賢い金の使い方
「グラジオさ…ん゛ん!グラジオ、お昼ですか?」
「ああ、寝坊助さんは仕事に間に合ったのかな?」
顔を赤くしたジェシカさんに持ち上げられてシェイクされるがフニフニとした胸部は装甲によって覆われ非常に残念な感じになっている。いや…というかむしろ…
「いだだだだ!?」
不味い、魔力障壁は外部からの衝撃には強いし、意識すれば巻きつきなどの緩やかな衝撃にも対応できるが、ほぼノータイムで抱きつかれた今は無力だっ!
「いてぇ…」
「大人をからかうものではありません!」
俺は痛む頭を抑えつつ食堂の席に着く。ギルド長の来訪はあったが今はもう勤務時間外、とりあえずメシを食うため階下に降り、受付嬢さんと別れた処でジェシカさんと遭遇したのだった。
ま、そのあと朝のことを少し弄ると頭蓋がぱっかーんするとこだったんだが…いや、というか揶揄うのは悪かったかもしれないが、それはそれとして貴女はもう少し自分が美人なのと寝ぼけて歩き回るのをやめて頂きたいです。というかいじられるのが嫌なら戒めてくれよ…
頼んだのは昨日と同じ飯、2人合わせて日に銅貨10枚ほどの支出だ。
「さて、ジェシカさんどうしようかな?」
「どうしよう…とは?」
メシを食いながらの作戦会議、議題は…ギルド長のこともそうだが、主に金のことだ。
「とりあえずまず何に金を使うか、何のために金を使うか、俺たちには最も重要な事を、だよ」
「…そう、ですね」
ジェシカさんも考え込むが、俺もいい案が出ているわけではない、だが確実なのは…
「まず、俺用の武器防具はいらない、現状困ってないし、そもそもそれらを買うのにいささか時間がかかりすぎる」
「それは!…いえ、そうですけど、かといって私の防具を揃えるのも…」
「いや、違う」
ジェシカさんがぽかんとする。いや、まぁ俺が畳み掛けるように言葉を切ったからそう見えるだけなんだがね?軽い議論でもまずは自分の意思意見を言葉にして検証するのが第一だ。
「とりあえず服と旅用の支度一式、だと俺は思ってるんだけど…どう思う?」
最初から言っているがこの街に長居する気はない、冒険者の身分になった人間が使う長距離移動法として護衛依頼を受けながらの物がある。だが、残念ながら俺たちがこれをするには経験も、ランクも、そもそも装備も何もないのだ。
一ヶ月を目処にとりあえずエレメントから共和国に行くために必要な旅費を稼ぐか、徒歩で持っていけるだけの装備を整える事、それが今の俺たちの共通目標であり、急務である。
だが、徒歩での旅は非常に厳しい、装備品を少なくしてもアスファルトなどで舗装されていない道を走破できる靴と冷え込んでも問題ない衣服を手に入れるのは難しいし、素足で行くのもなかなか精神と体力、それにさまざまなリスクの問題がある。
それ故に、俺が目指すのはある程度の装備、衣服や最低限の携帯食、火起こし道具や袋などを買い、一人頭銀貨20枚の安馬車で共和国を目指す。というルートだ。
「…いえ、流石に安馬車、それも乗り合いのものを使うのならば武器くらいはなければ最悪…」
「ああ、盗賊の餌だろうな」
「まぁ、そこから強奪して行くというのも悪くはないです。」
ハハっ!この女学士殿はただの人間相手ならバカ強いからな…案外その案でもいいかもしれない、いや、まぁ、そんな事にならないように最低限の備えはするという事なのだがね?
「冗談はここまでにして…私としてはもう少しこの街にいてもいいと思います。」
「へぇ…何で?」
「一つは今の仕事ですね、薬草学、薬学はある程度やってきましたがきちんとした調合技能はありません、今やってるのは土魔法の応用ですからね…いえ、それでです。正直言って、この街はそれなりに治安がいいですし、国境沿いに暗殺者やそうでなくともフレイアールの関係者が置かれている可能性もあります。」
「…成る程」
むしゃむしゃとうまいがなんとも言えない感じの野菜スープに薄いハムを飲み込んだ俺はチビチビとパンをかじりながら考えた。
正直言って言われるまで気がつかなかった自分をぶん殴りたい、今は共和国との戦争中じゃないため、ガラフと鉢合わせることはないだろうと思っていたが、その縁者や暗殺者に待ち伏せ、相手はこの国の五大魔法貴族にして権力と権威の塊、例え御者ごと全て消しとばしたとしても事後処理はどうとでもなるし、暗殺者を使う場合はもっと簡単になる。
そして王都直下のこの街、このギルドを離れればそこから先は完全に自己責任の世界、少なくとも今、この状況で出て行こうとするのは…
「うまくない、か」
「ええ、私はそのように考えました。正直出て行くならばこの一週間出稼ぎ切るかギルド加入無しで一か八かの賭けにでるか、少なくとも人間が普通にする行動を上回らなければ成らず。三日目の今はその二つの方針の分水嶺、速攻か、鈍行か、リスクは両方同じ程度にありますが、備えられるという点で言えば鈍行がいいと思います。」
判断の時、という事だ。
だが、初期プランでも一ヶ月居るというのを見ていたのでそれからの日程の圧縮は難しいだろう。無理ではないだろうが、中途半端ならばするべきではない、そうなると俺たちのプランは長期型に変えるべきなのだろう。
…それならば、ギルド長の不可思議な誘いについても伝えたほうがいいだろうか?乗るか乗らないかは恐らく自由意志だが、内容によってはプランニングの変更もありうる。
「わかった…じゃ、「おぅ!グラジオ!」次はっ!?」
肩を揺さぶるような衝撃、正確に言えば打撃は効かないのでゆっくりとこちらに認識を伝えつつ。軽く挨拶するような程度の衝撃だ。振り返ればそこにはいつも通り全身鎧を着込んだ大男、ザックが死ぬほど肉を載せたプレートを抱えていた。
「隣いいか?」
「あ、ああ」
珍しい、というほど一緒にいないし彼らを観察してもいないが、今日の彼は1人だった。
「あ、すいません私は午後の依頼があるので…」
「わかった、また夜な」
話したいことがあったが…まぁ、ギルド長の依頼だ。ぶっ飛んでいたとしてもリターンが薄いことはないだろう。
暫く。俺も彼も特に話す事なく。いや、食事中なのだから口を開くにはいささか不向きだ。だが、彼は数瞬間前には山積みになっていたステーキを消滅させ、水を飲み込むと口を開いた。
「…お前さんにもきただろ?」
「…何が?」
「ギルド長の『お誘い』さ」
俺は目を見開くような事なく。彼の方を向く。まぁ、予想できていた。この新人がたっぷり補填された時期に俺だけに声をかけるなどあり得ない、俺が受けなかった場合や、俺が不適格だった場合のために候補はたくさんいる筈だ。そう考えていた。
だが、向き直り見えた彼の表情が冴えないところを見るに…何やら予想よりも厄ネタだったらしい、ま、話を聞くだけ聞こうじゃないか?




