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待ち人の元へ

作者: ひで

「お疲れ様でした」


 今日も仕事を終え、帰宅の途につく。うるさい上司や仕事のできない後輩に板挟みにされ、最近疲れが溜まってばかりだ。ネクタイを緩めながらため息をつく。


「晩飯は……昨日で作り置きしておいた分も食べちゃったんだっけ」


 作るのも面倒だしどこかで食べて帰ろうかなと思っているとポケットの中の携帯が震える。

 見るとメールが来ていた。


【いつもの場所で!!】


 たった一文だけの文章。

 でも、時々送られてくるこの文章を見ると自然と笑みがこぼれる。


【了解】


 いつも通りの一言を送り、待ち人がいる居酒屋へと向かった。



「いらっしゃい!!」


 扉を開けると元気な親父さんの声と、すでに出来上がっているであろう会社帰りの人達の喧騒が耳を打つ。店をグルッと見回すと目的の人物はすぐに見つかった。近付いていくとあちらも気付いたらしく、笑いながら大きく手を振ってくる。……こっちもだいぶ出来上がってるな。


「ごめん。遅くなった」

「大丈夫、大丈夫!!ほらほら和人、乾杯しよう!!」

「分かった分かった」


 急かされながらスーツの上着を脱ぎ、カッターシャツの袖を捲る。


「じゃあ今日も一日、お疲れ様!!」

「お疲れ~」

「「乾杯」」


 冷たいビールが喉を通り、炭酸の刺激で心地良い気分になる。「美味しー」と言いながら悠花は既に頼んでいた焼き鳥を食べている。

 俺と悠花は小学校からの付き合いだ。高校は別の学校に進学したのだが、大学で再会し、こうして会社働きになるようになってからも友好関係が続いている。働き出してからはお互い遊ぶような時間が無いため、時々悠花からの誘いでご飯を食べたりするのが恒例行事になっている。


「こうして会うのは久しぶりだな。……また彼氏と喧嘩したのか?」

「うっ……」


 今まで機嫌良く話していた悠花の動きが止まる。


「はあ、やっぱりか。だから顔だけで決めて彼氏にするのは止めろって言ってるのに」

「だ、だって最初はすっごく優しかったんだよ!!でも結構女癖が悪い人みたいで……」


 悠花は可愛い。肩の下まで伸びている髪の毛を少し巻き、二重の整った顔を見れば誰でもそう思う。学校でもその人気は凄まじくモテモテだった。そのせいで悠花と仲の良かった俺は周りの男子から相当やっかまれたのだか……。

 しかし、悠花は面食いで、顔だけを見て付き合った彼氏は総じて性格があまり良くないという、男運の全くないやつだった。だから飲み会と言っても仕事や私生活のことも少しは話すが、ほとんど悠花の彼氏への愚痴を聞かされるばかりだ。

 人に言えば何でそんな面倒くさいことにずっと付き合ってるんだと言われるかもしれないが、理由は一つ。……俺が悠花に会いたいからだった。


「そりゃ最初は誰だって愛想良くしてくるよ。でも相手の悪いところも包み込んであげるのがカップルってものじゃないのか?」

「はあ、甘いね和人は。そんな綺麗事でなんとかできることばっかじゃないよ。だからいつまで経っても彼女出来ないんだよ」

「……余計なお世話だ」


 「そもそも悠花が顔だけで選んでるのが悪いんだろ!!」と思ったが心の中に留めておく。暴れだしたら手に負えない。


「ていうか和人は好きな人とかいないの?私の話ばっかりで和人のそういう話は聞いたことない気がする!!」

「……言ったことないからな」

「えっ!?ていうことはいるの?」


 ボソッと小声で言ったことを聞き逃さずしつこく追求してくる。

 悠花がこうなると言うまで帰らせてくれないのはいつものことなのでしまったな~と少し顔を歪ませる。


「ねえねえ、い~る~の~?」


 腕を掴みながら揺さぶってくる。


「や、止めろって!!言うから落ち着け」

「は~い」


 大人しく座りなおした悠花の眼は期待でキラキラと輝いている。


「……いるよ」

「そうなんだ!!へえ、あの和人にねえ~。誰?会社の人?」

「会社の人ではない」


 この気持ちを伝えようとは思っていない。俺は悠花のお眼鏡にかなう程カッコいいわけでもないし、きっと悠花も俺をそういう眼で見たことはないと思う。だからこそ、こうして友人という関係を続けることができている。この関係が壊れてしまうのであれば言う必要なんてない。


「どんな人なの?」

「そうだな……明るくて、皆の人気者で憧れみたいな人かな」

「凄い褒めるじゃん。本気なんだね~」

「……まあな」


 それから一時間ほど飲み明かした。時計を見るともう十時を回っている。結局、自称恋愛マスターの悠花が、恋愛のアドバイスを延々と語るのをビールを飲みながら聞いているだけになってしまった。


「ほらもう十時も回ってるからそろそろ帰ろうぜ」

「和人は好きな人がいて楽しそうでいいなあ~」

「……完全に酔っ払ってるな。悠花だっているだろ」


 こんな状態では歩いて帰れないと思い、タクシーを呼ぼうと立ち上がると服の裾を掴まれる。


「こんな私になんて誰も一緒に居てくれないんだ~」

「……大丈夫だよ」


 そう言い机に項垂れる悠花の顔を上げさせ両手で顔を挟む。


「みんなが悠花から離れて行っても、俺だけはずっと一緒に居るから」


 悠花の顔がかっと赤くなる。


「な、何急に!!か、和人酔ってるの?」

「……かもな。結構飲んだから」

「そ、そうことは好きな人に言ってあげなさい!!」

「はいはい。分かったよ」


急に元気になった悠花は「さあ、帰ろう!!」と店の外に飛び出していく。


「お、おい。待てって」


 会計を済ませ、自分と悠花の鞄を持って追いかける。


「今タクシー呼ぶからちょっと待っといて」

「良いよ、お金勿体ないし」

「そんな酔っ払ってるのに帰れないだろ」


 そう言うと悠花は「ん~」と何か考えてから俺を指差す。


「じゃあ送っていってよ。私の家知ってるでしょ?」

「そんなこと言ってさっきからフラフラじゃないか」

「じゃあおんぶして~」


 そう言って俺の背中に抱き着いてくる。


「わ、分かったから。あんまりくっつくな」


 「わーい」と無邪気に喜んでいる悠花をおぶり、歩きだす。


「重い~?」

「いや、軽いよ」

「やった~」


 その言葉が嬉しかったらしくギューッとしがみついてくる。


「うわっ。ちょ、ちょっと悠花……」


 背中に当たる柔らかい感触に思わず変な声が出てしまう。


「……和人」

「な、なんだよ」


 変に意識してるのがバレたかなと身構える。しかし、次の悠花の言葉は予想もしていないものだった。


「ずっと一緒にいてね……約束だから」

「悠花……」


 悠花は昔から寂しがり屋だった。両親の仲が悪く、かまってもらうことが出来なかったからだ。だから友達を、彼氏をたくさん作る。なるべく一人でいる時間を減らすために。

  こうして飲み会をして、悠花が寂しそうな顔をしていると無性に腹が立ってくる。なんでお前らは悠花を笑顔にすることができないんだ。何故彼女に悲しい思いばかりさせる。

 悠花が選んだのはお前たちなのに。


「なあ、悠花」


 す~す~と寝息が聞こえてくる。


「えっ?悠花?」


 立ち止まり、聞いてみるが返事は返って来ない。どうやら完全に寝てしまったようだ。


「マイペースだなあ、本当に」


 俺は苦笑し落ちないよう、もう一回背負いなおす。そして、彼女の体温を感じながら言う。


「約束だ」


 いい男になろう。悠花ことを幸せにできるくらい。そして、彼女が俺のことを選んでくれるくらいに。もしそうなれたら、この気持ちを伝えよう。何時になるか分からないけど、早くしなくちゃ。でないと待ち人はすぐにどこかへ行ってしまう。

 空を見上げると並んだ二つの星がキラキラと瞬いている。


「綺麗だな」


 そう呟き、また歩き始めた。

読んでいただきありがとうございました。

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