エスコートさせていただけますか? 3
◇ ◇ ◇
エスコート役の必要なパーティーだとは記載されていなかったけれど、とりあえず、リュシィの婚約者としての体裁は保つ必要があるので、当日、僕はリュシィの御屋敷を訪ねていた。
「やあ。よく来てくれたね、レクトール」
出迎えてくれたのは、黒い髪に青い瞳の気さくそうな笑みを浮かべる男性と、長く綺麗な金の髪に優し気な紫の瞳の女性だ。
「お邪魔させていただいております、ウァレンティン様、ターリア様」
前もって迎えに来る時間は知らせてあったため、すぐにリュシィも姿を見せた。
普段――でもないけど――呼ばれるパーティーに出席するときに着ているようなドレスではなく、通っているルナリア学院初等部の制服だ。
「とてもよく似合っているよ。今日も可愛いね」
「制服に似合うも似合わないもありません」
いつも通りに褒めれば、やはりいつも通りに澄ました返事が返される。
これは素っ気ないということではなく、照れ隠しでもあろうことは、若干ではあるけれど、赤く染まった頬を見れば一目瞭然で、その頬を突っつきたくなる衝動にも駆られるけれど、さすがにそこまでしてしまってはリュシィに怒られるだろうこと請け合いなので、僕は恭しく、手を差し出した。
「じゃあ、行こうか」
ちなみに、シエナとユーリエ(ついでにセストもだけど)は、直接会場へ向かうということで、ここで一緒に集まってなどということはない。
会場まで送ってくれる、ローツヴァイ家の運転手さんに開いてもらったドアに、まずリュシィが、続いて僕も乗せてもらい、最後にローツヴァイ夫妻が乗り込むと、静かに扉が閉められて、ほとんど振動を感じさせない丁寧な運転で車が発進させられる。
「レクトール。君の噂は僕のところまで聞こえてきているよ。とても優秀な成果を収めているそうだね」
ウァレンティンさんは、いわば、僕のずっと上司に当たる役職についているので、こちらの部署の報告も受けているのだろう。
「いえ。僕はまだ入省したばかりですから。毎日、勉強です」
今年から勤め始めたばかりなので、まだ、そんなに認められるほどの成果を残しているわけじゃない。
訓練での成績など、所詮は訓練でしかなく、まあ、勤めている部署の性質上、実践なんて無いに越したことはないのだけれど、優秀な成績を修めているかといわれると、胸を張ることはできない。
「そんなに謙遜することもないさ。先日も、将来有望な、可愛い女の子を助けたと聞いているよ」
ウァレンティンさんがにやりとした笑みを浮かべる。
リュシィから聞いたんだろうから、別に構わないのだけれど、もし、そうでなくてもこの人はリュシィの前でも躊躇うことなく話したのだろう。
「ええ。リュシィの学院のクラスメイトのユーリエ・フラワルーズさんですね。今日のパーティーにも招待されていたということですが」
僕としても特に躊躇う気持ちも、誤魔化すつもりもないので、素直に首肯する。隣のリュシィから、一瞬、鋭い視線が向けられたようにも感じたけれど。
「その子は可愛い子なのかしら?」
「そうですね。一般的な見地からすれば、十分に可愛らしい女の子かと」
ユーリエが美少女だということは、多くの人が認めることだろう。
肩にかかるくらいのふわふわの金の髪も、青く澄んだ瞳も、明るく素直な性格も、ユーリエが素敵な女の子だということは、疑う余地もない。
「あらあら。ライバルということかしら。困ったわね、リュシィ」
ターリアさんが微笑んだままリュシィへとその優し気な眼差しを向ける。
ライバルって、なんのことだろう。リュシィが困るようなことはなにもないと思うのだけれど。
「私は別に。レクトールとは契約上、そういうことになっているだけで、レクトールを縛ろうという意志はありません」
僕とリュシィの契約――婚約の話は、当然、ウァレンティンさんとターリアさんも御存知だ。
というより、むしろ、この婚約の話は向こうから持ち掛けられたものだ。
「それは、レクトールさんの気持ちを疑うつもりはないということよね。他に魅力的な子が現れても――もちろん、リュシィはとっても魅力的な女の子だけど――レクトールさんが自分から離れてゆくことはないと信じているのね」
「私は……っ!」
おそらく、なにを言っても母親には通じないと感じたのだろう。
リュシィは興奮したのを落ち着けるように、赤い顔のまま、ふいっと顔を逸らして、窓の外へと目を向ける。ただし、窓ガラスはよく磨かれていて、リュシィの表情は丸わかりだったのだけれど。
「それで、リュシィからすこし聞いてはいるけれど、そのユーリエさんのことだったね」
ウァレンティンさんが、娘を見つめる温かい瞳から一転して、真面目な口調で語りかけてくる。
「今日呼ばれているのはオーヴェスト家のものだったね。たしか、リュシィのクラスメイトにもそんな子がいたような気がするけど……」
ウァレンティンさんに目を向けられ、リュシィが厳しい顔になる。
「そうですね。たしかに、クラスメイトの家でもあります」
リュシィのクラスメイトということは、ほかのふたり、シエナと、それからユーリエとも、クラスが同じだということだ。
「そうなんだ」
それは知らなかったな。
いや、リュシィのクラスメイトなんて、僕が詳しく知っていたら、それこそストーカーかと疑われても仕方がないことなんだけど。
「その子とは、リュシィたちは仲が良かったの?」
たち、というのは、もちろんシエナとユーリエ……どちらかといえば、ユーリエのことについて聞きたかった。
リュシィとシエナがそういったパーティーに呼ばれるのはわかる。
おそらくは、相手のオーヴェスト家が、ふたりの家との交流を深め、関係を密にしてゆきたいという考えがあってのことだろう。そういうことは、今までもよくあった、というより、大半がそれだ。
しかし、ユーリエは、僕なんかと同じ、ごく普通の家庭の生まれで、リュシィと関係しなければ僕がこんなパーティーなんかとは一生無縁だっただろうというのと同じで、ユーリエにも縁遠い世界のことだっただろう。いや、本人は、まだどこか別世界のことと感じている可能性は高い。
僕だって……一応、自覚してはいるけれど、逆に言えば、その程度でしかない。
「悪いとは思っていませんでした。それほど話したことがあるわけでもありませんが」
「それはユーリエも同じ?」
「ええ。そのように思っていましたが」
つまり、ユーリエとオーヴェストさんが特別親密だから呼ばれたということではないらしい。
まあ、それなら、手紙をもらったと告白していた時点で、ユーリエが話してくれていただろうから、元々、そんなことはないだろうと思ってはいたけれど。
これを機に親密になりたい、というのも、まあ、ありえないだろう。
なにせ、クラスメイトなのだから、仲良くなろうと思えば、学院でも、クラスでも、いくらでも親しくなるチャンスはあるはずだ。
とはいえ、先入観を持ち過ぎるのはまずいし、ただ、相手もシャイできっかけが欲しかっただけなのかもしれない。
「ユーリエのことは僕も気を付けておくことにするよ。同じような立場だからね」
僕も本来であれば、ユーリエと同じく、ごく普通の、こんな社交界なんかとは縁遠い世界の人間だ。
たまたま巻き込まれてしまってはいるけれど、それも今日は幸いかもしれない。
「……そうですね。よろしくお願いします」
少し間があったけれど、リュシィの許可ももらったし。
と安心していたら。
「けれど、レクトール。本来の役目も忘れないでくださいね」
リュシィに釘を刺された。
「わかっているよ。僕の可愛いリュシィにちょっかいは入れられないようにするから」
夫妻に宣言する意味も込めてそう囁けば、馬鹿ですか、と呆れられたように顔を背けられてしまった。




