思索、狂気、夢中
五里霧中という言葉の通り世界は未だ闇に包まれたかのように昏く。人の知が及ぶ世界は狭い、未知とは霧のようにつかみどころがなく行く先々に立ち込める。一寸先は闇と言うがそこにいささかの正しさもない、たとえソレが一寸よりも近くとも闇は闇である故に、それ故にやはり五里霧中と言わざる得ない、霧はいつどこにあっても霧でありながら闇よりも重く。深く。優しく我々を取り巻いているのだ。
「あー、頭が痛い」
頭痛が痛い、痛いが痛い、あきらかに矛盾した思考回路はどうでも良い言葉遊びをして時間を潰すことさえも痛みに変換してくる。そうした痛みに慣れてしまうのも訓練だが、痛みとはそれすなわち危険である。危険になれると言うのは賢くない、だから痛みを知り愚かさを知る事が訓練というものの本質でありそれに怯まない度胸こそが勇気に最も近い物だろう。
既に3日間森で過ごしている。傷も治り、放出の訓練はうまくいっていないが魔力路の強化と基礎動作の鍛錬は完了している。ジェシカさんの方も腕、腹の回復はある程度済んだようだ。
だが…
「グラジオ様にはあと少しだけやっていただく事があります。」
そう言って彼女に先導されていった先にはいつか見たクレーターがあった。
「ここがどうしたんだ?」
草陰から見る限り何もない、だが明らかな異常はある。草が生えていないのだ。
彼女が石を投げ込むとバチンと何かが弾けるような音と共に弾かれる。こうした現象はあの屋敷でも見た事があるが、あれは火属性と水の高等属性である氷の衝突によるものだった。これは…
「はい、雷と風の結界です。貴方様の修行中何度か索敵をしたのですがどうあってもこれと同じような力場に阻まれて森を抜ける事ができないのです。」
「…それってもうちょっと早くいうべきじゃないかな?」
俺がそういうと結界の中心から激しい魔力の高まりを感じた。まさか!
「ええ、結界に触れた物全てに反応する獣でしょうね、魔力に侵された野生動物でしょう。貴方様の最終訓練はこれらを打ち倒す事です。」
そう言いながら見たことのない質の魔力を両手に纏うジェシカさん、その横顔はまるで別人のようで…何故か俺の敬愛する斧使いの冒険者に似ていた。
「ですが、少しだけ私もお手伝いしましょう。貴方様だけに訓練をさせていてさぼっているわけにもいきませんでしたから!」
そう言って手を水平に薙ぐと聞いたことのない、なにかの千切れるような音が連続した。そう感じた直後彼女の手が描いた半円形に沿って森が消し飛んだ。
「…は?」
「あれ?」
彼女は呆然と自分の手を見る。俺が感じられるほど彼女の魔力が増えている。いや、増えているわけでも彼女の本来の力が〜みたいな話ではない、これは…魔力を保持することで一時的に膨大な魔力を扱えるというアレだろう。
というか彼女自身もびっくりしないで欲しい、せめて分かってから使って…そんなツッコミが彼女の間抜けな、ちょっと唖然とした表情に対して湧き上がらないこともないけれどとりあえず高速で向かってきた魔獣を迎撃した。
「っちィ!」
手応えはあったが殺しきった感触はない、ヒトデではなさそうだが…
「ヴァウ!!」
なるほど狼か、風と雷の属性が荒れ狂うこの結界に取り込まれるに足る動物だ。しかも…
「「「「ヴァオオオオオオ!!」」」」
「ま、ストームウルフリーダーってとこか」
狼は群れる。一匹狼なんて言葉があるが結局群れた方が効率がいい、はぐれなんていうのは自然界において最も明確な社会的弱者に他ならないのだ。
回復し強化された魔力路と現在の最大魔力量を加味し修正した動作強化、何より俺の魔力特性とやらを組み込んだ戦い方を試すにはぴったりの相手だろう。
突然魔力を放出した彼女は一瞬驚いたようだがすぐにその制御を取り戻し試運転でもするように狼の群れの一部を蹴散らした。するとまぁ当たり前だが強い奴より弱いやつを狙うのだ。この場合は俺になるんだがね?
「ヴァウ!!」
向かってくるのは手下の狼ども、ボスは結界の残骸を取り込むために後ろから風と雷を伴う魔力弾を飛ばしてくる。俺はそれに対してそこらの小石を弾き飛ばし、訓練によって多少マシになった力の制御を発動、強化とともに一瞬で音速を突破した小石達は衝撃波によって魔力弾は消し飛び何匹かの狼の脳漿をぶちまけさせた。一瞬怯むが中身をぶちまけながら倒れる先鋒を無視して突っ込んでくる群れ、だがそれだけで済むと思った想像力のなさがお前らの死因だ。
魔力の放出そのものの不得意さは残ったままだが何かに魔力を込めるという操作自体の速度は特性の目覚めと共にほぼノータイムと言えるレベルになった。そして魔石以外でも魔力を一瞬でも保持できるならそれは…
「ボーン!」
俺がニヤリと笑うと死体の頭を中心に無秩序な魔力のうねりが群を後方から引き摺り込んだ。これが俺の新技、魔力を充填するなんていうつまらない基礎動作の究極系だ。楽しい異世界ものあるあるのアイテムボックスやらそれに準ずる便利な道具入れなんて言うものはこの世界にはない、だからありあわせの物や即興で爆発物を生み出せるこの技術はかなりエグい、ちなみにこれによって一度も実戦で使わないまま過充填魔石の出番が無くなった。ま、そもそも換金に使える物資を擬製に損害を発生させるとかどんな銭投げだ。
「…うゔゔゔゔ!!」
さて、相手は爆風によって綺麗に消しとんだお仲間にご立腹らしい死骸を踏みつけ俺の前に立つ。相手は障壁の魔力を吸収してはいるが…ふむ?例の騎士団長やあの龍のような絶望的な力量差を感じない、だが…
「ヴァオオオオオオオオ!!!」
「ッチ!やっぱなぁ!」
その加速の瞬間はみれたが軌道が見切れず不格好に地面にダイブして避ける。すると俺の胴体があった空間に向かって光が発生し音が後から響いた。
「ヴァウ!」
忌々しげにこちらを見つめる狼、どうやら大技を連続させられるほど今の魔力に慣れていないようだ。
咆哮と共に魔力の放出、そして撒き散らされる雷の特性を持った魔力を瞬時に身に纏い加速、スピードだけならあの騎士団長にも迫るものがある。その正体は肉体を属性へと変化させる高等魔法だ。目の周りに魔力を集中しさらに反応速度を上げてようやく辛うじて線で捉えられるような速力はまさに雷そのものだ。微かに生臭くなった空気に顔をしかめつつ構える。
ビリビリと放電を開始する。
「ヴァオオオオオオオオ!!」
「ッハ!」
魔力障壁を前面に集中展開、雷の魔力といえど雷という現象の基本性質は変わらない、火の魔法で炎を出せば炎は物理現象に沿った動きをするのと同じ様に雷は魔法である前に雷なのだ。
俺は前面に集中した障壁で衝撃や熱を受け止め、狼本体を捕らえる。
「キャウン!?」
そして反動で動けない奴の脳天に指を突きグリンと白目を向いたのを確認して息を吐いた。
…やったことは単純、そもそも雷はA地点とB地点の電位差によって発生する力の雪崩のような物だ。まぁ、俺は物理学者じゃない、詳しい原理は忘れたが確かイオンとか正電荷と負電荷の蓄積による物だったはずだ。そして今回はそれをいつも衝撃を受けるときのように散らした。だが…
「ま、騎士団長殿には効かなさそうだ」
「ええ、あの御仁は自らが雷になるのではなく何かしらの方法で稲妻めいた速さを生み出しているようでした。」
生物解剖でやったネズミのように狼から毛皮を剥ぐ。
そう、奴は電磁加速でも雷自体になるでもない方法で自分を加速していた。反射速度や神経系の電気信号を操っていたとしても肉体の強度自体がおかしい、俺が自壊して奴が自壊しない理由はなんだ?
考えながら金になるだろう毛皮を集めていると捌いた狼を見つめるジェシカさんが呟く。
「ううぅ…久しぶりの昆虫じゃないタンパク質です…」
「え、狼食うの?」
「あ、そうですよね、図鑑でも美味しくはないと言われてましたネ…」
たしかに久々にちゃんとした肉が食いたいのはわかるがそこまで飢えてましたか…森に篭って訓練すると言い出したのは彼女なんだが、まぁそういうお茶目なところも萌えポイントである。残念そうに彼女が肉を見つめていると俺は何かが引っ掛かった。そして自分が手に持っていた狼の身体を見て驚愕した。
ああ、ああ!なるほど!
「そういうことか!!」
「っきゃ!?」
俺は明らかに変異を持った狼達の身体を見て半狂乱で叫んだ。ああ、どうしてこの手にノートがないんだ。俺は今この瞬間に思いついた事を口の中の飴を転がすように刻みながら笑い、そして目指すべき高みの恐ろしい高さに慄いた。
そうか、既存の骨格と筋肉が人間の限界ならば人間を超えるために肉体を構成するあらゆる規格を刷新すればいいのか…
あけましておめでとうございました




