模擬戦闘
「っか…はっ!」
「ぐう…っ!」
俺は今どこを見ている?何が起きた?まるで姿が搔き消える様にグラジオが加速したかと思えば盾どころか鎧を貫通して腹を直接ハンマーで殴りつけられた様な、中に響く痛みが俺を襲った。
そこまで考えて、ようやく俺の脳は奴の拳と今の衝撃を結びつけた。
「ま、鎧通しと言っても無属性だからね、普通にやれば拳に薄皮一枚位の魔力が纏わりつくくらいだ。だが生憎と俺は…普通じゃない」
そういうと奴の拳の先で小規模な爆発が起きた。あの現象は見覚えがある。アンのやつが昔魔法を打ち損ねた時に見せた魔力のもつれ、歪みそのもの、エネルギーの暴走…
「魔力…暴発、か」
「ご名答!まぁ、わかっても痛みは引かないだろうけどね」
〜〜〜〜
腹を抱えてぶっ倒れはしたが、意識は失えず。苦痛は残る。やはり魔力暴発は物理的な衝撃以外にも何かがある。
そう思うのは彼らがある程度訓練された人間だからだ。ザックは言わずもがな、バッシュだって多少の痛みや不意の攻撃などから生まれる意識の外からの痛みに耐性がある。そしてそんな人間は訓練を受けた人間か、特別鈍いかの二択だ。
「ま、これは封印かな…」
一歩たりとも動けなくなった2人を壁際にある長椅子に座らせる。
「馬鹿…言うんじゃねぇ、模擬戦だって立派な戦闘だ。本気でやらなきゃ死ぬんだぜ?」
「そうは言ってもそもそも打ち合いにならなきゃ訓練もクソもないだろう?」
「っは!そりゃあそうだな!クカカッっぐっへ!おっへ!?」
軽口を叩くがザックとバッシュ2人とも怪我をしている。特にザックは俺の拳の直撃を受けたのだ。ピーター氏仕込みの体術とデイダラさんの体術を組み合わせた重打、それに魔力暴発も添えた拳、モーションも大きいし、ただまっすぐ突っ込むだけの完全劣化版魔闘術もどき、実際は拳を警戒させる為だけの牽制であり、爆発で生まれる土煙による撹乱と相手の視線を拳に集める為の工夫だ。
まっすぐと前に高速移動する為の魔力暴発も現状集中して一番最初に仕掛けるときくらいしか成功しないし、この魔闘術モドキだってそれなりに難しい為とっさには出せず。通常攻撃に織り交ぜようと思えばその成功率は2割を切る。まぁ、ここまでいえばわかるだろうが、本命は拳ではなく。足だ。
ピーター氏はウサギの獣人でありその脚力は人類種の中でも最高峰である。そんな彼の体術の基礎は脚であり、足、指先だ。攻撃はボクシングの様に地面を蹴ってのパンチと決め技のキック、これが風属性の魔力と魔闘術と組み合わさる事で生まれるのが極限まで研ぎ澄まされた刃物の様な攻撃、魔闘術を身につけさらに極めた彼はそれによって強化される身体能力を速さに、衝撃を広げるのではなく一点に集める事に執心していたと言う。
少なくとも、俺があった事のある彼はすでにその域に達しており、腕をくっつけた彼が最後の最後に見せてくれた演武は岩を手足で切り刻むと言う凄まじい物だった。
『ま、これくらいはできるようになる』
そんなセリフを吐いた彼に俺も、デイダラさんもジェシカさんも絶句していたのは特に記憶に残っている。
「はぁ…」
先ほどの牽制と言う名の大技でほぐれた脳と体を休めずに動く。
出来るだけあの時見たように、魔力を流麗に、そして体もそれに倣って流れるように、回る様に廻る様に、くるりくるりと木の葉が舞う様に、雑にならないように気をつけながら、今の自分が出来る最大限を再現する…が
「ッっ!」
手足のしびれ、魔力操作が回転に間に合わず保護が甘くなったからだろう。
…いくら模倣し、学び、理論を知り、その為の体づくりをしていたとしてもだ。才能ある彼が鍛錬を積み、剣闘士という世界でその成果を開花させた末に到達し、そこからも飽きる事なく。ただひたすらに家族を守る強さを求めた結果がアレなのだ。今の俺にはせいぜいその超絶劣化が精一杯だし、おそらく彼と同じように修行を積み、鍛錬を続けても彼のようにはなれないだろう。なんせ俺には並程度の才能しかないのだ。カケラもない、とは言われなかったし『努力も才能だ』とは言われたが、詰まる所努力をしてようやく人並み程度が関の山ということだ。
俺は乱れた呼吸をゆっくりと戻しながら、珠のようにかいた汗を布で拭う。大きく息を吸い込み、吐き出すとアンジェリカさんとシルヴィアさんが白衣を着た治癒術師を1人連れて来てくれていた。が…何やらこちらにズンズカ歩いて来ている。
「グラジオくん、どうやら戦い足りないようだね!」
「ええ、折角だから私達とも戦ってみてくれない?」
そう言って俺の前に立ちふさがる。時間はまだあるし、朝食もまだの時間だ。そうなれば勿論、俺の答えは決まっていた。
「よろしく頼めるかな?」
受けるに決まっているじゃないか!魔法使いというのは案外貴重だ。それに相手は色々と家に問題はありそうだが最高峰の魔法使いの家、その名字を名乗るに足る魔法使いだ。実践に勝る経験はない、風使いと水使い、遠距離もそうだが近接戦闘もある程度こなせる属性だ。俺が相手になればいいが…俺が彼女らに肉薄できるかがキモだろう。
「じゃあ、魔法模擬戦の規則に則って、互いに一撃貰えば大小問わず死亡扱いでいい?」
「ああ、かまわない、距離も好きなだけ開けてくれ、俺もどれくらいできるのか知りたいからね」
「ふふっ、自信家なのか本当に自分を試しているだけなのか…まあいいわ、彼らの時みたいなことをされたらそれこそ公式ルール程度の距離じゃあ意味がないからね?」
シルヴィアはなぜか黙ってしまったアンジェリカの代わりにルールを決めて距離を取っていく。俺もそれに倣って闘技場に橋に向かって歩いて行くのだった。
〜〜〜〜
私は戦いを挑んだ彼をよく見て少し、気づかれないようにだけど息を吐いた。
「あら、アンジェリカさん、震えているの?」
「…っ!当たり前じゃない!あんなヤバイ相手身内以外にいるとは思わなかったもの!」
シルヴィアは茶化してくるが私はそれどころではなかった。正直言って心が折れそうだ。あの無属性が、あんなに哀れんでいた無属性という魔力を持つ存在に、私は生まれて初めて恐怖している。シルヴィアは『あの』メイルリーンだから何を考えているのかわからないけど、きっと彼の、芸術作品のように繊細で緻密な、それでいて極めて単純なあの障壁に、それを息をするように生み出し続ける彼に、家の汚名を背負いながらそれでもあらゆる障害を吹き飛ばして来た私の魔法が、初めて通じないんじゃないかって、そんな恐怖と戦っている。
私は妾の子だった。テンペスト家ではそれは珍しくもなんともなかったし、20人近くいる兄弟や叔父叔母は私も含めて皆仲が良かった。
だけれど問題がないわけでもない、それは私の父の正妻だ。
『穢らわしい…穢らわしい…あの人も何を考えて獣などとまぐわったのかしら!』
そう、ここでは珍しくもない、人間至上主義者、私達は父とも呼べないようなあの男が無責任に種を蒔き、それを彼の祖父が集めて来た魔力の特に強い子供たちだった。そして私の母は…
「来るわよアン?」
「っ!そ、そうね」
シルヴィアは知れば軽蔑するだろうか?それともあのバカみたいに『気にしねぇ』と言って静かに慰めてくれるだろうか、私は縦に割れた瞳孔で彼を見つめた。
〜〜〜〜
「風よ!」
「あらあら、すごい勢いね?」
アンジェリカの様子が変わった。凄まじい魔力を収束させ、放たれたのは10個以上の風の弾丸、見た目はただの弾丸魔法だが風属性の扱う魔力の本質、分離が組み込まれていればそれは塵を塵以下に強制分解する殺意の魔法となる。
「っほ!っよ!っと!」
「っつ!」
だから避け、時には土塊や石を当てて消滅させる。魔法を使う模擬戦ではそんな殺意マックスな魔法はバカでなければ使わない、その例に漏れず彼女の魔法はただの風玉だった。
魔法を使う模擬戦とはサバゲーに似ている。何せ魔法使いの全力戦闘はそれがあの夫婦のように化け物じみていなくても街の一つは無くなるような殺し合いだ。使う魔法、魔力がそもそも物騒なのがあるが、この世界の魔法は『殺す』という事に対して最適化された『兵器』なのだ。
言うなれば訓練用ゴム弾じゃなくて実弾と爆弾で殴り合う様なものなのだ。
だから模擬戦には模擬戦の規則と規範がある。込める魔力を少なくする練習は魔力操作を、当てることができれば退場なのは魔法とは当たるだけで意味があるからだ。
「それでは、わたくしも打たせていただきますね?」
「ハハっ!もう結構!きついんだけど!」
足が止まる。
いや、止めさせられた!
「泥沼です。足を止めさせるのは当たり前でしょう?」
「っくは!そうだねぇ!」
足を止められた俺に風の弾丸と水の刃が襲いかかってきた。




