夜、尋問、夢
「はぁ…疲れた…」
なんだあの二人組、教官相手の時よりよっぽど死に物狂いだったじゃないか…いや、俺がいうのもなんだけどね?
「お疲れ様です。グラジオ様」
「様は禁止…いや、まあいいや、それで?」
俺は目の前のベッドに転がされ両手両足を金属製の鎖で固定された女性を見る。だが、すでに意識はないようだ。涙の跡が窓から見える月の光に映えるが…そこで興奮するような嗜虐趣味の変態ではない、香りから察するに何か面倒な薬草を焚いたようだが…
「はい、シロジロクサとタベンソウを2対1で混合した香です。もう薄くなってしまっていますが、気をつけてくださいね?」
開け放たれた窓から夜風が入る。火照った体には気持ちいいが毛布一枚の彼女にはいささか寒いだろう。俺はある程度換気が済んだのを見計らい、窓を閉めた。
「錬金術の成績が良くて助かりましたし、ここが比較的魔力が濃く薬草が生えているのが幸いしました。ある程度自白剤に対する訓練もしているはずなので精度は微妙ですが…最低限の情報は確保できました」
「ありがとう、いつになったら目が覚めそう?」
ジェシカさんは質疑応答を書き留めたメモを俺に渡す。
「ああ、おそらくもう起きています。狸寝入りで再起を図っているのでしょうが、魔力の活性化は流石にわかります」
いえ、普通は分かりません、少なくとも俺は寝ているジェシカさんと起きているジェシカさんを見てその魔力の活性とやらに差を感じれないよ…俺は黙ってメモへ視線を落とす。
『・依頼主は貴族
・暗殺教団の一部による独断
・標的はメイドの女と子供としか聞かされていない
・他にこの依頼を受けた教団員はいない
・黒衣の毒使いなど知らない
・別の暗殺者を数組見かけた』
…うーん、なんていうか…
「微妙だが、まぁ、ある程度予想がついていたことが確定事項になったから収穫はあったね」
「ええ、問題は…」
ああ、彼女をどうするか、だ。俺たち二人が視線を向ければその身体がびくりと震える。きっと何か恐ろしい考えが彼女の中で巡っているのだろうが…正直、無益な殺生という訳ではないが暫く殺しはしたくない、本当の本当にどうしようもない時や、必要な時だけで勘弁してほしいものだ。
それに今の俺は、バカみたいな異世界転生主人公にありがちな目標を見つけ、それのままに生き抜いてやろうと息巻いているところなのだ。
「ああ、それなんだけど、解放してしまっていいいと思う」
「…本気ですか?」
別に、それこそ脳みそまでお花畑な異世界特有の謎現象『敵が仲間になる』とか、そういう話を期待している訳でも、慈悲深さを誇示するためでもない、きちんと理由のある提案だ。
「まず、彼女も彼女の師匠だった彼も教団内の一派しかもその独断での仕事だ。成功すればなんとかなったかもしれないが、完全にしくじって、しかも見逃されたとなれば無事にすむはずがないだろう?」
「…ええ、まあ、普通に考えればそうですが…」
「さらにいえば、彼女、正式な教団員かすら怪しくないか?ダークも彼女の師匠のものより脆かった…っていうか、動きも最低限の体術のみ、短剣の動きは悪くなかったがその後の対処もかの高名な暗殺教団員にしては素人臭かった。それにそこらのチンピラも不意打ちじゃなきゃ倒せないような腕力だ。色仕掛けが専門だったにしても毒の一つもなかったわけだろう?」
「……まぁ、そうですね、魔力循環や操作もあの男に比べれば見劣るどころか比べることすらおこがましい有様でしたが…」
そう、彼女は暗殺者にしては何もかもが普通すぎる。いや、そういう暗殺者もいるというが、厳しい規律と統制で歴史を裏側から動かしてきたという超越者の集団、その構成員になるには本当にただ美人なだけなのだ。持ち物も銀貨袋(もう空)、ハイドキャットの革鎧くらいしか残っていない、自決用の毒も奥歯にあったものだけだったし、仕込み武器の一つもなければジェシカさん調べではデリケートな場所や胃袋などからも何も出てこなかったそうだ。
まぁ、そこまでするのはプロの中のプロだが、教団とはそういう場所だ。それ故に俺が導き出した答えは…
「多分、彼女は暗殺教団の関係者、というだけであって教団とは関係ないただの情報提供者って感じだと思うんだけど…」
「違う!」
俺が結論として彼女の立ち位置の推論を言い終わる前に彼女の絶叫のような否定が入った。だが魔力の励起も、操作もできていないようでただの金属鎖、それもさほど太くないそれを振り切れずベッドの上でもがく。
防音の結界などという高尚な物は備え付けてある訳ないし、風属性魔法や土属性上位の応用のようなことが出来る人材は今現在魔力が回復していない、それ故にジェシカさんが物理的に塞ぎにかかる。無論、抵抗などろくにできない彼女は猿轡をかまされることになるが…ふむ。
「図星か?」
「っつ!」
俺は溜息を吐きながらジェシカさんの用意してくれたハーブティーを飲んだ。
「睡眠導入作用のあるネムケソウと鎮静作用のある薬草数種の混合物で簡単に寝かせられるのは、助かりますけどね」
「はは!やってることが犯罪者みたいだ!」
「バカ言わないでくださいグラ様…はぁ、それで、本当に逃がしてよろしいのですか?」
実は水路でも度々しゃがみこんではポッケや鎧の隙間に草を詰め込んでいた彼女、俺が模擬戦をしている間も自白剤作ったり、今も睡眠薬もどきや鎮静剤作ったり、まるで薬師の様だが、実際のところ彼女が学園で学んできたのは錬金術、そして薬草学などである。なので、むしろこれが本業である。
治癒術師の様な直接的に傷を塞いだり、外科手術や奇跡の行使などはできないそうだが、化学と薬学は土属性魔法と相性が良かったから学んだらしい…そして近接戦闘を学んだ結果暗殺者モドキの様なスキルツリーの保持者になった訳だ。
真面目な顔で少し頬を膨らませて怒る彼女に俺はにやけた表情を引き締める。
「ああ、そのつもりだよ殺しても死体の処理が面倒臭いし、このまま連れ歩いても何がきっかけでどうなるかわからない、それならいっその事離した方がましだよ」
それに、あの反応の過剰さからするに彼女自身は彼の弟子でありたいと思っても結局はただの情報提供者、教団関係者の末端の末端なのだろう。遺品の回収も何もできていない彼女がのこのこ戻っていってもそれだけの組織が動くとも思えないし、情報も既に失敗したグレーゾーンの依頼をやり直すとは思えないし、他の暗殺者たちに渡そうとしても消されるだけだろう。
きっと、何か事情があったのだろうが、彼女は飽くまで闇に浸かりきれなかった半端な状態だ。あの師匠と呼ばれていたとこがいない今、彼女と闇のつながりを示す物は希薄になっている。
「まぁ、確かにそうですけどね?いいんですか?彼女が仇をうちにくるかもしれませんよ?」
たしかに相応可能性もある。だが俺は彼女自身が個人的に仇を返そうとしてくるならば…快くそれを返り討ちにしよう。美人のおねいさんに襲われるのはバッチコイ…では無いけど、殺されたくは無いけれど、殺したのだから殺そうと画策されるのくらいは受け入れようじゃ無いか?何せ俺は…
「ククク…」
「どうしたんですかグラ様、気でも狂いました?」
「いや、我ながら大それた夢を抱いてしまったなぁと思ってね?おかしくてつい笑ってしまった」
「…どんな夢です?確か今までは『生き残る』のが夢だと聞かされてましたけど」
彼女の問いに俺は胸から下げたE級冒険者証の金属的な冷たさと鈍い光沢を手で楽しみながら答える。
「『最強』だよ、子供みたいだろう?」
「…」
彼女は月明かりで逆光になり口元しか見えない状態でもわかるほどキョトンとし、そして遅れて笑みを浮かべた。
「いいじゃないですか、年齢相応の大それた夢で」
「だろう?いつかまたこの国に戻ってきても、もう俺が誰に身生きることを邪魔されず。あらゆる理不尽を我が物顔で踏み倒していくんだ…今はそれが俺の夢、目標だよ」
「ふふっ、いいですね、私もその夢を聞いたら俄然気分が明るくなりましたよ」
っと、余計なことを言ってしまったかもしれない、俺は今度から厳しくなるであろう修行メニューを想像しようとして、ぼんやりと考えに霞がかかってきたのに気がつく。
この香りは…はは…やはり疲れてたんだな…
「おやすみ、ジェシカさん」
「ええ、お休みなさいグラジオ」
睡眠導入作用のあるネムケソウの淡く甘い香りがふんわりとするハーブティーは雨の日の濁流の様に、荒々しかった今日1日の疲れと結びつき、俺の意識を刈り取った。




