2:目標はリア充爆発しろ
3月の末までに百井くんと付き合う。
恋の障害を増やす。
……うそでしょ?
完全に固まってしまった私を見てロサはどこからか資料らしきものを取り出した。
「調べたところによると、現在あなたの周辺で光賀奏衣に恋をしている第三者は0人、百井遊馬に恋をしている第三者も0人」
それってつまり……。
「ライバルが、いない?」
「そう。そんなの、面白くないじゃない」
面白くないって。そういう問題じゃ。
「そういう問題なの。というかあんた、心読まれてるってわかってるなら声に出したほうが楽って思ってなかった?」
「そ、そうですけど……。というか、面白くないって言われましても」
そう言うと、ロサはふっと微笑んだ。細められたピンクの瞳が私を映す。それはどこか悲しげに思えた。
「私たち神はね、恋なんてものを感じられないの。だから転移を断る理由になることをあなた自身で証明して。――でも、このままだったら単調なの。試練と思ってちょうだい」
その目で見られたら頷くことしかできなかった。
「わかりました。お願いします、私を生き返らせてください」
身体が淡いピンクの光に包まれる。そして私の意識は遠のいていった。
◇◆◇
思い出したかしら、とロサは言った。
まだここは夢――いや、天界の狭間の中のスクリーンの前。私は全てを思い出した。
「ロサ、生き返らせてくれてありがとう。それで――」
最後まで言う前に思考を読み取った彼女は私に一輪のバラを渡した。受け取るとそれはどんどん小さくなり小さなペンダントになった。いや、これはロケットペンダントだろうか。カチッと開けると中に数字が表示されていた。
「タイムリミットまでのカウントダウンよ。あたしが常にあんたたちのことを見てるから、何かズレてると思ったら上に報告するから」
常に見られてる。それって――。
「公開処刑すぎませんか?」
「今すぐにあんたを転移させてもいいのよ」
ごめんなさい、と謝るとロサは真剣な顔つきになった。
「3月の末、それはあんたの生死がかかった日」
生死がかかった日?
「ど、どういうこと。生き返ったんじゃないの」
「恋というものが証明できなかったら予定通り転移させるから」
「はああああ?」
つい大声で叫んでしまった。ロサはうるさいというように耳をふさぐ。ふさがなくとも心の中で叫んであげるけども!
「それまでに告白しなさい。それが天界からの条件よ」
そんな、いくらなんでもそれはないんじゃないのかな。
新しく転移候補者を探せばすむんじゃないの? 生き返らせてもらった立場とはいえ、ちょっとでも見込みないと判断されたら即転移だなんて……。
「私も、告白するなら3年になるまで……今から1年間の間にしよう」
そう漠然と決めた。私はけじめはつけれるほうの人間だと自分で思っているが、恋に関しては引きずってしまうような気がしたからだ。
「よし、頑張ろう。告白するんだ」
ふと事故に遭う前のことを思い出した。
そうだ……私自身が1年以内に告白するって決めたんじゃないか。
下げていた頭を引き上げロサの顔をじっと見る。彼女は挑戦的な笑みを浮かべていた。私もつられて口元が上がる。
「――私、絶対告白しますから。そして付き合って、天界の人たちに『リア充爆発しろ』って思わせてみますから!」
そう強く言い放ったところで私の意識は再び遠のいていった。
やってみせる。やって、
◆◇◆
「やるんだー!」
「うおおっ!」
ん? 「うおおっ!」って?
目を開けると驚いた様子の勝実お兄ちゃんがベッドのそばにいた。
「どんな夢を見てたんだお前……。ま、元気そうで何よりだよ」
そうか、私寝言状態で叫んじゃったのか。恥ずかしい。
窓はカーテンがかかっていたがたぶん夜だろう。今何時、と聞くと夜の8時と言われた。私が事故に遭ったのが5時で、病院で一度目覚めたのは7時くらいだろうか。1時間も寝てたのか。
「そういやお兄ちゃん。あとのことは任せておけって、なんだったの?」
「ああ、念のため2日間入院することになったからその準備してた。お前、自転車にはねられたんだぞ」
電話を受け取って病院に来た時はもうダメかと思ったけど、しばらくしたら急に回復したからよかったよ。そう勝実お兄ちゃんに言われて私は苦笑いを浮かべた。
一度死んだんだけどね。
大怪我をしたと思うけど痛みはそんなにない。これも女神の力なのだろうか。
「お兄ちゃん、海斗には連絡したの……?」
「ああ、連絡した。ただ今日は残業みたいで、お前が危篤状態じゃないって分かった途端上司に帰らせてもらえなくなったって」
「あはは、悪いことしちゃったかな」
もう1人の兄、海斗は社会人だ。電話をしてもすぐに来れないとわかっていたが少し寂しい。そう思う反面どこかホッとする。
勝実お兄ちゃんは大学生だが今日はバイトが休みでよかった。1人だと入院の準備もできないから、両親が海外にいる今勝実お兄ちゃんだけが頼りだ。
幸い日曜の午後には退院できるみたいで学校は休まなくて済みそうだ。皆勤賞は守られたり……なんて。
「……ん」
また眠気に襲われる。普段の睡眠時間が少ないせいだろうか。それとも意識だけでも天界にいる間は睡眠をとっていないのと同じなのだろうか。
「じゃ、俺はそろそろ帰るけど看護師さんたちの言うこと聞くんだぞ。あと、眠たくても晩ご飯そろそろ持ってきてくれるはずだから我慢して起きてろよ」
はーい、と返事し手を振る。
病室に静寂が訪れた。