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精神修養と肉体強度は比例するものではありません


午後もペンを動かしていたが、そのスピードは大分上がってきた。というのも魔法文明で圧縮された魔法使いの教授やらからくる依頼はそのほとんどが材料集め、二番目に遺跡の調査、大穴で片ずけなどの雑務である。その法則性に気がついてから俺のやるべきことは前置きを1秒、内容を2、3秒吟味し書き写すというの約4秒の読解と5秒程度の書き写し、残る1秒で次の用紙を取るという10秒サイクルのものになっていた。

ちなみに、辞書を引いたりする余裕はもうないのでそれぞれが得意な文書を優先的に、たまに緊急性が高いものを処理するが、それ以外は量を処理するという事に全力を注いだ。

それでもなぜか減らないどころか増える依頼書、さすが王都に隣接しているだけある。人がいればそれだけ依頼は生産される。冒険者という存在やギルドという組織を形成される事に難を示していた筈の国家もその需要と供給を受け入れざる得なくなるのに、さほど時間はかからなかったという。それだけに人がいればそれだけの悩みや頼みというのはあるものだし、国家単位であっても騎士団のような常駐する軍備を維持して動かすには莫大な金がいる。それを安くはないが国に関係ないレベルでの金が流れるだけで解決されるならば、安いと思ったのだろう。

…まぁ、逆に言えばそれだけの力持っていなければ国と同等か場合によってはそれ以上の立場というのは手に入れられないのだろう。

「うーん?…今日はここまでかなぁ?」

長時間机に向かって居た為に凝り固まった体を伸ばすように伸びをした受付嬢さんがそう言うとかんぬきが外れる重い音がした。窓の外から見える景色は魔導灯の淡い光とそれでも照らしきれない暗い色の街並みが広がって居た。


「それじゃあ、これが今日のお給金、銀貨3枚だよ!」

「…多くないですか?」

受け取ったものを突き返すのは礼を失するし、そもそも金に困っている俺にとって給金が多い事に越したことはない、だがそれにしたって多くないか?

「そんなことはないよグラジオくん、君の仕事ぶりは実直だし、向上心もある。特に魔法文明語の翻訳は私にはできなかったし…やっぱり真面目なのがいいね!何だかんだ冒険者って言うのは自己中心的だったり、腕も技能も外面もいいけど人格的に問題が多い人がね、多いからね、正直職員だけじゃ依頼の処理は苦しかったしね?」

あれ、意外とギルド職員ってブラック?いや、まぁ存在自体が国家や社会の枠から少し外れた物だし、元は便利屋だったのを考えればここまで巨大なコミュニティになり、それを維持するというのは大変な事なのだろう。

だがきっとそれは彼女らに取って何か意味のあることなのだろう。ただ漠然と事務作業を行って居た時とは相容れない、信念に燃える、輝く瞳を彼女が持つように、そのあまりの誠実さに目が眩む。

「大丈夫なんですか?」

「ふふん!ギルドのモットーは『実直な仕事には誠実な対価を』だよ、これくらいの苦労は当たり前だし、君にお金を払うのも相応にギルドに貢献してくれたから、私たちは私たちの利益と私たちを寄る辺にしてくれる力をお金に変えたいという人々の為にあらゆる枠組みの仲立ちをする存在、私たちはそれに誇りを持っているのよ。」


礼を言って受け取った金を部屋に持ち帰る。

「おかえりなさいませ、グラジオ様、お仕事はどうでしたか?」

「様はやめい、様は…仕事はなんだかうまく行きすぎだね、ほら」

銀貨3枚が俺の懐から出てくるのを見て彼女の目が丸くなる。可愛らしい反応だ。だがその反応とは裏腹に体は完璧に飛来したものを掴み取る。それを革袋に入れる。ちゃりちゃりと人を狂わせる音色が響くが、まだまだ目標には足りないのが簡単にわかる程に軽い物だ。

「それじゃ、俺はもう一仕事してくるよ」

「…何か危ない気配がしますが?」

「安心してジェシカさん、ちゃんと危ないギルド長推薦に仕事さ?」

何か言いたげな表情だったが、もう五年も付き合ってきた彼女だ。俺がどう言う選択をするのかがわかっているのだろう。

「……はぁ、わかりました。お手伝いできるときは呼んでください」

「ああ、頼りにさせてもらうよ」


俺は宿泊棟からギルドエントランスに向かって歩きながら考える。思い返すのは受付嬢の輝きと…その言葉だ。

『誇り』か、前世ではごく一部でしか聞かなかった言葉だし、そんな物が役に立つときはあまりなかったが、この世界ではどうなのだろうか?

いの一番に俺の脳裏をかすめたのがガラフだったのが非常に残念だが、確かに奴は外道だった。だがそれ以上に自分以上に魔法使い、貴族そういった物に対する執着が強かった。だが奴の強さは本物だし、あの日見た奴の魔力循環の流麗さや異常さは今でも覚えている。そして、それ以上の怪物がアナスタシアだ。

2人に共通するのは執念、情熱、それらを貫き通す意志力だ。

それが『誇り』だと、人は言うのだろう。

だがきっとそれは誰にでもある。普遍的なもののはずだ。少なくとも大学2年生だった俺にだって、ちっぽけだがそう言う自尊心的な物はあったし、今もある。

だが…

「よう、今日はよく会うな?」

「…ああ、そうだな、偶然だな?」

明らかに半分ほど開いていた扉から現れた偉丈夫に俺は一瞬呆気に取られてしまった。


〜〜〜〜


女々しいな、俺は、何故こうもタイミング良いんだろう。彼は…

「よう、今日はよく会うな」

あまりに白々しい自分の言葉に泣きそうになる。だれかこの時間にこの廊下を通るのならばそれはおそらくそう言うことだろうと張っていた俺だが、それがまさかグラジオだとは思わなかった。

…いや、違うな、正しくない、俺はグラジオなら良いなと思って待っていたのだ。待ち伏せていたのだ。

「ああ、そうだな、偶然だな?」

間が空いた言葉を放つ彼の顔は驚愕と少々の疑問を抱えていた。それはきっと何故俺が待っていたのか、だとか、何故俺がこんなところで待ち伏せていたのか、と言うものだろう。当たり前だ。なにせ此方はあまりに女々しい理由でここにいるのだから…

「…一緒に行かないか?」

「凄まじく怪しい誘いをありがとう。まぁ、別に構わないけれど…何をしてたんだ?」

何をしてたか、と問われれば待っていたとしか言えない、何故待っていたのかと言えば…

「ああ、こんな言葉遣いだからよ、ちょっとは丁寧に喋れそうなやつといねぇと色々と…な?」

いや、そんな理由ではない…

「…はぁ、そんな理由なら早く敬語とか色々覚えたら良いじゃないか、騎士なんて縦社会の一員になるなら尚更だよ?」

「っふ、こんな形で宮廷貴族共みたいな気色悪い婉曲表現なんて使ってみろ…ヤベェぞ?」

違う。必要になればそれくらいできる。なにせ騎士の家に生まれたんだ。


ダメだな、苦手意識と言う名のトラウマというのはいつまでもいつまでも、俺をこんなにも惨めにしてくれる。

そう、俺は長命種が苦手だ。さらに言えば年寄りも苦手だ。何を考えているかわからないどころか感情と行動を切り離せるような人外には怖気すら覚えるし、力を持った奴の独特の雰囲気というのが怖いのだ。

技量だとか、筋肉だとか、そういう物理的な恐怖ではない、もっと何か…まるでものでも見ているような無機質な視線が怖いのだ。人でないかのような、人として見られていないかとすら思えるその邪視に、俺は幼少から晒されていた。


父だ。


この国最強の騎士にして己全てを国に捧げた忠臣、そんな外面を提げた怪物は人としてはあまりに破綻していた。魔導に身を捧げた魔法使いだって己の欲望だとか、執着、なにがしかの情動がカケラはある。だがあの男は違った。

『…』

あの昆虫のような、まるで物でも見るような無機質な目、子供ながらに可笑しいと思っていた俺の予想をはるかに超えて奴は狂っていた。

『…無いな、作り直す』

『えっ、あ、貴方!ああっ!ああっ!』

『お母さん!?父上!何を!』

『坊ちゃん下がってください!』

はじめての訓練の後、奴は俺に何をいう事も無く突然呟いたかと思えば母を犯し始めた。

ああ、今思い出しても吐き気がする。だがさらに最悪なのは俺がそれに慣れてしまったという事だ。…そう、『馴れてしまった』奴は国を守るために騎士となった。そして国に仕え、国のために子を作り、国の為に最良の子孫を生み出そうとしていた。

『貴殿の子ならば必ずこの国最強の騎士になるであろうな』

何気ない、忠臣を労うための国王の言葉、血筋で優劣が決まるほど物事は単純ではない、だがある程度才覚というのは血によるものだ。俺のこの身体も奴の血の為せる業だとするなら…いや、もうやめよう。


兎に角、俺は苦手なのだ。

壊れてしまった(馴れてしまった)その日から、兄弟たちの目の前でやつが母を陵辱する事に疑問すら浮かばなくなるほどに見放されてから、俺はどうしようもなく『目』が怖くなった。

だから目を閉じて、その狂気を放ってしまったのだろうか?

だからだろうか?あのギルド長の瞳に奴のそれと同じ狂気を見出してしまったからだろうか?

理解できない物は怖い、人として当たり前に、俺は彼らが恐ろしいのだ。生きすぎるが故に分かり合えない彼らが、今を見て過去を描く彼らが、命を大切に思えない彼らが…俺には、ひどく醜くしかし恐ろしく見えるのだ。


「っぷ…プフっ…クククク…」

「なぁ?やばいだろ?」

「あ、ああ…っくふ、やばいな!」

だが俺はそれを誰にも言えない、誰しもが持つであろうそういう経験に俺だけが怯え続けているというのが恥ずかしく、愚かしく、女々しすぎるが故に…こうやって、本当ではない冗談で煙に巻き続けるのだ。


〜〜〜


少しばかりギリシャの大英雄もかくやという偉丈夫が凶悪な顔を提げて宮廷貴族ばりの丁寧語を喋るのを想像して腹筋が砕けそうになったが、俺たちは問題なくギルドのエントランスについた。

だがそこにいたのはギルド長だけではなく。予想通り幾人かの同じ用件だろう冒険者たちが集っていた。最後に来た俺たちがギルドのエントランスに踏み込むと同時に認識不可能だった魔力がエントランスとそれ以外の部分に境界線として発生する。それを掌握するのはギルド長、おそらく風か土属性、用途は結界めいたもので…効果は音消し、か?

「揃ったようだね、新人君たち、今宵は僕のために時間を割いてくれてありがとうね?」

周囲の音が一切合切切り取られたように無くなって、ギルド長の声だけが結界内にのみ響く。どうやらただの音消しの結界ではなく化け物みたいな魔力制御と未知の術式による大規模な音という現象の選別魔法だろう。俺は魔力障壁を意識的に強めにし肉体強化で身体に魔力を送り込んで抵抗力をあげる。そうしていくと、結界の効果範囲から出た訳ではないが、魔法への魔力抵抗によって結界内における音の選別から逃れた。

「さて、さっさと仕事に話をしようか?僕がギルド長としての強権を使ってまで君らに頼みたいことはズバリ、森の調査さ!」

調査、しかも繁殖期に入った森の調査とは…中級冒険者に頼めばいいのではないだろうか?少なくとも新人である俺たちを投入したとして結果がそれよりも良くなると思えないんだが?

いや、待て、待つんだ俺、そういえば奇妙な事があったはずだ。何かがおかしいはずだ。例えば…そう、ここ二日間、たしかにあまり人と関わっていないが、食堂でも、この依頼掲示のあるエントランスでも、なんでか見覚えのある奴ら、いわゆる同期や同じくらいかちょっと上の腕前の人達しか見ていないような…アルブレヒトや受付嬢、ギルド長みたいな化け物は例外だが…しかも腕前とか以前にギルド会館の巨大さに対して人口密度が低すぎないか?

「ハハっ!困惑しているねぇ…そりゃあそうだろうね、中級冒険者、今で言うとCやBのみんなに頼めば良い…なんて、思うじゃない?実はね、問題がそこにあるんだよ諸君、中級冒険者は今、ほとんど全てが傭兵家業に勤しんじゃってるんだよね〜、僕、悲しい!」

なるほど、今エレメントは共和国とは反対の国境沿いで戦争中だったな、冒険者も傭兵も怪物退治や依頼より割りがいい仕事があるならそちらに流れる。


初級冒険者から中級冒険者に成った時、ギルドや依頼者から直接依頼を受けることができる『指名依頼』と戦争や紛争に参加し冒険者ギルドという勢力として戦えるようになる『傭兵許可』という二つが主な変化として発生する。

それに中級冒険者はその多くが拠点を構えず転々とする。狩場や獲物を季節や市場の流れで変えるのだ。そして今繁殖期、つまり儲からない…


まぁ、うん、恐らくそういう事だ。

「そこでね、君ら初級冒険者の中でも特筆すべき点、主に戦闘力と生存力のたかそうな君らにちチームを作ってもらって繁殖期の森の調査をしてもらいたいんだ!」

…だが疑念は他にもある。

なぜギルド長はここまで無理をしてでも森を調べようとしているんだ?

「報酬は森へ行った証拠を持ち帰ることで銀貨1枚、何かしらの異常の証拠を掴んだら10枚、そして…魔獣の異常発生、スタンピートの兆候を掴んだ場合、金貨1枚を贈呈しようじゃないか!」


……

…………は?

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