それは武器じゃない
というわけで翌日だ。今度こそ装備を整えよう。
「ええ、そうですね…とりあえず職人街に行きましょう。」
金貨2枚という一般的な市民の食費2万回分という凄まじい黄金の塊だ。
「下調べとかは…「済んでいます。」流石!」
俺がちょっとおどけて見せると彼女はかぶりを振る。
「と、いうと語弊がありますね、学生時代使っていた武具店に行けばこの街で揃う最高品質の武具と魔法発動の補助装備があるはずです。」
なるほど、そういえば彼女は元冒険者、というか魔法学園の卒業生で一級の魔法使いだ。使っていた店の一つや二つあるだろう。本当に安上がりにしようと思えば二束三文の鉱石クズを使って彼女自身で錬成できなくはないらしいが、やはり命を預ける武具は信頼の置けるものが良い、手作りも信頼がないとは言わないが確実性がほしいのだ。
「じゃ、行きますか?」
「ええ、参りましょう。」
それは昨日歩いた場所よりもだいぶ手前、メインストリートから少しだけ奥に居を構えるそれは思ったよりもこじんまりと、そして何より表通りや職人街で見てきたどんな店よりもらしくなかった。
表に武器は置いてないし、煙も、鋼を打つ音も無い、本当はただの民家何じゃ無いかと思うような外観とは裏腹に熱気だけが不自然なほど鮮明に放たれていた。
「此処です…相変わらず見事な防音結界ですね、魔道具の質は落ちていなさそうで何よりです。」
「へぇ…」
彼女に先導されて少し踏み込むと魔力障壁と何かが干渉するような感触とともにハンマーで金属を叩く音とそれを擦り上げるゴリゴリという音が聞こえて来た。なるほど、これが防音結界…だがなんでこんな真似をしているんだ?
俺は疑問を感じながらも彼女の慣れた手つきでドアノブをひねり開け放たれた店内を見た瞬間、息を飲んだ。
〜〜〜〜
試験管に詰め込まれた貴金属と魔導流体金属の合成触媒、所狭しと並べられた魔法触媒と鈍色というにはいささか色気の強い濡れた輝きを放つ武具、少しも変わっていない、懐かしい店の中、私は肘をついて船を漕ぎながら店番をしている見覚えしかない赤髪に声をかけた。
「リン、起きてる?」
「んぅ…親方、あと五分…」
あまりに変わらない学友の姿に笑みがこぼれてしまう。グラジオ様はすでに武具の品定めと懐具合に顔をしかめていますが…ま、おそらくあと少しで…
「あ」
槌の音が止まり、奥からドシドシとデイダラさんよりも一回り小さな人影が出てきた。
「ゴラァ!馬鹿弟子ぃ!起きやがれ、懐かしい客だ!ぞ!」
ズゴンというまるで戦鎚で兜を殴りつけたような音が響く。
「いったぁーい!親方ァァァ!私の天才て脳細胞ちゃんが兆単位で死滅しちゃったんですけどー!…って、ジェシカ!?」
「ええ、相変わらずなようね、リン?そして御機嫌よう。モールさん」
私を見るとリンはまるで幽霊でも見たかのように口を開ける。まぁ、そうおもわれてもしかたないだろう。なにせ私が最後に此処に来たのは7年も前、しかも彼女らにしてみれば突然なんの音沙汰もなく消えたのだ。死んだと思われても仕方がない、だがそれにしてもひどい顔だ。
「おら、懐かしい友達との旧交を温めんのはいいが仕事しろぉ、仕事ぉ!用事はなんだぁ?」
「もちろん、武具の買い付けですよ?」
そういうと彼は厳しい顔をさらに険しく変化させる。
「お前さんのじゃないだろ、なんせギルドで預かられてるお前さんの装備を手入れしてんのはオレだからなぁ?ってなるとだ。」
彼の視線は身の丈を超える大斧を軽々と片手で持ち上げるグラジオ様に固定される。
「…あの冗談ミテェなガキの武器か?」
「はい、そうです。」
私は淀みなく答える。さらに眉間のシワが深くなり、視線だけで数人殺せそうな人相になった彼は深く何かを考え込んでいる様子、私も少し説明が不足したかと思い口を開きかけるが…それはようやく再起動したリンに遮られる。
「うぇ!?ジェシカちゃん子供できたの!?」
「「っぶ!?」」
私とグラジオ様二人が突然の精神攻撃に咳込む。グラジオ様はちょっと口角を上げて何かを企んでいるようですが、って、彼の観察をしている場合じゃありません!きちんと説明しないといつのまにか子持ちになっていたという話が皆に知らされてしまう!
「ち!違いますよ!」
「えぇ…じゃあまだ結婚してないんだ。」
「ぐふ!?」
今度は別角度からの精神攻撃が刺さります。って!
「貴女も大概にしとかないと行き遅れ…」
そこまで言いかけて工房に続いている奥の暖簾の奥から聞こえていた砥石の音が止まり、がっしりとしてはいるがどこか優しげな青年が出てくる。
「あ、お客さんですか〜?」
「えへ!スミスー私の友達が来てくれたんだー!」
そう言いながら彼の手と自分の手を絡めて、左手に輝く指輪を見せてくる。…指輪?………指…輪?
「……結婚したのか…私よりも先に…」
「うっ!?ムラサキもやしニキ!?なぜ此処に…」
グラジオ様が何か妙な託宣を受けていますが、私はそれどころではありません、まさか!まさかあの!まるで鍛治仕事と魔道具以外に一部の興味もない彼女が!結婚していたなんて!?あまりのショックに少し後ずさりしてしまうが追い討ちのように彼女は言い放つ。
「ていうか、もう30近いんだから身を固めてる方が普通でしょうに、みんなほとんど結婚するか恋人がいるかで子供がいるのだって結構多いんだよ?」
「うぼあ!?」
目の前が、マックラニナッタ。
〜〜〜〜
「ジェシカさん!?」
まずい、なんか面白そうだと思って放置してたらなんか色々と衝撃の事実とともに凄まじい精神負荷によって意識が吹っ飛んでしまったようだ。
「…おぃ、馬鹿弟子、なに久々の客を気絶させてんだよ、ってかテメェも結婚相手どころか婚約者もいねぇだろうが?」
「そげぶ!?」
「あぁ!りんさんが妙な掛け声とともに倒れた!?」
「っはぁ…スミスさん、小僧、そのだらしねえ顔でぶっ倒れてる女どもを運んどけ、ベッドは上だ。」
…なんか、もうね、アレですね…シリアスのしわ寄せを感じる。
「なにぼけっとしてんだ小僧、テメェには色々ときかねぇといけねぇんだ。さっさと片付けてくれよ?」
「アッハイ」
ぶっきらぼうだし、言葉遣いも粗めだし、気難しそうだが…せっせと自分も毛布を要していたりするあたりモール氏は優しい人物なのだろう。…その凶悪犯めいた顔と低くて威圧感のある声のせいで全てがヤクザチックだがね!
葉巻に火がともりそれを口にくわえて燻らせながら職人は使い込まれた黒板と石灰を手に椅子に座っていた。
「それで、お前さんのその馬鹿力は一体全体どんなもんなんだ?」
「…えーと、なんか適当な金属もらえません?」
「ほれ、鉄のインゴット、勿論寄せ集めのまだ鍛造してないやつだ。」
テーブルを挟んで対面の俺はそれを受け取って…まぁ、両手に持って雑巾を絞るようにしてみせた。
「……はぁ、なるほどね、そこらの初心者が使うような銀貨1枚の甘っちょろい鉄の武器じゃあ振るうまでもなく粉々って感じか…」
「うわ、すごいねぇ?」
もちろん通常時はこんな馬鹿みたいな腕力ではないが戦闘時はこんなものだ。握った指の形に変形し、さらに雑巾のように絞られた歪な形になった数キロの鉄の塊を二人の職人は興味深そうに見ている。
「つまり、お前さんは全力でも壊れない斧と籠手が欲しいのか…」
「まぁ、そうなりますね、更に言えば斧の方の重さは重ければ重いほど良いです。勿論、戦闘中邪魔にならない範囲で、ですけど」
「ふーむ…」
モール氏は黒板にガリガリとなにかを書きながら考え、研磨と魔道具を担当しているという錬金術師のスミスさんは奥の方で戸棚を漁っている。
二人が悩んでいるのは値段と性能の兼ね合いだ。流石に商売である以上馬鹿みたいに安値で技術を売るわけにはいかないし、安価で要求通りでも自らの職人としての矜持がその作品を人に持たせられるか、使っている武具を見てどう思われるかを思案しているのだろう。
葉巻がだいぶ短くなった頃に黒板から顔を上げた彼は口を開く。
「重鉄っつークソ重い上にクソ硬い金属がある。鍛造しなくても強度は鍛造鉄の3倍だが、重さは10倍っていう馬鹿ミテェな魔鉱だ。」
そう言いながら武器のかかった棚の下の方にあった大人用の片手斧、ハチェットのような少し小さめの斧に近づいていく。
「ちょっと持ってみてみろ…よっ!と!」
恵まれた体躯のモールさんが彼自身の前腕ほどしかないハチェットをなんとか持ち上げる。そして俺はそれを片手で持ってみるが…
「うお!?」
「ははー!流石に驚いたか?そいつはさっきお前さんの持ってた戦斧の三分の一の大きさだが、重さこっちの方が重いくらいだ。」
ちょっと目測を誤った。が、持てる。というかすごいしっくりくる重さだ。全体のバランスが取れており昔持った模造刀なんかよりも全然振り回しやすい、薪割り斧とかそういうもの特有の遠心力などを生かしやすい重心だ。
俺が感心していると、彼はさらに続ける。
「強化魔法のノリもかなりイイ、無属性のお前さんに向いてる金属だ。」
え?
「なんで俺が無属性てわかったんだ?」
「あぁん?そんなもん見りゃわかる。お前さんのその馬鹿げた力の本質は固有魔法だろうが、どう見ても無属性以外の魔力にあるわかりやすい発色やら熱気やらなんやらがないからな?」
あ?…あぁ!なるほどそういう事か、身体強化の魔法といっても持っている属性によって魔力の質は全く異なる。そして魔力を使っていればその特性に沿った現象が副次的に起こるのだが、そこから見抜かれたのか…すごいな!…って、あれ?習ったような気がする。
「なに一人で十面相してんだよ、ほれ、概算だ。籠手と具足と斧、全部合わせて金貨一枚と銀貨20枚くらい足が出るくらいだ。」
おっと、そうだ忘れていた。
「この革と爪って使えませんか?」
「あん?…怒熊のか、きちっとギルドで加工もされてるし、強度も十分だ。じゃあこいつを使わせてもらって値段は全部で金貨一枚、てとこだな?スミス、どうだー?」
「ああ、いんじゃないかな、魔鉱って言っても重鉄は重さが嵩むからね、ちょっとでも魔法抵抗を減らす時とか合金にちょっと混ぜたりするくらいしか用途がないし、大概の鉄鉱山で掘れちゃうからね、材料費はかなり安いし、そんなものじゃないかな?」
彼らの間で値段のすり合わせも終わったようで、それを側から聞きながらふと思ったことを口に出す。
「じゃぁ、ほとんど技術料なんですね〜」
そうすると二人ともなんだかちょっと難しい顔をした。
「ばっか、お前、こんな馬鹿な注文する奴は普通いねえんだよ、重鉄なんて筋肉バカがトレーニング用に重し作るくらいしか使わねえし、加工も重いって以外は鉄と一緒なんだよ、あー丁稚時代を思い出すぜ、毎日毎日鉄の代わりに死ぬほど転がってるこいつを鍛えさせられてよ?」
「え?」
てことは何、重鉄ってもしかして…というか、今回の俺の依頼って…
「いや、もしかしなくてもこんな金属で作られた武器は普通に考えて武器として使えるわけがねぇんだよ、だからこんなクソ安いんだ!」
「ははっ!正直僕はもうやる前から体が痛いよ!まさかここに来て修行時代に逆戻りか〜」
二人ともカラカラと爽快に笑っているが、多分これ、普通の鍛冶屋に行ったら…
「ま、クソ高い別の魔鉱を進められるか…」
「そもそもさじを投げられるレベルだね!」
あ、そっかぁ…




