森の中ってところだな
意識が浮上すると後頭部に柔らかな感触があった。続いて何かが顔に落ちて来た。これは…水?そして誰かが啜り泣くような聞こえる…
「グ…様、グラジオラス様…」
「ジェシカ…さん?」
俺は目を見開いた。どうやら俺は膝枕されているらしい、見上げるジェシカさんは泣いている。
「グラジオラス!グラジオラス様!あぁ、よかった!生きていたのですね!」
震える声を精一杯出して、『本当に良かった…』と嗚咽の様な言葉を絞り出して、俺を抱きしめる。
「アババババババ!?」
柔らか痛い!というか俺なんで脇腹に穴空いてんの!?え、ていうかあの竜騎士はっ!あぁああぁああ!柔らかいんじゃぁぁああぁああ〜
〜〜魔力バカ抱き枕中〜〜
何故か対面で地面に正座する俺たち、木々のざわめきと小動物、特に鳥の鳴き声が響く。
「ん、んっん゛、申し訳ありませんグラジオラス様、お怪我も酷いのにいきなり動かしてしまって…」
「いや、大丈夫だよ元から頑丈だしさっきまで魔力が尽き掛けてただけだからね…」
頬を赤らめながら目線をした目に下げて戸惑う彼女を見てニヨニヨしながら俺は記憶を整理する。すぐに思い出せたのはあの竜騎士に襲われたこと、そしてそこから奴に全く歯が立たなかった所か相手にすらされなかった事、魔力が尽きかけジェシカさんを殺されかけた事、謎の乱入、メイルリーン、そして最後には…魔力の暴走、俺はジェシカさんを抱えた状態であの爆風を受け威力を殺すために魔力障壁を強化した結果魔力が尽き、障壁という結果だけが残って俺とジェシカさんは森の奥地へ飛ばされてしまった様だ。
そこで俺は思い至る。
「そういえばジェシカさんも怪我を!っくぅ…」
急いで彼女を見るが腹部の怪我はなぜか治りが遅く痛みに顔をしかめる。
「落ち着いて下さいグラジオラス様、私の方の怪我は治っていますよ、ほら?」
そう言って指差した先には焼け焦げた様に腹部の一部だけが穴空きになった魔道士らしいローブから見える皮膚、見たところ内出血もないし傷跡も薄っすら残ってしまっているが消えている。だが…
「私も貴方ほどではないですけど魔法使いですからね魔力が回復すれば…っきゃ!?」
「やっぱり…」
明らかに右腕を庇っている。そう思って抱き寄せたがギプスが吹っ飛び青黒く変色した腕を添え木と服の切れ端でごまかしていた。俺に心配させまいと腹部だけ取り急いで回復させたのだろうが…腕が使えないのならば立派なけが人だ。
「薬草があればなんとかできそうかい?」
「いえ、どちらかといえば回復のための時間が欲しいですが…もう日暮れです。早めに森を抜けた方がいいと思って…」
ジェシカさんの言う事も最もだがとりあえずここら辺で脅威となる様な気配はないし、街も街であの竜騎士や王国騎士、教会勢力に見つかればどうなるかわからない、我ながら敵が多いとため息をつきつつ周囲の魔力を強制的に取り込み目眩と頭痛を代償に魔力を回復させ自分を回復、とりあえずそこらへんの木を3回ほどぶん殴って折り、手刀で枝を落として丸太椅子にしてしまう。
「よいしょ!」
とりあえず地面よりはマシだろう。幸い新陳代謝の激しい森らしく枯葉や乾いた枝には困らなかったのでさっさと焚火の準備をし夜に備える。出来ればタンパク質も欲しかったが…
「………」
「……う、え〜と、ですね?」
俺が発見したオオイモムシさんはちょっとビジュアルがムシムシしすぎて彼女には厳しい様だ。
俺は祈りを捧げて体を輪切りにし焚き火で焼いた。コレがもう2、3回脱皮したら甲殻イモムシというダンゴムシのなり損ないみたいな生物になる。今は俺の腕にどうにか入る程度だが大きくなれば成人男性を遥かに凌ぐ巨大な虫になり蛹化を経て成人男性くらいに縮み岩石虫というクソ硬い金属とキチン質の複合鎧を纏った昆虫となる。主食は木屑や樹液、獰猛で縄張りに入った生物は突進や押し潰しでミンチになる。肉は引き締まっており、イモムシの時から食用である。殺して捌いて仕舞えばちょっと変な色だが肉っぽい見た目なので普通に食べられているがまぁ、見た目は大事って事だ。
「コレは肉だな」
「…ええ、ソウデスネ。」
若干彼女の目が死んでいるが魔力の回復は十分な栄養と休息にある。魂、精神の力であるそれらはそれ以上に身体機能に他ならない、肉体が緊張していれば鈍り、飢えていれば回復し辛い、魔法貴族が特権的なまでに強いのは平民に比べて栄養状態が良いからという研究結果もあるくらいには食事は重要だ。なので耐えて欲しい…あ、この草おいしいなぁ(遠い目)
因みに俺もそんな虫を食うのに躊躇がない訳じゃないんだが、未だ食べ物らしい形をしているだけマシと思っている。友人にリアルダークマターの作成者がいた故にね…なんで味噌汁の材料で黒焦げた謎の塊ができるんだよ、おかしいだろ(実話)いや、まぁそれは良いとして、だ。
「どうしたものかな…」
〜〜ジェシカ〜〜
「どうしたものかなぁ〜」
そう言って遠くを見つめる幼児、無駄に様になっていて複雑な気持ちになりますが、彼の気持ちは痛いほど判ります。おそらく彼の主観ではフレイアール家から脱走してまだ6日か7日と少し位でしょう。意識の途絶や魔力枯渇、肉体破壊による休眠が原因でマトモに活動してた時間が短いですからね。
そうは言っても実際に立った時間は三週間と少しほどたったそれだけの時間でコレだけの騒動に巻き込まれて挙げ句の果てに教会と騎士団に追われているのです。私も一緒になって逃げてはいますが一番に狙われているのは相当なストレスの筈…
「うーむ、なやましぃ、悩ましすぎて寝そうだ…」ムシャムシャ
「…」
…そう、多分疲れているんでしょう。いや、けど、まぁ…如何なのでしょうね、呑気そうには見えますが魔力障壁と強化はいつも通り展開されていますし、呼吸をする様に周囲の魔力を調律して取り込みながら身体の機能回復に努めています。それ以外にも目と耳に魔力を集中させて索敵もしているのでしょうし、体も適度にリラックスしてはいますが戦闘への移行は容易であるのが見て取れます。まだ、乳飲子だった頃からお世話をしている彼がここまで成長しているのを見ると自分の子でなくとも何か暖かな気分になれます。
「…そういえばジェシカさん、俺の装備ってやっぱりあっちだよね?」
「っはい!あ、けれど念のためにギルドに預けたのでカードと名前あとこの割符さえあれば別の冒険者ギルドまで数日で届くはずです」
そう、私は外の騒動が起きていた時点で念のためにギルドに装備を預けておいたのです。ただ…
「割符が割れてるんだけど?」
「え〜っと…そうですね…」
それコレも忌々しい竜騎士のせいである。アレのせいで私はあのクソ外道魔女のもとに送られてあんな目に…「ジェシカさん?」
「っはい!?」
顔が近いですグラジオ様、高魔力保持者特有の整った容姿は子供であっても、いえ、子供だからこその極めて心を揺さぶる感じになっています。心臓が破裂しそうです。あと武具の話で弾ける様な笑顔なのも鼻血出そうになるのでやめてください死んでしまいますう。
「いや、なんか怒ってたから何かと思ってさ、とりあえず有ればいいわけでしょ?割符がさ!」
距離を取りつつ私の手にある割符を凝視するグラジオラス、なんとなく彼が焦っている様に見えた私は割符をしまいながら答えていきます。
「あ、いえ、どうでしょう。何か面倒な手続きが必要になったりするかもしれません、それに私が代理で預けたのでグラジオラス様だけでは出せませんよ?」
「えぇ…」
残念そうですがまぁそう言う姿も良い物です。それに、今彼に必要なのは武具ではないでしょう。
〜〜グラジオラス〜〜
残念がら装備を取ってきて森に篭る作戦はジェシカさんの回復を待たなければならない様だ。まぁ、俺自身も魔力障壁を打ち抜かれて開けられた腹の穴がなかなか塞がらないので困っているんだが…
「グラジオラス様、悔しいですか?」
焚き火を見つめながら今後どうするかぼんやりと考えていた俺に彼女がそんなことを言ってきた。勿論答えは決まっている。
「悔しいよ、あの自爆魔法無しじゃあ今でもあのトンボには敵わないだろうし、この前殺した竜にも届かない、それに今日の竜騎士なんてそもそも戦うとか戦わないとかそう言うレベルに達せてすらいなかった」
だがなんとか今生きているのは運が良かったから、確かに俺は努力してきたのかもしれないがそれでもこの世界は運次第で簡単に死ぬ世界だ。たまたま運が良かった。それに尽きる。
俺が感情に任せて少し魔力を乱れさせたのを見て彼女は言う。
「グラジオラス様、やはりあの強化魔法は辞めましょう。貴方はアレに頼りすぎている。」
「…あぁ、実感したよ」
実際、いざ突発戦闘となるとあの魔法を発動させるタイミングにばかり気取られて集中できなかったのは確かだし、そもそもアレが発動したところで通常時からあのレベルの怪物には無意味な魔法だ。竜相手の時も相手の慢心がなければ殺すことはできなかった。地力が足りていないのに多くを求めすぎているのだ。俺は、だが…
「いざとなったら、俺や貴女がアレを使えば助かるのならば絶対に使うよ」
命に換えてまで封じるものでもない、アレの発動には前準備のための溜めがいる。そういう意味では緊急時の札にはならないかもしれないが、この世界で上位の生物である竜種が油断している時ならば有効なのならば危機的状況を打破する力は充分だ。
それに、アレは一種の暴走、俺の様に魔力が多すぎる人間がうっかり起こす過剰供給を意識的にしているだけ、アレを完全に封じるには俺の魔力を完全に封じるしかないのだ。
彼女は溜息をつくが、同時に仕方がない様な顔をした。…いや、そんな顔しないで、小学生の頃学校の先生をお母さんって呼んだ時の先生の顔しないで!
「はぁ…わかりました。わかりましたよ、貴方を説得するのは無理そうです。」
あぁ…勿論、俺は説得なんてされないんだから!…いや、それよりも色々と満ち足りて来たせいでアドレナリンとかそこらへんの分泌が無くなってきた。そして初めて魔力障壁ごと貫通して受けた傷は障壁ごと破損しているせいで全然治ってくれない…ジワジワと脂汗が滲む様な痛みが伝播して来た。
「だから、そうですね、折角ですしもう少しだけ訓練をしましょう。なに、あの魔法に頼らなくても済むくらい強くなれば良いだけですからね、基礎もありますし、戦闘経験をきちんと馴染ませるだけ、なので今回は短期間ですみますよ!」
あ、そういう結論になるんですね?俺はなんでか空々しく張り切っている彼女の作った様な笑顔に心底ホッとして意識を手放した。
未だ、先は見えない




