すくなくとも、されていないと考えるのは楽観的過ぎる。

 そして、キュールさんのおっしゃるように、自分たちが死なないつもりなら、爆弾も一括で管理できるもの、たとえば、スイッチとか、アプリとか、そういったものを手元において管理していることだろう。


「もっと詳しい人を捕らえるしかないですね。ただし、それだとこちらの動きも察知されますが」


 今の相手程度なら、つまり、仕掛けたとされる爆弾の場所を知らされていない程度の相手ならば、いちいち、全員の位置を把握しているとも思えない。この建物を占拠するのに必要だろう人数を考えれば。

 

「それは仕方ないでしょうね。向こうだって、こっちがなにもしないとは思っていないでしょ。こうして警備につけているわけだし」


 キュールさんはしゃがみ込むと、相手のポケットを探り、端末を引っこ抜いた。

 

「ええっと、履歴履歴っと」


 覗かせてもらえば、迂闊にも、履歴の最新部分には同じ相手との通話の履歴がかなり残っている。

 当然、番号も。


「残念ながら、この端末には入ってないわね。主導者が一括で持っているのかしら」


 この端末で管理できるのなら、話は早かったのだけれど。

 とりあえず、端末の設定をワンコールで留守録に繋がるようにしてから。


「先を急ぎましょう。一応、交渉役も粘っているでしょうけれど、早いに越したことはないわ」


 僕が先行、子供たちを間に挟んで、キュールさんが背後を警戒しつつ、しばらくそのまま地下を進み。


「そろそろ、上に出るしかないですね」


 最初に出会った以外に、相手方とは遭遇せず、僕たちは地上部分、建物の内部への扉にたどり着く。

 わずかに隙間を作り、様子を伺ってみれば。


「電気は落ちていないようです。しかし、見回りが、見えている限りでは、三人ほど」


 エントランス、および地上部には、それほど重要機関があるわけではない。まあ、地下にはあるけれど。

 しかし、通常、侵入するなら、一番上か一番下がセオリーだ。それが最も無駄が少ないから。

 つまり、そこを突破されなければ、どうということはない、と相手としても考えているのだろう。


「相手の人数はそれほど多くはないのかしらね。それとも別に目的があってそちらを優先しているのかしら?」


 キュールさんは立てた指を頬にあてるけれど、現段階では、どうとも判断はできかねる。


「それじゃあ、僕が片付けてきますので」


「私たちも行くわ」


 シエナが言い切り、ユーリエも、リュシィまでも、真面目な顔で頷いている。


「レクトールがひとり、キュールがひとり、それに私たちがひとりで、丁度じゃない」


「だめだ」

 

 もちろん僕は即答した。


「どこの世界に初等科生を実践に、しかも武装している大人に向かって突っ込ませる人間がいるんだ」


 信じるとか、信じないとかの問題ではない。

 大人として、それはやってはいけないだろう。


「レクトール。実践に勝る訓練はないわ」


「それはそうかもしれないけれど、皆を戦わせたなんて知られたら、僕たちは減給では済まなさそうなんだけど。それに、心情的にも、戦わせたくないし」


「時間を掛けている余裕はないんでしょう?」


 そしてシエナはおもむろに服に手をかけ。


「もし、レクトールが行かせてくれないというのなら、あることないこと、吹き込んでしまうかもしれないわ」


「待って! なにをする気?」


 服を脱ぎかけたシエナの手を押さえる。冗談だとわかっていても、焦るからやめて欲しい。いや、冗談だよね?


「レクトール。シエナちゃんの言うとおり、時間はないわよ。あの人たちと定時連絡をしていたのだから」


 いずれにせよ、時間をかけられない以上、僕たちは出てゆくわけで、その間、ここに三人を残すことにはなる。

 ならばいっそ、もっと近くにいてくれたほうが、守りやすくもなるかもしれない。


「無茶はしないわ」


「言ってることは無茶苦茶だけどね」


 しかし、たしかにこれ以上、問答に時間をかけるのも時間の無駄だし、短時間で皆を説得するのも無理そうだ。


「腹を決めたみたいね、レクトール。それじゃあ、私が向かって右を、レクトールが左、シエナちゃんたちは真ん中の人をお願いね」


 壁の陰に隠れながら簡単に打ち合わせをして、まず僕が飛び出す。全員一緒でないのは、とりあえず僕に注意を惹きつけておけば後が楽かなという狙いだ。



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