16:勉強会と後輩
次の日の放課後になり勉強会が始まった。部屋は部室……ではなく講義棟にあるミーティングルーム。
講義棟は第3棟よりも奥にある建物で、ガイダンスや学年集会、模試や補講の時に利用する。個人が使うという理由では使用禁止だが今日は講義棟で通し稽古をするから許可をもらえた。実際にやる公民館とほぼ同じ広さなので確認は講義棟を利用している。部活で使うときは許可さえもらえればオーケーなのだ。その後勉強会をするとは言ってないみたいだけど。
その通し稽古も滞りなく終わり時計は5時を指していた。今から2時間ほどみんなで勉強する。
「とりあえず、各々の苦手教科の確認な。特に1年、現段階でついてけない教科があれば恥ずかしがらず申告するように」
部長がそう言うと1年生4人は顔を見合わせ気まずそうな顔をする。最初に申告したのは津田葉留佳ちゃんだった。たしか成績は真ん中より下くらいだったと聞いている。
「あたし、数学が少し苦手です。複雑な計算わからなくて」
彼女が言ったあとすぐ他の子達も申告し始めた。次に言ったのはこの4人の中では1番勉強できる朝倉修哉くん。
「俺は物理基礎です」
最後に堀田蓮くんと平野夏菜ちゃんが小さな声で申告した。2人とも悪いと聞いている。
「僕は生物基礎と英語」
「私は……古典です。あと、現代社会も少しわからないです」
ふと隣に座っていた花澄ちゃんと目が合った。そして2人揃って苦笑いを浮かべる。多分同じことを考えていたんだろう。大丈夫だよ1年生のみんな。私たちも去年申告させられたから。
「なーに生暖かい目で見てるんだよ2人とも」
松本くんが呆れたように言う。去年のことを思い出しているのだろうか。それとも自分のぶち当たっている現状に嫌気がさしているのだろうか。
「ぶちょー。俺も物理わかんないです。基礎無しのほう」
「頑張れよ理系!高谷も理系だけどお前は大丈夫なのか……?」
「私は物理とってません。敢えて言うと生物がピンチですかね」
「まじかよ俺基礎無し生物無理だよ……」
部長がうなだれる。生物基礎なら他の先輩方でいけるが、理系の3年は部長ただ1人なのでこれは真剣にやばい。
「……すまんが自力で頑張ってくれ高谷。えーっと、松本と朝倉は俺のとこ。堀田は中海サン。津田は李津で、平野は光賀のところに行け。小峠と吉田は心配なとこないか?」
部長が残る2人に声をかけたが大丈夫そうだった。ぼんやりそれを見ていると急に「お願いします」と控えめな声が頭上から届く。
こちらこそ、と言う余裕はまだなかった。でも、勉強は始まる。
平野夏菜ちゃん。私と同じ黒髪ショートヘアー。私は後れ毛のように前髪の一部を顎より長く伸ばしているのに対し彼女は顎くらいのショートボブだ。ちなみに副部長の李津先輩も黒髪ショートだけれど男の子みたいな短さにしている。
……身長に関しては完全に負けているわけなんだけどね。
最初の10分はお互い無言だった。私は彼女が質問してくるまで数学をしてる。
ここは先輩の私が何か話題を振るべきなの?
でも勉強中だし、解説以外で話すのは彼女にも他の人にも迷惑をかけてしまうのでは。
沈黙を少し気まずく思っていた。それを破ったのは私ではなく彼女だった。
「あ、あの先輩。ここの訳なんですけど……」
見せられた問題を見ると少しややこしい問題だった。まだちゃんと解説してくれてないらしく、予習状態なら仕方がない。
伊勢物語の芥川。駆け落ちしたのはいいけれど、結局実家に連れ戻されてしまう話だったはず。
「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを 」という和歌の解釈は確かに古典が苦手な人にとってはわかりにくいんだろう。
「えっとね、噛み砕いて言うと、『あれは真珠ですか?なんですか?』と訪ねた時に『あれは露だよ』と答えて自分も露のように消えてしまえたらよかったのになあ……って感じかな」
ちゃんと品詞分解して意味を教えると彼女の顔は明るくなった。ありがとうございます、と笑った顔で言われると私も嬉しくなる。
「夏菜ちゃんって呼んでもいい?」
勇気を出して聞いてみる。彼女は少し顔を赤らめて頷いてくれた。
「あんまり遠慮しなくていいよ。こんな身長だから先輩の威厳みたいなのあんまないだろうし」
「そ、そんなことないですよ光賀先輩」
ん。まだ距離感。
「せっかくだし下の名前とかで呼んでくれてもいいよ。フレンドリーなほうがいいし。強制はしないけど」
言ってみたはいいものの、どう返されるかちょっと不安。これで光賀先輩のままだと恥ずかしい。
夏菜ちゃんは少し口をモゴモゴさせてから私の顔を見て少しはにかんだ。
「はい……奏衣、先輩?」
「うん。その呼び方、すごく嬉しい」
ようやく、仲良くできそうな後輩が見つかった気がした。




