6:弱音
部室に行くと私以外全員揃っていた。それからピカピカの上靴が眩しい1年生も。今年は4人か、と思いながら自己紹介をした。ちなみに2年は私含めて3人、3年生は5人になっていた。
「じゃ、さっそくで1年生にゃ悪いが5月の定演の打ち合わせすんぞー。舞台に立つのは7人で残りは裏方な。役決めるから台本見てやりたい役あったら挙手。10分後に確認するからな」
部長の声が響き渡り台本をペラペラめくる音が部室を埋め尽くす。どの役にしようかな……。
ストーリーはシンプルな感動ものだった。定期演劇会……定演と言うと吹奏楽部と勘違いしてしまうからわたしは定期演劇会と正式名称で呼んでいるそれは学期に一度公民館で行っている。地域とのつながりが目的で見に来るのも子供やお年寄りの方ばかりだ。だから校外での公演は、大会以外はわかりやすいシンプルなものを演じている。
新入部員はまだ分からないだろうから今回は裏方だろう。メインの役は三年生に譲るとして、私は脇役にしようかな。
「じゃあ10分経ったので希望とりまーす」
結果私は希望してた脇役Aになった。驚いたことに、1年生からひとり役者に立候補した子がいた。3年生がメインをするから、その子は脇役Bを選んでいた。積極的なのは感心だけど、指導役が中海先輩なのには同情する。スパルタだから嫌にならないといいんだけど。
「おーい光賀。暇なら美術部行ってきてくれないか。ペンキ貸したままなんだよ」
部長に声をかけられる。私のセリフは少なく、2年目だからだろう。他の2年は小道具の、3年は演技の指導と練習をしているし。
「はーい、いってきます」
美術部には百井くんがいることを、この時の私はすっかり忘れていた。
ガガガと謎の音が廊下まで響いている。失礼しますと言って美術部の戸を開けるとその音はもっと大きくなった。演劇部は3階で美術部は2階と階が違うため普段は聞こえてこないが、こんなにうるさいのか。電動糸のこの音に耳をふさぎながら近くの生徒に声をかけた。
「あ、わざわざごめんね。ペンキなら準備室にあるから入って持って行って」
同級生の女の子はそう答えるとまた木材を選び始めた。複数人が糸のこで何か制作しているようだ。
黒板の前を通り美術準備室に入る。静物画用の偽物の果物や画用紙が収納されたその小さな空間には誰もいない……と思ってたらひとりいた。
「あれ……光賀さん?」
「も、もいくん」
電気がついておらず窓もないので薄暗く、声をかけられるまで誰かわからなかったけど百井くんとは。
「どーしたの」
「か、貸していたペンキを取りに」
「あー、入って正面の棚に入れてるよ。ありがとう、助かったよ」
「い、いえいえ」
ぶつかって手が触れ合って以来だから気まずい。早くこの空間から逃げたい……けど逃げたくないような。でも部長が待ってるし……。
「ありがとう。部活頑張って、ね」
ペンキといっても小瓶に入ったもので、紙袋に入れて貸していたので持ち運びは楽だ。急いで掴み部屋から退室する。
暗闇で百井くんの顔は見えなかったが、彼はどんな顔をしていたのだろうか。
部活が終わり家に帰る。勉強しようかと机に座るもやる気が出ない。体育で疲れたし、次の日は日直だし早く寝るか。夕飯を食べる気力と風呂に入る気力は少なく、ローテーションで回している夕飯担当の勝実お兄ちゃんに呼ばれるまでベットに寝転ぶことにした。
「ロサぁ……どうしよう」
ペンダントを開け愚痴をこぼすも反応してくれない。愚痴は聞くだけにしてるのかな。
「百井くん怒ってるのかなあ……もうどうしたらいいかわかんないよ」
それに木之下くんの誤解も解けてなさそうだし。
「こんなに苦しいなら好きになる前の頃に戻りたいよ……」
バカ、と小さく彼女の声がしたのは私が睡魔に負ける直前だった。
いつもより早く学校に着くとなぜか教室に栗生くんがいた。ちなみにクラスの人は誰もいない。史歩ちゃんはまだ来ていないけど、いつ犬猿の仲の彼女が来るかわからないのにどうしたんだろうか。
「あ、光賀」
「栗生くんどうしたの。朝練は?」
「今日はない日なのに忘れててさ。で、暇だったから4組に置いてある資料見ようかなって」
うちのクラスの担任は受験に熱心なので2年生のうちから様々な資料を教室の本棚に入れている。もちろんどのクラスの人が見てもオッケーだ。
「そうなんだ」
そう言って、これ以上会話が続けれない自分を恨んだ。でも資料見るなら静かなほうがいい気もするし……。
「なあ光賀」
「ひゃい!」
「噛むなよ……。ちょっと聞きたいことあるんだけど」
思わず真っ赤になった顔を隠しながら「何?」と聞いた。
「遊馬となんかあった? あいつ昨日ずっと上の空だったんだけど」
「……何もないよ」
たぶん。そういうことにしておこう。しておきたい。
栗生くんは「そっかー」と言って資料に目を戻した。
職員室から取ってきた日誌に今書けるところを書いていたらいつのまにか栗生くんは自分の教室に戻っていた。
授業は単調に進む。必死でノートを取らなければいけない授業じゃないのでついつい遅れがちになってしまう。今は現代文で、時々先生の言葉を聞き逃してしまうが大丈夫だろう。4月はまだ出席番号順。後ろのほうなので先生に気付かれにくい。この席は考え事をするのには最適すぎた。
考えてしまうのは恥ずかしながら百井くんのことばかりで。昨日の放課後の感じだったら別に怒ってはなさそう……というか喧嘩したわけではないのだけど。
昼休みを告げるチャイムが鳴る。今日は史歩ちゃんはミーティングを兼ねて部活の人と食べるらしく、他の子に混ぜてもらう気にもならなかったので中庭で食べることにした。まだ4月という少し肌寒い気候なので中庭で食べる人は誰もいなかった。桜のないところを選んだので毛虫対策も大丈夫なはず。
ここからは食堂の様子が見える。そういえば百井くんたちって食堂で食べる日があったっけ。毎週何曜日は食堂と決めているらしいけど、いつなんだろう。
弁当を半分ほど食べ終えたころ携帯の通知音が鳴った。マナーモードにし忘れていたと慌てたけど部活の連絡とわかりもっと慌てた。
[今日は3年生は模試で遅くなるから2年生が大道具指導しといてくれ]
3人だけで出来るかなと少し不安になる。先輩なしで活動するのは今日が初めてだ。なんとかなるよね、と呟いた時、小雨が降り始めた。
「うわ、早く戻らなくちゃ」
雨はだんだんと強まっていく。教室に戻った時には本降りになっていた。
午後の授業もあっという間に過ぎ部活の時間になった。教室掃除を済ませ部室のある第3棟へ向かう。足取りは重たいが行くしかない。
「失礼しまーす」
部室の戸を開けるとまだ1年生は来ておらず同じく2年の高谷花澄と松本荘太だけが部室にいた。今回2人は裏方で、それぞれ照明操作と音楽担当だ。2人で1冊の台本を読んでたからタイミングの確認をしていたのだろうか。
「奏衣ちゃん遅かったね」
「掃除してて。1年生は?」
「なんかクラス対抗の大縄大会が長引いてるらしいよ。よくやるよねーあんなしんどいの」
「荘太くんがやる気ないだけじゃない」
「おっと、聞き捨てならないね花澄さん」
ちなみにこの2人付き合っていない。高1の時初めて会ったそうだがとても仲が良く距離も近い。けれどもパーソナルスペースが皆無に思えても付き合っていない。でも何というか、宗教の話じゃないけど、何か前世で縁があったのだろうかというくらい2人はピッタリだ。
私も百井くんとこんな風になれたら……なんて淡い幻想を抱いてしまうのは秘密だ。一応この2人まだ付き合ってないし。まだ。
「でもさっき、何人か見かけたよ。まだ体操服だったからこれから着替えてSHRだと思うけど」
「そっか、じゃあすぐだね。どうするか決めなくちゃ」
今は部活に集中。大道具である背景をどうするか決めなくちゃ。
昨日美術部から持って帰ってきたペンキを整理する。背景は大きな模造紙に描くから絵の具でいいけど、それ以外のセットにはペンキを使う。補充する色がないか確認しないと……って、あれ。一緒に貸してたはずのハケが一つ足りない。
「花澄ちゃん、松本くん。ハケが足りないから美術室行って確認してきてもいい?」
「え、本当? じゃあお願い」
「1年は俺らに任せといて光賀さん」