5:噂の効果
眠たい目をこすりながらの登校。教室に入るとすぐに史歩ちゃんが声をかけてきた。どうしたんだろうとおもったけど、彼女が言い放った言葉に眠気は一気に吹き飛んだ。
「奏衣に彼氏いるってデマ流れてるけど、本当なの?」
「えええ」
先に言っておくけど史歩ちゃんには私が百井くんのことを好きだとばれてる。史歩ちゃん曰く、見たらすぐわかる、らしいけどまだ彼女以外には言われてないからばれてないのだろう。
「彼氏って……誰と付き合ってることになってるの?」
「5組の木之下。なんかあんたの好みのタイプと一致してて勘違いされてるっぽい」
5組の木之下くん……名前とぼんやりしたことだけ聞いたことがある。けれども彼は百井くんとは正反対のタイプだ。だって彼は運動部でガタイが良くて、でも喧嘩っ早くて素行が悪い……らしいから。百井くんは美術部で細身で、穏やかな性格なんだから。
どう考えてもこれは誰かが……ロサの可能性が高すぎるけど……流したデマだ。
「史歩ちゃん、誰から聞いたの?」
とにかく元凶を突き止めなきゃ。
3人くらいが人から聞いた、と言っていて順番にたどっていくと最後は栗生くんにたどり着いた。史歩ちゃんに言ったら面倒くさいことになりそうだから黙っておこう……。
「あー、俺も人から聞いたというか聞こえたんだよな。それでテキトーな女子に聞いたら尾ひれついて広まっちゃったのか。悪いな」
どんな声を聞いたの、と聞くとロサの声の特徴と一致した。まったくあの女神は……。
「とにかく、私の好みのタイプそんなのじゃないから」
頬を膨らませて言うとはいはい、と適当な返事を返された。それから栗生くんはふと思い出したように声を漏らした。
「そういや言いふらしてはないと思うけど、女子だけじゃなく遊馬にも話ちった。わりいな」
「へっ」
栗生くんが生身の人間での発信源とわかった時から考えないようにしてたこと。嫌な予感当たっちゃったよ。百井くんに嘘の情報が伝わっちゃってる……。
ここは3組の教室だけど百井くんはいない。地歴の選択が違うからまだ帰ってきてないそうだ。
「百井くんは、何て言ってた……?」
「え? いや特に何も……」
「ほ、ほんとに?」
ああ、でも。
その言葉で心臓がギュンと下の方に動くのを感じた。
「若干機嫌悪かった」
じゃっかんきげんわるかった?
それはどういう意味でだろう。
木之下くんの素行の悪さを知ってて、そんな彼と付き合ってることになってる私に幻滅したから?
もともと百井くんと木之下くんは仲が悪いから?
反対に百井くんと木之下くんは仲が良くて、私が木之下くんに近づいたから?
それとも……。
「のわあ!」
ドンと衝撃が伝わってくる。3組の前に立ってたのに急に振り返ったからだろう、誰かとぶつかってしまった。世界史のプリントが床に散らばっていくのがスローモーションで見える。それもすぐに現実の速さに戻り我に帰る。拾わなくちゃ。
「ご、ごめんなさい」
誰とぶつかったかは確認できてない。たぶん男子だろうけど、ぶつかってしまったのに顔をジロジロと見る勇気なんてない。
最後の一枚を拾おうとした時、指先が触れ合った。ごめんなさい、と慌てて言ってようやく相手の顔を見る。
「……めた」
百井くんだった。
一瞬だったけど……顔をしかめられた。
「……ご、ごめんなさい」
集めた3枚を触れ合った時に固まってしまった指先に押し付け急いで立つ。そして……逃げた。
どうしよう、明らかに嫌な顔されちゃったよ。いままで彼の身体を触るなんてことなかったから、指先だけだったけど嫌なことしちゃった。
「……私のばか」
その声は誰にも届かなかった。
ああ、空が青いなあ。こんなに雲とか、そこから溢れてくる太陽の光って綺麗だったんだ。
ああ、土って思ったよりあったかいんだ。今日はずっと太陽照ってたもんね。硬いけど、思ってたより不快じゃないなあ。
「あははは……」
「笑ってないで早く立ちなよ」
呆れた顔した史歩ちゃんが逆さまに見える。
説明しよう、私は外のバレーコートで行われている体育の授業で球技選択で選んだバレーをしていて、アタックしようとジャンプしたらからぶってお尻から着地、そのまま背中までついて転んだのだ。
「少し擦りむいてるわね。光賀さん保健室に行ってきなさい」
先生に言われて左肘を見ると擦りむいて少し血が出ていた。これくらいなら大丈夫……だけど、バイ菌が入る可能性があるからちゃんと消毒してもらってきたほうがいいだろう。
「保健委員は……他の球技選択してるわね。足が平気なら一人で行けるわよね?」
「あ、はい」
尻もちついたからお尻は痛いんだけど。バレーは好きだし、足怪我してないからすぐに戻れるはず。
保健室に着いたけど先生はいなかった。うちの高校の保健の先生、よくどっか行くし……期待はしてなかった。
幸い消毒液はあった。酷くない怪我だし、消毒だけして乾燥させたほうがいいかな。
「えっと……記録簿は」
消毒液だったり絆創膏だったり、先生がいない間に使ったものは用意された記録簿に名前とだいたいの時間、使ったものと怪我や具合の程度を書く必要がある。
ふと自分の上に書かれている名前を見たら百井くんの名前があった。借りたものは体温計みたい。まあここに書いてる生徒の半数は早退の理由にするために体温計を借りに来てるから不思議でもないけど。
「……そろそろ戻らなきゃ」
ここに書かれた名前ではほんの数ミリの距離なのにな。
体育が終わるとあとは数学を受けたら放課後だ。4月の末となると部活では後輩になる子たちがそろそろ本入部の時期で。
「演劇部……流石に今日は顔出さないといけないな」
「え、奏衣ずっと行ってなかったの?」
史歩ちゃんが驚いた声を上げる。実際普段は真面目に部活をしている。少人数だから本番の役割と準備の大道具小道具などは全員の仕事。まあそのおかげで去年は先輩後輩関係なく仲よかったんだけど……。
「だって交通事故に遭ったとか話したら凄く笑われたんだもん……」
主に中海先輩に。ため息をつくと軽くチョップされた。
「5月に定期演劇会あるんでしょ? 頑張れよ」
「はあい」
時計を見たらチャイムまで3分。着替え終わった私たちは窓を開けて外で待っている男子に合図した。