表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/21

8:ずるいよ

 次の日百井くんは学校を休んだ。保健室の先生が来てからは氷枕を私の手の代わりに額に置くことになり、部活に戻ったため(さんざんいじられた。主に中海先輩に)結局嗣武くんは誰かわからなかった。

 そして昭和の日も終わり、気がつけば4月も最終日に。

「今日の夜、天界に報告するけど自信のほどは」

「え、今日?」

「毎月の月末に定期報告することにしているの。あんたが寝てからだから、寝る前に感想的なのよろしくねー」

「ううう」

「ほらほら、遅刻するわよ」

 時計を見るともう出ないとやばい時間。行ってきますとお兄ちゃんたちに言い私はペンダントを閉じた。

 


 今日も史歩ちゃんはミーティングで一緒にお昼じゃない。水泳部の大会が近いので仕方がない。

 今日も中庭で食べようかと思ったけど、教室を出た途端声をかけられた。

「光賀さん、今日ひとり?」

 百井くんだった。

「う、うん。百井くんは?」

「司、今日はサッカー部のミーティング兼ねてるらしくて。それでよかったら一緒に食堂で食べない?」

「え、いいの?」

「うん」

 神様、ロサじゃないほうの神様ありがとうございます。まさかこんな日が来るなんて。やばい顔にやけてないかな私。

 しかし百井くんの顔はいつになく真剣だったのでその考えもすぐ吹き飛んだ。

「その、お礼したいし。何かジュース奢るよ」



 食堂につくと私は席にお弁当を、百井くんはカツ丼を注文しに行った。それから2人で自販機に向かう。

 お礼されるほどのことを……したのかもしれないけれども一番安いのにしておこう。紙パックのリンゴジュースを頼んだ。

「そういえば、具合もう大丈夫?」

「おかげさまで……あんまり覚えてないんだけど」

 え。覚えてないの。まああんな高熱だったら仕方がないのかもしれないけど。それに意識がもうろうとしてたなら、あの……その、首に顔を、ってこれ以上思い出したら絶対倒れる私!

 残念そうな、ほっとしたような。それが顔に出てしまったのだろうか。百井くんは苦笑した。

「でも、光賀さんがヒンヤリしてたのは覚えているよ……思い出しててよかった」

「おもい……だしてて?」

 彼の言葉を自分で繰り返してみて、ようやく思い出す。

「あのプリント拾った時……手が触れて顔をしかめたのって、もしかして」

「ああ、冷たいなって思って」

 顔しかめてたっけ、ごめん、と百井くんが言っている気がするけれども私の頭はそれどころじゃない。そっか、あの「……めた」はそういうことだったのか。

「光賀さんって冷え性なの?」

「う、うん」

 血が通ってないレベルですがね、なんて言えない。苦笑いを浮かべると彼も笑った。

 食堂のおばちゃんがカツ丼できたよーと大きな声で言う。今日の食堂は人が少なく、クラスの人も同級生も少ない。男女2人で食べるってなったら変な噂が立ちそうだけど(立ってくれていいんだけど百井くんに迷惑になる)、いるのは3年生が多くてよかった。


 そういえば……。

「も、もいくん。少しいいでしょうか」

 私はお弁当を広げ、百井くんは割り箸を割った時だった。

「その、私と木之下くんとの噂……知ってたりする?」

「ああ、あれデマだろ」

「そう、デマ……って、うぇっ?」

 一瞬で返された返事。百井くんは何でもなさそうに……いや、少しイラついている。栗生くんの言ってたことは本当だった。

 どういう意味の苛立ちなの。思わず彼を凝視していたら目が合った。

「だって嗣武、彼女いるし」

 ……つぐむ?つぐむって、あの?

「百井くんって……木之下くんとどういう関係?」

「小学校からの付き合いだよ。あいつ素行悪いって噂立ってるけど義理堅くて良い奴だよ。ちなみにあいつの彼女も同じ小学校。まあ高校は違うんだけど」

 もしかして、というか絶対そうだけど。百井くんが機嫌悪かったのは友人である木之下くんにありもしないデマが流れてたから?

 うわあ、私恥ずかしい。割と自分が中心な理由じゃないかって考えてた。

「じゃあ、木之下くんが迎えに来てくれたんだね」

「うん。雨だし中で筋トレだったから頼めるかなーってない頭で考えてた」




 彼のカツ丼も、私のお弁当も空になった。今日は放課後に小テストがあるからお互い教室に戻ろう、と席を立つ。さっきまで近かった距離が続くのは、教室に行くまでだ。

「光賀さんってさ、完璧だと思ってた」

「へ?」

 急にどうしたの、と思い彼の顔を見る。百井くんは微笑んでいたが、それは思い出し笑いをしているように見えた。

「文化祭の時はさ、なんか忙しなく誰かのために動く人って印象だった」

 実際私は何かできることはないかと走り回っていたかもしれない。自覚はないけれどもその性分はきっと生まれつきで、ロサにもそこを認められたんだと思う。

「でも、今は完璧が崩れた感じかな」

「それは……」

 どういう意味で?


「光賀さん、結構顔に出る人だった」

「……ふぇっ?」

「あ、あとそういう感じで時々変な喋り方になるところとか」

「も、百井くん?」

「文化祭以降そんなに話したり一緒にいたりすることがなかったからだと思うけど……なんか前より話しやすくなった」

 ……その言葉は、その笑みは。

「ずるいよ……」

 私の言葉は百井くんには届かず、ただ胸の上で漂った。


 教室に戻った時には5時間目まであと10分というところだった。席に着き小テスト勉強をしようと漢字のテキストを開くも集中できない。

 それでもその日のテストは難なく解けた。



 部活が終わり1人帰路を歩む。そういえば2週間前に私は事故にあったんだっけ。事故までの、百井くんと2人帰ったあの幸せな時間を思い出す。大したことは話してなかったけど、その時は緊張しててあまり素で話せてなかったのだろうか。

「完璧が崩れた、か」

 それは私もだよ、百井くん。


「あ、光賀さーん」

 中性的な声に突然名前を呼ばれる。正面から自転車でこちらへ向かってきたのは桜木くんだった。普段白を基調としたブレザーを見慣れているからか、中学の黒い学生服が新鮮に映る。

「桜木くん、久しぶり」

「お久しぶりです。見てください、新しい自転車買ってもらったんですよ」

 事故に遭った時の自転車なんて覚えてないのだけど(死んだから)、少し誇らしげに見せてくれた赤の自転車はピカピカだった。

「僕の前の自転車って2番目のお兄ちゃんのお下がりだったんです。だからブレーキにガタがきてたみたいで」

「桜木くんって何人兄弟なの?」

「えっと、僕が末っ子なので6人兄弟です」

「大家族だね!」

 そりゃあ自転車も調子悪くなるや。

「僕、これからは新しい自転車と一緒に交通ルール守っていきます!それじゃあ、さようなら」

「うん、気をつけて帰るんだよ」

 桜木くんと赤い自転車はどんどん向こうへ走っていく。彼の姿が見えなくなってから、ようやく私は歩き始めた。



 勝実お兄ちゃん特製の晩御飯を食べ、お風呂に入る。しもやけは相変わらず酷いけれど、彼の役に立てたこの体温が少し好きになった。

 部屋に戻り課題に取り掛かる。数学の問題は難題で、終わるまでにかなりの時間を費やした。時計の針が11時40分を指す頃、私はようやく解き終えペンダントを開いた。

「ロサ。感想、報告するね」

 私のこの2週間を。


 最初は話せるだけでよかった。でも、ロサに子供みたいないたずらで妨害されて、話すタイミングもなくなっちゃった。おまけに他人にも迷惑かけるような悪質な嘘も流すし。さらには私の勘違いだけど気まずい思いをしたし。

 でもね、この2週間楽しかったよ。

 きっと今までの通りだったら、廊下で見かけるだけで満足していた。告白もする決心はついたけれど、いつ怖気付くかもわからない。

 何か起きないと、距離は縮まりも遠くにもならないんだって気づけた。

「……恋の障害を与えてくれてありがとう」

 それが私の感想。


「……バカじゃないの」

 ロサはそう呟いた。それっきりで終わるのかと思いきや、突然笑い出した。

「本当にお人好しというかなんというか……。ほーんと、転移させてやりたいくらいの逸材ね」

「いいえ、しません」

「はいはい……。じゃ、そう報告しといてあげる」

「適当なこと言って私を転移させるように仕向けないでよね」

 アハハと私の声とロサの声が重なった。

 時計の針が11時59分を指す。ロサは行ってくるわね、と言いペンダントは自然と閉じられた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ