18:美術室は張り詰めて
休み中も台本読みは忘れるなよ、と部長が言い勉強会は解散した。同時にテスト前の部活は今日で終わりということでもある。
「ミツカナ帰り大丈夫? 同じ方向の子いないじゃない」
珍しく中海先輩が声をかけてくる。
確かに私は徒歩で帰っている。百井くんは途中まで一緒だし、同じ方面の人は多いけれど演劇部の中では私だけだ。電車で一駅という距離なのだが定期代が勿体無いし歩くことにしている……史歩ちゃんが近所で朝は一緒に行くことが多いってのもあるけど。
「大丈夫ですよ……小さい子じゃあるまいし」
そう返すと中海先輩は呆れた顔をした。
「はあ……。事故ったってこともあるけど、あんたも一応女の子なんだから」
でもわざわざ反対方向なのに誰かに送ってもらうのもなあ、なんて思っていたら不意に背中をつつかれた。
「光賀さん。ちょっと用事あるからついてきてくれる?」
「へ? 松本くん、花澄ちゃん送るんじゃないの?」
2人は同じエリアに住んでいないが電車で花澄ちゃんの駅までは一緒に帰っている。ちなみに花澄ちゃんの家は駅からすぐそこらしいので電車内でお別れしてるそうだ。
「今日は親が車で迎えに来てくれるんだって。帰りに寄るところあるらしくて。で、光賀さんにしか頼めないことだからついてきてくれるかな?」
「うん……いいよ。花澄ちゃん、また明日ね」
半ば強引に松本くんに連れて行かれる。講義等を出ると外は真っ暗で、第3棟の明かりだけが目に映った。
生徒玄関とも言える下駄箱に入り自分のロッカーまで行こうとしたら「違う」と言われた。そして第3棟へ繋がる道を指さされる。
「ま、まさか松本くん、行き先って……」
「美術室。宮永に漫画貸してて」
「わ、私必要……?」
「怖がりの俺に暗い廊下を一人歩けと?」
そう言われ背中を押される。私も怖いの無理なんだけどな……なんて言えなかった。というか松本くん、スプラッタ系の映画を嬉々として観てるって花澄ちゃんから聞いたんだけど。
暗い階段や廊下を携帯のライトで照らしながら歩く。松本くんは本当に暗い廊下が苦手らしく、私の鞄を掴んで後ろからついてくるようにしていた。
牛歩のように思えたけれどあっという間に美術室に着いた。中から声が聞こえるがそんなに多くいないみたい。
明かりを目にした途端、松本くんはパッと離れた。もう大丈夫なのだろう。
「失礼しまーす。宮永いる?」
「お、松本。漫画ならちょい待って。今片付けてるから……入って待ってていーよ」
「お言葉に甘えて。ほら、光賀さんも入って入って」
「お、お邪魔します……?」
堂々と入る松本くん凄いな、なんて思いながらおずおずと美術室に入ると、宮永くんと思しき人と百井くんしかいなかった。けれども鞄は3つある。
「なに、お前ら残業?」
「ちげーよ。キリいいとこまでやろうってなったら7時までかかったんだよ。他の部員も6時半まではいたし」
「そっか。じゃあもう片付けしたら帰れるの?」
「うんまあな。あ、光賀……さんだっけ、適当に座っていいよ」
「は、はい……」
宮永くんのコミュニケーション能力の高さに驚く。その後も二人はワイワイと話していた。松本くんと宮永くんの二人しか喋らないけれど、百井くんも時折相槌を打ったり笑ったりしていた。
「よーし片付け終了。帰るかー」
「うん……お疲れ宮永」
「あ、百井」
鞄を手に取りかけた百井くんに松本くんが声をかけた。何だろう、と言う風に百井くんがこちらのほうを向く。
「光賀さん途中まででいいから送ってやってくんない?」
……え?
松本くんは恋のキューピッドだった?
正直ロサより女神らしい慈愛を見えるよ?
神かな?
……ってそんなこと考えてるんじゃない!
「だ、大丈夫、かな?」
迷惑じゃないよね?
恐る恐る顔を伺うと百井くんはニコッと笑っていた。
「いいよ。暗いしね」
いいよ。
その言葉が何度も頭で再生される。
ありがとう松本くん。この借りはなんらかの形で返すよ。ちらりと松本くんの顔を見るとドヤ顔を浮かべていた。
「あ、でも……」
でも?
「笠倉さんも一緒だけどいい?」
ピシ、とどこかで鳴ったような感覚。私と松本くんの時間が止まった。それでも松本くんのほうが早く元の時間軸に復帰した。
「あれ、4組の転校生って美術部だっけ」
「ううん、見学に来てたんだよ。転校生って1ヶ月以内に部活決めないといけないみたいだから」
うちの学校は全員部活に所属しないといけない。演劇のせいで干されたのに中海先輩が未だに演劇部に留まれてるのはそのためだ。
ちなみに、家庭の都合で部活をするのが難しい人のために、月一しか活動のない部もあるらしい。
「さっきトイレに行ったみたいで……あ、きたきた」
振り返るといつの間にか笠倉さんが立っていた。
あれ、足音しなかったよね……。気づけなかっただけかもしれないけれど、もしも本当に音を立てずに歩いてきたと考えたら少し怖い。
「笠倉さん、光賀さんも一緒になったけどいい?」
この場の空気を読んでない、いや読めてても困るんだけど、百井くんがそう言った。変な緊張は私と笠倉さん、そして松本くんの間に流れている。宮永くんは本当に気づいてないらしく鞄を探って漫画を取り出していた。
「はい。大丈夫ですよ」
そう答えた笠倉さんは笑顔だった。




