冒険者となる為に〜戦闘試験2〜
一瞬だ。
ザックが集中を切らし少し甘い防御をした一瞬だった。その一瞬さえあれば中級冒険者には十分だった。
「フゥー体いてぇー、じゃあ、次行くかー」
そしてアレだけの動きをして息一つ切らさず。それどころかようやく温まってきたという様な様相で次々に騎士候補をなぎ倒していく。それだけで異常性がわかる。ジェシカさんも少し粘ったが魔法への対処も見事なもので避けるのは当たり前、場合によっては魔力を込めた刃で切り裂いたりもしていた。
ちなみに、魔法使いは別に場所で試験を受けている。何やら壁を跨いで向こう側で爆発音やら悲鳴やらが響いているのであちらもあちらで悲惨なのだろう。
次に動きがあったのは赤髪の、ジェシカさんに絡んでいた人に絡んでいた人だ。
精悍な若者、というかサッパリ爽やか系イケメンである。手にしていたのはオーソドックスな片手剣、だが問題はそれを二本持っていたという事だ。
「ほぅ…なかなか変わった武器だねぇ、構えも様になってる…」
そこで試験官アルブレヒトは少し呟いたが、直ぐに構え直す…ではなく。
「それじゃあちょっと親切に行きますかね?」
盾と剣を戻し、彼が手にしたのは…短剣、しかも両手にである。
まるで真似してみましたとばかりだが、彼の存在感、なんとも言えないプレッシャーの様なものが増したことからこちらが彼の本来の姿なのだろう。
「っへ!冗談きついぜ」
「へへへ…まだ半分くらいだからな、そろそろ本気出さねえとおじさん怒られちゃうんでね?」
戦いの速度は先ほどのザックの時とは比べものにならなかった。
左右で全く違う軌道を描く剣が互いに急所や腕の筋、足の腱などを狙い合う。だが徐々にリーチで勝るはずの赤髪が防御に回り始める。短剣使いであるはずのアルブレヒトが加速していく。…理解はできる。赤髪くんはおそらく誰にも師事せずにここまできたのだろうが、野生的で自分よりも大きな相手を想定した剣には人間的な悪意と欺瞞、そして技術的な巧さに欠ける。
「っつう!」
「ほれほれ」
結果的にアルブレヒトは汗ひとつかかず。その巧い攻めを愚直に受けようとする赤髪くんは無駄な動きと消耗を強いられ手の平で転がされる様に、最終的には立つのもやっとなほどに疲労しきって倒れた。
常軌を逸している。
怪物とはまさにこの事だ。たしかに中級冒険者であると聞いてデイダラさんやピーター氏よりはましだと思っていた。だがその内実は本当にわずかに彼らより勝ち目の確率があると言うだけの達人だった。
双剣術は柔軟性、瞬発性そして何より俊敏性を売りにしている。肉体性能の限界が高い為に前世ではただの伽話だった肉体の完全掌握などもきっと極めた人物ならば出来るのだ。おそらく目の前の人物はそれをかなり高次元で修めている。
見れば彼の中肉中背に見えた体は腕と脚に筋肉が隆起し、ピッタリと体についたタイツの様な皮鎧はいつのまにか腹筋が見えるほどに張り詰めていた。そしてその全てが戦闘終了とともに引っ込み、元の形の戻る。ピーター氏やデイダラさんも肉体操作はある程度見せてくれたがここまで顕著なものは初めて見る。…いや、これは技術的に模倣された獣人並みの身体能力を得る『武技:獣宿し』だ。
『武技』とは肉体性能そのものの向上、特殊な攻撃、魔力による強化を含めてその技術の名を武技といいピーター氏の使う魔力の高速循環とそれに伴うあらゆる攻撃に魔力を纏わせその威力、衝撃、射程を強化する『魔闘術』もその仲間だ。
そして、アルブレヒトの使った獣宿しは極端に言えば肉体操作の末に筋肉を圧縮、移動して一定時間腕力や脚力など向上させ、自らに搭載できる筋力量を上げる事の出来る技術であり、修練の果てにある力だ。
「んじゃ…」
短剣をしまいこみ、戦闘態勢を解いたアルブレヒトの背後倒れた筈の赤髪くんがまるで獣の様に飛び起きた。やって来ていた白衣の治癒術師たちを吹き飛ばし剣を構え飛び込んできた。その瞳はまるで獣の様で、先ほどまでの爽やかイケメンが台無しの…いや、アレは…!?
「第2ラウンドの始まりだ」
「っがぁぁぁ!?」
振り上げられた剣は今の俺では捉えられないほどの速度で振り下ろされアルブレヒトの頭蓋を砕いた様な、鈍く思い打撃音が響く。だが、それで砕けたのは彼の頭ではなく…
「ぐうううっっっっぁあああああ!?」
「ま、すぐ終わりだがね…」
赤髪の方の腕だ。だが彼の蹴りによって折れ砕けた筈の腕はまるでネジ巻いたゴムの様にぐるぐると回転し元の位置に戻ったかと思えばまるで逆再生の様に回復していく。その瞳は赤く輝き、魔力がゆらめいている。しかし、赤髪がもう一度立ち上がることはなかった。試験官であるアルブレヒトがよろめき、今にも立ち上がらんとする彼のそばに近付くと背後から羽交い締めにし的確に頚動脈を圧迫する。いわゆるチョークスリーパーという奴だ。
先ほどの脅威的な身体能力で振りほどくのかとも思ったが、体を回復したことによってか鈍った動きは酸素の供給が減っているからか肉体の動きそのものが鈍り、なんとか赤髪は腕に摑みかかるがそれを最後に目の輝きを失い、腕がだらりと下がり、全身の力が抜けていった。
「ひ〜、めんどくさかったぜまさかとは思ったがありゃなんかの加護か呪い持ちだなぁ…」
「ええ、とりあえず拘束して運びます。」
倒れた赤髪を白衣の治癒術師たちがグルグルの簀巻きにし担架に乗せて運んでいった。
アレが『加護持ち』か…街に出ればいつか会える。そもそもこの世界において何かなを残す様な偉大な功績を残す者は神からなにがしかの力を恩寵として受け取っているものが多い、それは大体今の魔法では再現できない超常的な能力であったり、超人めいた身体的特徴、などなどを持ちそれを人々は『加護』や『呪い』と呼ぶ。
…なぜ二つ言い方があるのか、それは簡単だ。加護持ちはその窮地、特に命の危機などにそのスペックを大きく超えた能力を強制的に引き出され、最悪の場合その存在を存続することやなにがしかの役割を全うする事を強制される。人々はその能力と神に操られているかの様な様に敬意と哀れみをもって『加護』と『呪い』という背反した呼び名を彼らに対して付けたのだ。
恐らく彼は試験官との戦いによって漸く死にかけたのだろう。今までどこにいたのかは知らないが、まぁ、普通に比べて加護持ちはどんな生まれでも教会に引き取られてしまいさえすれば大切に育てられることが多い、だからそれも仕方ないのかもしれないが…この程度で死を感じるなんてなかなか敏感な若者である。
「ぐあ!」
「ハイ次ー」
冒険者とは巨大組織の一員になるという意味もあるが、別側面からいえばその不定形な組織の管理下にいるという訳ではなく。あくまでそれが斡旋する仕事や依頼をこなせる様になる。と言うだけの身分だ。その名の通り冒険するもよし、傭兵などの様にその腕っ節を売りにするもいい…だが、この様な不安定で自らを自らが守らなければならない様な世界に飛び込む若者の多くは…
「あべし!」
「はいはいー」
剣の切っ先を向けられてもなお、その運命、この仕事、そこの近くに死があると言うのを理解できていない、言い換えれば無謀であり、命知らずなのだ。
だが、そう言う鈍感さと命に対する感覚の繊細さ、その背反する様に見えてまるで違う二つの感覚を持たなければならない、赤髪くんには酷かもしれないが、彼に冒険者としての素質はないのかもしれない、少なくとも、俺は試験程度で命の危機を感じる様な仲間を作りたいとは思わないね!
「さぁ…I45番、この場で最年少な君の番だ」
笑みは軽薄だがその瞳が俺の技量を見抜かんと輝き、構えと体の調子から察するに …とりあえず、どうにもほぼ最高調になった彼と戦う羽目になるのは俺となってしまったらしい、はぁ、不運だ。




