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出会い

 空から女の子が降ってくるとか、そしてそこから恋やらなにやら始まるっていうのは、物語の中だけの出来事であって、実際に起ころうものなら、まず目を離した親御さんにひと言申し上げるべきだし、そもそもそんな危ないことをしないようにと注意するべきだろう。

 それでもそんな事態に巻き込まれてしまうのは、まあ、それが事故とか、不運とかって呼ばれる所以なのかもしれないけど。


「危ない!」


 図書館の中だったから、静かにするようには心掛けたけど、多分、僕の出した声は思ったよりも大きくなっていたことだろう。

 それでも、間に合えば、それに越したことはない。

 本棚にかけられていた梯子が、重さに耐えきれず、バランスを崩してぐらつくと、えっ、とか、きゃあ、なんて声が上のほうから聞こえてきて、僕は思い切り駆け寄った。


「大丈夫?」


 なんとか間に合って、落下してきたその子を腕の中へと抱え込み、ついでに落ちてくる本や、倒れてくる梯子のほうは、それ以上落ちてきたり、倒れてきたりしないように、中空で固定させた。いわゆる、念動力とかって呼ばれている魔法だ。

 障壁を展開しても良かったけど、それだと落ちてきた本の立てる音は止められないし、本が傷んだり、他の利用している人たちに迷惑になってしまうから。


「あ、あの、はい。ありがとうございます」


 肩で切り揃えた、ふわふわの金の髪をした、初等科の何年生かな(初等科、中等科、高等科の違いだとリボンの色で見分けられるんだけど、同じ科だと同じ色のリボンをつけるから判断はつけにくい)多分、四年生くらいにみえる女の子は、あるいは、覚悟していた衝撃がなかったことに驚いたように、その青い瞳を見開いた。


「この図書館では、たしかに魔法を使用することは禁止されているけれど、それは通常時のことだよ。自分の危険を感じた際には、使っても構わないってことになっているから」


 それとも、咄嗟のことで混乱して、そこまで思考が回らなかったのかな。

 見た目的には――ここでは髪とか瞳の色とかって話じゃなくて、身長とか、年齢的な印象ってことだけど――僕の良く知っている子と似たような感じだから、初等科なんじゃないかと、個人的には感じているけど。 

 それなら、学院で飛行の魔法と、それに関する姿勢制御の方法だとかっていうのも、習っていると思うんだけどな。


「あ、あの、はい、すみません。ありがとうございます」


 床の上に降ろしてあげると、その子はもじもじとした様子で、ルナリア学院の初等科の女子の制服であるワンピースの裾の埃を払うような仕草をした。


「助けていただいてありがとうございます。ええっと、レクトールさん」


 僕の首から下げている社員証の入ったケースを見たのだろう。この魔法省で働く職員は全員証明書を首から下げて持ち歩いているから。

 まあ、かくいう僕も、今年から、つまり、つい先日という訳だけど、働き始めたばかりではあるんだけど、その社員証には先輩たちとの違いはなく、しっかりと、僕の名前レクトール・ジークリンドと、所属部署である軍事局諜報部という部署名が明記されている。


「きみに怪我がなくてよかったよ。女の子なんだから、もうすこし、気を付けたほうが良いんじゃないかな。周りを心配させないためにも、きみ自身のためにもね」


「私、ユーリエ・フラワルーズです。ルナリア学院初等科、六年生です」


 ユーリエさんはふんわりと微笑んだ。

 ルナリア学院は、初等科、中等科、高等科と分かれている国の運営する教育機関で、その上に、研究とか実験の部署もある、魔法も学べる学院だ。

 そこに通っているというのだから、この子も魔法師なんだろう。魔法を使えない子は、別の学校に通うから。

 まあ、だからといって、どっちが上とか、下とか、そんな風な争いにはなっていないんだけどね。そもそも、それで差別的な発言をするのは取締対象になるし。

 つまり、あの子と同学年というわけだ。

 四年生くらいにみえたっていうのは、失礼だったな。


「それで、ユーリエさん。なにを探していたのかな。もし良かったら、僕が取ってあげるよ」


 もう同じ失敗は、すくなくともこんなにすぐには繰り返さないだろうけど、なんとなく、見ていて危なっかしそうな子なんだよな。


「本当ですか? 実は、探していた本があったので、助かります」


 真っすぐに、キラキラとした瞳でお礼を言われ、なんとなく気恥ずかしさを感じて、頬を掻きつつ、誤魔化すような言い回しをしてしまう。


「まあ、僕は司書として働いているわけじゃないから、そこまで詳しいわけじゃないんだけどね」


 しかし、それじゃあ、後は司書さんに頼んで、なんて放り出すのも薄情かなと思ってしまう。

 部署は違えど、僕だってここの職員なわけで、それに、学生の頃はご多分に漏れず、僕だってこの図書館をよく利用していたわけだし(いや、今でも利用はするけど)多少の力にはなれると思う。

 幸い、彼女――ユーリエさんが探していたのは、児童文学のようで、それなら僕にも案内できる。専門書とかになると、さすがにちょっと難しいかな、なんて思ったりもしていたんだけど。


「学院の課題図書なんですけど、図書室のは全部貸出されちゃってて。ここにあって良かったです」


 幸いなことに、この図書館ではその本は貸し出されていなくて、見つけたユーリエさんは嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとうございます、レクトールさん。私、ここに来たのは初めてだったんですけど、優しくて親切な方に出会えて幸運でした」


 そこまで喜んでもらえると、嬉しくはあるんだけど、知識をひけらかして、いい格好しいみたいな感じがしてしまうというか。

 まあ、目の前のユーリエさんの真っ直ぐな瞳を見ていると、そんなのはまったくの杞憂で、失礼な考えだってことはわかるんだけど。


「利用する人には気持ちよく使って貰いたいからね」


「本当に感謝しています。レクトールさんは私の命の恩人です」


 大袈裟だなあ。

 あんなことくらいで、それほどに感謝されると、むしろ、居心地が悪くなるというか。


「本当に気にしなくていいからね」


「はい。でも、またお礼に伺いますね」


 とはいえ、初めて利用するのだというユーリエさんを、カウンターまで案内して、受付にいる司書の女性に事情を話して、ここを後にするまで付き添ってあげるくらいのお節介はやくけど。 


「良かったんですか、ジークリンド諜報官」


 ユーリエさんが帰っていって、その姿が見えなくなったところで、カウンターの顔見知りの女性――アメリアさんにちらりと視線を向けられる。


「良かったって? あの子、ユーリエさんは初めてだって言ってたし、気持ちよく利用してもらうためには、当然のことじゃないかな」


「あの方がやきもちを焼かれるのでは?」


 そう言われて思い浮かぶのはひとりしかいないけど。


「リュシィが? やきもち?」


 そんなことはないだろう。

 ただ、ちょっと同学年の子を案内しただけだよ?

 それに――あっ、いや、これは言えないんだった。


「なんですか?」


 感づかれたかのように睨まれた(ように感じた)けど、なんでもないよ、と誤魔化して笑うと。


「あの方の苦労が思い浮かばれます」


 そんな風に溜息をつかせてしまった。


「そりゃあ、たしかに――って、やばい、巡回の時間だった」


 言い訳、でもないけど、主張しようとしたところで、ポケットに入れていた端末が音を鳴らして知らせてくれた。

 話題が逸れたことにも若干感謝しつつ。


「それじゃあ、また、アメリアさん」


 司書の女性に別れを告げて、僕は一緒に回る同じ部署の仲間を待たせるわけにはゆかないと、飛行の魔法は禁止されているし、すこし小走りで自分の部署へと戻った。


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