ある日、森の中
「今日は浅い層を見に行く。」
「お一人でですか?」
「勿論だ。」
寝ぼけ眼をこすりながら私は彼の正気がどの程度残っているか試すため、とりあえず抱きしめることにした。
「っぶ!ぶお!止めりょ!おぼれりゅ!」
「ん、んん!あまり暴れないでくださいグラジオ様…ぐぅ…」
そしてメイド時代とは違い火が出てすぐに起きなくてもよくなった私の意識は再び眠りについたのであった。
〜〜〜〜
「っぶは!はぁ…」
まぁ、ね、一応言っておかないといけないと思って早朝に起こしたが、元は研究職だし今は薬師の元で水薬製作の依頼を黙々とこなすパートアルバイトである。眠いのはわかる。
…だけどね、人を抱き枕にしないでほしい(切実)こっちだって日々成長しているのだ。豊満なものを押し当てたり女の人特有のちょっと良い匂いとかが無駄に強化された五感に突き刺さるのだ。…役得だとは思うけどね?
「まぁ、せいぜい死なないように努めるかな」
俺は昨日のうちに彼女に再構成してもらったあの殺し屋の着ていた鎧を着付け、戦闘用ではないがナイフを一本腰に挿す。最低限の水と保存食を袋に入れ、小さくたたんでベルトに紐で固定する。
…今更だが、俺のスペック上では単体の中級下位レベルの魔獣を相手どれる。とは言ったが、ぶっちゃけるとそこまでしか試せなかったのでそううそぶいているだけであり、実力というのは未だ分からない、まぁバランスよく組まれた冒険者3人組相手にギリギリ負けているので試合で言えばたしかにその通りなのかもしれないが…人には精神という名の制限がある。心が弱いとか、意気地が無いとかそういう話しだ。
一応ある程度緩和する事が出来るように、戦えるように訓練して来たがそれが実践に活かせるかはまだ未知数だ。あの屋敷の森では恐竜と虫を倒して以来魔獣の襲撃は少なくなったし、ヒトデは相変わらずだったが、上限はイノシシ型の魔獣である魔猪や鹿の魔獣である剣角鹿など中級低位、上級魔獣であるあの恐竜や虫が来た時俺の体がどう反応するかはいまだに不明な訳である。
受付嬢さんとの会話を挟んで俺は森へと出発した。今日の鍛錬は森での実地調査とともに行う。
表面上は以前きたときと何も変わらない命とその恵みによって彩られた森を前に魔力障壁と肉体強化への魔力を増やし、循環を早める。血流が加速し思考がクリアになる。
「はぁ…まぁ、もって1時間か」
解除、この俺にとっては興味深い木性大型苔植物たちの森はいつ見ても心が躍る。出来る事なら事細かにレポートにまとめて研究したいものだが…今はそんな時ではないようだ。
ボォォォォォ…ボォォォォォ……!
今しがた強化した五感とアサシンメイド直伝の魔力感知が捉えたのは森の奥からのプレッシャー、耳に残る低いうなり声のような、森の中を突風が吹き荒れたような音のようにも聞こえるそれが竜種の威嚇だろう。
「…はぁ…」
第一関門クリア、まず竜種がいると聞いて最初に警戒するのはあの魔女殿のように魔力に当てられるということだ。
たしかに魔力には質量と呼べるものはおおよそ存在していないかのように見えるが、彼らは現実世界においてはたしかに重みを持たない、だが彼らが存在するというアストラル、精神世界においてはその比重は現実のものと大きく異なり魂や精神を構成する上で重要な物となる。らしい、だが自分が思うにその実態は解明不能である。少なくとも魔法という利用法が分かっているだけで魔力という燃料に対して意味はないのだと俺は考えている。
なにせ御都合主義めいた謎パワーである。質量がないならば魔力を流動させいめ時によって固めた障壁を使って物理攻撃は防げないし、仮にイメージ一つでその性質が全く様変わりしてしまうというならばその存在は現実を改変する能力以上の物では無く。理屈っぽく言いたいならば可能性、とか観測されるまで中身の分からない箱である。
…話が逸れた。魔力に当たる。というのは物理的なものではない、そう言いたいだけなのに長々と考え込んでしまった。実際には魔力を感知する機能が強いものが感じてしまう威圧感、臭気一つとっても鼻が良いか悪いかでそれを気にも留めない人や放置できない人が分かれるように感じてしまう人は感じる魔力の量や質によって生まれる圧迫感、それが魔力あたり、魔力酔いとも言われるものである。
防ぐ方法は大まかに二つ、鈍感になるか周囲に放出される魔力から身を守る様に自分の魔力を纏う事だ。勿論、多くの人は後者を選ぶし鈍感であるというのはそもそも魔力を感じる力が弱いという事なのだが…
「まぁ、初級冒険者に求めるレベルじゃあないんだよねぇ…」
そう、ここは人類の生息圏の中でも国家の中枢に近い、それ故に魔獣や魔物の数は減らされており強力なものに至っては発生前に駆除されているのだ。そんな御誂え向きの初心者用フィールドに突然竜なんていう化け物が現れるなど、そもそも想定されていないのだ。低級の魔獣は魔力を持ち、魔法を行使するが保有する魔力量は人類とそう変わらない、中級になっても人類種を超える魔力を持つのは多いがその放出のみで魔法使いなどを酔わせるのはほぼ不可能だ。
魔力酔いが問題になるのは上級から超級、そしてその先にいる全てだ。
「…気合い入れていきますかね」
魔力感知による索敵は俺程度の熟練度では魔力濃度故に無力化されている。故に肉体の備える感知能力を強化し、思考への強化も軽くかけて進む。
鬱蒼とした森の中はひどく殺伐とした。殺気に満ちた空間になっていた。
血と臓物の臭い、俺は経験したことはないが戦場に行った兵士は皆一様にその様な異臭を訴える。だが、それが自然の中で起こる獣同士の殺し合いで生まれているという異常が目の前にあった。
(悪趣味な…)
魔力を障壁内に押し込め、体に血や糞の混じった泥を塗りたくり必死で息を殺す。
…明らかに異常だ。この状況では遭遇しても倒せばいいなどと甘ったれたことはできない、周りで巻き起こる魔獣同士の戦いを見ればわかる。気が立った彼らに気取られればいくら拳で鏖殺できる様な魔獣でも数に任せて圧殺される。
だがそれ以上に胸糞悪いのは彼らが一様にこの森の奥に鎮座するあの怪物の魔力と威圧によって戦わされているという事だ。そして魔石を持つ魔獣や魔物は殺した相手の魔力を取り込み少しずつ強化されれていく。
…いや、そうか、だからスタンピートは起こるがその規模と期間が縮小しているのか!
スタンピートは魔物の氾濫ではあるがそれがなぜ起こるかといえば多くの場合統率種と呼ばれる群れをまとめる存在が現れるためだ。そしてこれは多くの経験を経て魔力によって強化された魔獣が進化することで発生する。
通常ならばその後は群れが合併されていくだけだが…ここの異常なところはその先だ。
スタンピートにおいて統率種は種を超えた統率力を発揮する。それは強者であるが故の威圧感によるものだ。だがこの状況では竜以外の絶対的な強者は存在し得ず。そのために統率種が乱立し互いに群れをなし削り合うこととなる。
その果てに生まれるのは…
ガサガサ…
「っ!」
薮が揺れる。屍の山とそれによって生み出される臭気にうまく馴染めたのだろう。俺に目をくれることもなく俺の目の前のひらけた場所に二匹の魔獣が現れた。
「グォォォォオオオオ!」
「……」
それが内包する魔力とその存在感はあの日見たトカゲと虫によく似ているかそれ以上だ。
片方は熊、血によって赤黒く染め上げられたそれは直立すればこの森の木を優に超える巨大な熊だ。強大な魔力障壁と放出される魔力の熱気からわかる通り火属性の魔力を持つ様に進化した上級魔獣フレイムベア、通称『火熊』だ。
そしてその対面に涼やかに佇むのはまるで刀の様に研ぎ澄まされたツノを持った巨大な鹿、元は剣角鹿なのであろうが纏う魔力と角に込められた魔力が桁違いすぎる。だがこの異常環境下でまともに進化していないのだろう。俺が学んできたあらゆる魔物知識の中には近いものがあってもぴったりと当てはまるものはない、だが確実に言えるのは…
(碌でもない、奴ら戦う気だぞ…!)
本来ならば野生の生物は自身が死ぬ様なリスクを取ってまで戦わない、生存のための狩はするが人の様に無用に殺すことはないのだ。
俺は巻き込まれてはひとたまりもないと思いゆっくりと後退し、激しい衝突が始まったのと同時に一気に距離を取る。その衝突を皮切りにその爆心地に向かって様々な魔獣が集まっていくのが嫌でもわかる。漁夫の利だろうか?いや、そうじゃない、奴らは群れの一部だろう。統率種同士が闘い始めたのを感知し集結している。
「…はぁ、やり合わなくて正解だな」
最初ほぼ勘で泥まみれになったが、今のこれをみればそれは賢い選択だったというしかないだろう。こんな物量が一点に集中すれば人間などひとたまりもない、昨日運び込まれた彼らがどうやっておくまで行ったのかはわからないが、少なくとも俺一人ではここらが限界だ。
魔力障壁だけでなく武具が欲しい、あの熊や鹿レベルまで行かなくても中級レベルの魔獣の攻撃は二、三度まともに受ければ障壁が崩れる。崩れれば俺の戦闘力はガタ落ちだ。なにせ俺の強さのほとんどを占める馬鹿げた身体能力は今もなおこの魔力障壁に包まれていることによってのみ使用できる。障壁がなければちょっと人より力が強い程度だ。魔獣には何の意味もない…
「ダメだな、装備が足りなさすぎる」
やはり金がいる。わかってはいたが、少しなめていた。だが生半可なものでは魔獣に対抗することはできない、少なくとも俺の全力に耐えられるものでなければ意味がないのだ。
そう思って奥に進むのではなく外壁や森の外縁の様子をまとめて提出しようと考えた俺は、街を囲う壁に沿って探索中、ちょうどよく発見した小川で水をかぶって泥や血を落としていた。
此処はおそらく街の中から続く水路の先、建物の残骸や森に呑まれかけた生活の痕跡が色濃く残っていた。おそらく過去のスタンピートによって廃棄されたのだろう。
「だがまぁ、此処らまでくればまだ平…「ドゴォオン!」!?」
破砕音、そして何かが高速で吹き飛んできた。俺はそれが人型であると認識した瞬間障壁を変質させ肉体を戦闘状態へ励起させた。
「おい、大丈夫か?」
受け止めたそれは俺と同じほどしか背丈のない子供、なぜこんなところに子供がいるのか、そんなことを考えたが今はそんなことを気にしている場合ではない、子供を横にし深く呼吸をして精神を落ち着かせる。
そして木々がなぎ倒され、現れたのはツノの生えた青い熊、いつか敷物になった彼を見た様な気がしなくもないが…
「Gaaaaaaaa!!」
「っ!」
方向の生み出す衝撃波によって魔道障壁が揺らぐ。どんな馬鹿声だ。俺は悪態をつきながら拳を構えた。




