後の祭り
さて、食堂にて甘味に舌鼓を打ちながら俺とジェシカさんは冒険者証の発行を待っていた。幸い寝床も冒険者ギルド内の宿泊施設、その一室を抑えられたので心配はない、懐は寂しいが、これから稼いでさっさとこの街から出よう。
…そう、思っていた。
「なんでこうなった」
「グラジオ!きみに勝負を挑む!」
「ガキィ!俺と試合をしろぉぉぉぉ!」
酒が入っているわけでもないのに興奮した様子でこちらに詰め寄ってくる男二人、赤髪くんとザックである。別に俺が彼らに何かしたという訳ではないのだ。ただただ俺と試合をしたいと言って絡んできている。本当にただそれだけの理由で俺の隣に座り飯を食いながら騒いでいるのだ。
お陰で俺とジェシカさんの優雅なスイーツタイムは粉砕され、挙句ザックの抑え役であるマリエさんと赤髪くんの抑え役らしい女子は魔力の低下でダウンしてしまっているために彼らの暴走を止められていない、このまま俺がガン無視決めていればそこらに飛び火しそうである。
ここで受けても受けなくても騒ぎななるようなイベントとか勘弁していただきたい、本当に俺はこの街で平穏に金を稼ぎ、稼いだ金で高飛びしたいだけなのだ。
…いや、そうか、いい考えが思いついたぞ!(迷走)
「俺はザック、アイザック・ドラグナー、エレメント王国騎士団を目指す騎士候補生だ!」
「僕はバッシュ・ブレイブ、勇気の加護を受けた勇者候補、の予定さ!」
「…はぁ、俺はグラジオ、君らみたいな貴族じゃないし金持ちでもないから苗字なんてないただの平民だよ」
模擬戦場というらしい昼間使った施設を解放してもらった。料金は彼ら二人持ち、残念ながら今の俺には手持ちがないし、どうやら二人ともちょっといいとこの坊ちゃんらしいので頼らせてもらった。
ドラグナーとは騎士の名家であり、エレメント王国騎士団最強と名高い『竜騎士』の与えられた姓、なるほどザック君の性格に合わないあの危なげのない戦い方は騎士の家としての英才教育と大楯と騎士槍を手に数多の戦場で敵を屠ったという彼の騎士への憧れもあるのだろう。
騎士団と宮廷魔導師団の中はよくもなければ悪くもない、この国は無属性と亜人以外には差別はないのだ。そういう意味では無属性と亜人がこの国の歪みを一身に背負う闇なのだろう。
ブレイブの方もなかなかの家だ。この大陸を襲ったという魔神という存在、今ではほとんどの文献が失われているが、それに抗い、女神と共に勝利しこの大陸を人類種の住める大陸にした『伝説の勇者』各国の王族や皇族にもその血が流れており、その血筋には多くの加護持ちが出たそうだが、ブレイブ家はよく言えば勇者に最も近く。悪く言えば王国らしい純化の極まった結果と言える。
この世界はすでに三回の人類種による大規模な戦争が行われており、ブレイブ家は第二次大陸統一戦争時に産み出された人造勇者を作るための加護持ち同士や強力な魔力持ちを手当たり次第に掛け合わせた。メイルリーンとはまた違う方向でやばい家だ。
そんな名家の男児2名が揃いも揃って元大貴族の嫡子である俺の前にいるというのはなかなかに皮肉が効いている。…まぁ、そんなことはどうでもいい、俺が彼らに付き合うことにしたのは彼らから技術を盗むためである。
片や大陸最強の騎士団の正統派剣技と槍技、盾術を一通り知る男、片や勇者の血族、加護というものの仕組みにも興味がある。とりあえず立会うだけではあるがわかることもあるだろう。
「んで、どうするの?お相手が務まるかそもそも不安なんだが?」
「ああ?それは挑発か?」
「そうだよ、あんな凄まじい戦いを、いや唯一中級冒険者と撃ち合えた戦士が相手不足なんて…むしろ僕が相手にならないかもしれないくらいだよ?」
…いや、買いかぶられても、二人とも初級冒険者としては異常な練度なのだ。
あ、うん。ブーメランだなコレは…まぁいいか、結局やるとその場のノリというか糖分の欠乏し気味な頭で返事をしてしまったのだ。なんとかなるなる。
「はぁ、じゃあやるけど…一対一でいい?」
「おう!」
「ああ!」
そこから順番を決めるために熾烈な戦い(じゃんけん)が行われたのはいうまでもないだろう。俺は斧を構えてただ待っていた。
〜〜〜
そもそも冒険者というのは単純な強さ、戦闘力だけが求められる職業ではなく。場合にもよるが、古代遺跡の碑文解析が完璧にできたり、人を動かすカリスマが異常だったり、何か一芸が極まれば冒険者としては中級レベルくらいまではいける。
それに上級冒険者というのは中級冒険者、つまり優れた才能を持ちそれを努力して伸ばした人が、そこから血反吐を吐くような思いをして武技や、学問を修め、未踏破、未発見の迷宮や土地、国を救うような偉業を成し遂げて漸くなれるような…いや、まぁ、国を救うとかは例外かもしれないが、とりあえず単純な強さ以上の物や他者を寄せ付けない圧倒的な強さが必要なのだ。
初級冒険者はせいぜい護身、できれば他者も守れる力、それに加えて身の程を知る能力やコミュニケーション能力などなど戦闘力は最低限あればよく。最も重要なのは模範的な振る舞いと常識である。
根無し草にそんなものを求めるなど片腹痛いかもしれないが、冒険者ギルドは冒険者一人一人がその組織の一部であり、評価につながる。そのためにこんな試験を課し、場合によってはジェシカさんが気にしている気配の薄い誰かなどが粛清しているのだ。
個であり、群であり、群は個を生かすのではなく個で群れを大きくする。
未踏の地に一番最初に入植するのは冒険者であり、冒険者ギルドが国家にも等しい力を持つのは国々に領地や権利、希少な品々を与えることができるからであり、それは冒険者という個が成し遂げた偉業を積み重ねた結果である。
開拓地に住み着く冒険者も多いが、その土地や権利を冒険者ギルドに委託管理させ自分は悠々自適なんていうのが上級冒険者たちの異常な稼ぎの理由であり、中級冒険者が死に物狂いで上級冒険者達を目指す理由だ。
強さだけなら上級冒険者の内の戦闘職、デイダラさんや他にも純粋な属性魔法使いなどはこの国の騎士と殴り合える程度であって余程の例外でなければ騎士団の一個小隊には簡単にやられる。
そう、あくまで対怪物、一対一を作ってハメ殺すような戦い方をするのが冒険者、戦争なんかで正面から敵を圧殺する騎士団の方が余程強いだろう。
だが冒険者も足並みを揃えさえすれば純粋な個人の戦闘力では上回っており、正直言って互いにぶつかり合えばどうなるかわからない故に国々はこの超国家的な、ある意味国の統治には不必要極まりない巨大組織を潰せずにいるのだ。
まぁ、覚えておけばいいのは、正規の騎士はマトモな戦いをするならば普通の上級冒険者とトントン、一部の頭おかしい騎士や頭おかしい上級冒険者は単体で幻想種を殴り殺せたり、敵軍を壊滅させたりするのでもう考える意味はない、という事だ。
〜〜〜
「はぁ…はぁ…!もう!いっちょお!」
「やるねぇ、いや、子供相手に、やりすぎじゃないかなぁ!?」
この世界は広い、そして本当に不平等だ。
ただの腕力ひとつ取っても他者と完璧に同じなんてありえない、前世では肉体の構造はほぼ同じ人間ならばほぼ同じだったが、人類種というくくりのここでは生まれで決まったり、魔力で決まったり、神様によって決められたりする。
斧の柄に感じる重さはバッシュのたぐいまれな、おそらく加護もあるのだろうが以上な身体能力を感じさせるし、ザックのそれだってデイダラさんが本気ではなかったとは言え、木の斧を使った訓練で一度だけ受け止められた一撃、それを彷彿とさせる重みがある。
正直、俺は魔力で常に肉体を強化し、無属性魔法で出力すら操って漸くである。普通に鍛えて普通に教えてもらえた彼らはそれだけで強いのだ。俺の強さは全て魔力と、かじってきた技術の寄せ集め、成長性も伸び代もあるといえば聞こえがいいが、逆にいえば全てが中途半端なのだ。
スタミナもさっきの戦いのものが回復しきっておらず。ザック達と既に4連戦しているが息が上がり始めてしまっている。
恐ろしい、俺はきっと本気で鍛え始める彼らに簡単に追いすがることはできないだろうし、彼らが成長しきった時にはきっともう英雄やら勇者やらと呼ばれる英傑になっているだろう。
俺はその時ただ生き残っていれればいい、本当にそれだけでいい…はずだった。
けれど俺はそこで一瞬でも悔しいと思ってしまった。
いや、前からだったのだろう。
デイダラさんやピーター氏にも勝てるような、あの身体をボロボロにするような戦い方をしてでも、なんでもいいから真正面から全てを粉砕できるような力が欲しいのだ。
逃げて、逃げて、人を殺して心も弱って…そうだ。俺は試験官ならば殺しにきはしないだろうとたかを括ってあの戦いに挑んでしまった。
いつ俺はこんなにも情けなくなったのだろうか?
「っ!」
剣を弾き、槍を弾き、盾をしのいで横薙ぎ一閃、彼らを吹き飛ばして漸く思う。
ひさびさに逃げ出さなければという脅迫概念や、恐ろしい怪物のようなあの家の魔法使いたちから離れて、そして漸く今井世界を見て回った後の夜、俺はやっと異世界らしい願いをおもいうかべられた。




