冒険者となる為に〜休憩〜
「酷いですね、グラ様」
「いやいや、あの勇者様のような勇気ある。もとい面倒を起こしそうな出来事にはできるだけ絡まないようにするタチでね?」
先程見捨てたジェシカが頬を膨らませている。可愛い、ついでに周りから俺の存在に対する意識が高まる。…あぁ、面倒くさい、王都近くで面倒になるとそれこそ捕捉率が上がっちゃうんだよなぁ…無意識に漏れ出そうになる魔力を意識的に抑え、彼女が持ってきた茶を飲む。
ここは食堂、冒険者ギルドの全面部分、依頼などを受けるカウンターや掲示板のある場所から少し進んだ場所だ。別名酒場、実際ランチの時間帯には少し遅いとは思うがもう酒を飲み始めているものやそもそも朝から酒を飲んでいるのであろう酔っ払いなどがそこらにいる。
休憩時間は30分、まぁ実際はギルド側の準備のための時間だ。
ギルドにおける冒険者登用試験は日に2回行われており、平均2、30人が受けるらしいが、平均はあくまで平均、この春…まぁ水の季節なのだが、故郷から飛び出して冒険者になろうという若者が多い日は今日のように数百人という単位になる。これも狙い通りだ。閑散とした風の月やなんかに入ればギルドが情報開示を求められた時に一目でわかってしまう。そういう点で言えばすぐに登録に踏み切れる水の月が成人の儀式の日に選ばれたのは…おそらくさっさと追い出して消してしまいたかっただけだろうが、都合は良かった。
「ところでグラ様」
「様はやめたほうが良いよジェシカ、注目されるし、何より特徴的だ」
様、継承を子供に対してつけるというのはいささか不自然さが過ぎる。鈍感そうな赤髪の彼やバカもこちらをちらりと見ている。
彼女は咳払いを一つして切り替えた。
「グラジオ、それでどうします?」
それが何を指しているかは俺もわかるが…はて、本当にどうしようか?
せっかく30分もあるのにほかの候補者達のようにパーティーの算段をつけるでもなく。頭を悩ませるのはあの女暗殺者の事である。
「一応は対処してあるけど…」
「いっそ放ってしまうというのは?」
「それじゃあ戦った意味がないじゃ無いか」
「では…片付けてしまいますか?」
「…」
彼女のいう片付けるがどういう意味なのかは分かっている。だが、覚悟なく殺してしまった俺が続けて彼女を殺すのは心情的に難しい、人と人は殺しあわないように出来ているのに殺しあう矛盾の生き物だ。
だが生物的に、身体的にそれらに慣れても感情的に心情的にそれらに慣れるのは難しい、多くの人は慣れているのではなく。麻痺しているのだ。
…俺のそれはまだ麻痺にも至ってない、自分で思うほど動揺は後に残っていないが血、傷、肉、そう言ったものに多少なりとも反応が出てしまう。ステーキを齧る冒険者を見て怯えるというほどでは無いが、実際に人を傷つければどうなるか…自分でもわからない、予測はできるが感情や心はいつも科学の先を行く。安心はできず。収束はしないのだ。
「…私が…」
「それはダメだ。絶対に、貴女に俺の代わりに手を汚して欲しいからついてきてもらったわけでも、仲間になってもらったわけでも無いんだ。」
彼女が何かを言いかけるが、俺はそれを強く断ずる。いや、彼女は俺の迷いを自分の責任であると思っているらしい、実際には人を殺したという当たり前に異常な事態を前に感情的に落ち込んでいるだけ、なのだが…形の上では俺が彼女を助ける為に殺した。
だが俺はそれで自分以外が傷ついて欲しく無いと思った。自分や仲間を、ジェシカさんを傷つける奴は死んでもいいと思えるが、俺が負った疵は俺の傷跡である以上の意味を持って欲しくなかった。
それが傲慢であり、助けられたと思った人に通じない気持ちだとわかっても、そう思うことをやめられないし、前世の倫理に引っ張られた今の感情はひどく曖昧に人を傷つけることを嫌う。
前世で殺しは人の犯すことのできる禁忌のトップには入っていた。それ故に殺しという禁則を破る快感に溺れる狂人が湧くし、物理的に最も他者を傷つける方法だった。
だがここでは違う。それがまだ。受け入れられないのだ。
「…今は眠っているし、眠らせてる。ほら、もうすぐ次の試験だ。」
「…ええ、そうですね、私も少し急ぎ過ぎました。」
きっと他の人たちには俺たちの会話はちぐはぐで、曖昧で、まるで見えない意思を互いに当て合う推理ゲームのような滑稽さをもって映っていただろう。
だが、今の俺と彼女はそれだけでよかった。
明確な形にしてしまうと俺たちはひどいことをしゃべっているのだ。
『一人の人間を生かすか、殺すか』
そう聞こえればまだいい、だがきっと、人を殺したという禁を一度でも犯した人の中ではきっと違うように聞こえるだろう。
『捨てるか、片付けるか』
まるで生ゴミの処理方法でも尋ねるような気軽さでもってそれらは検討され、うやむやになった。そういう風に聞こえたかもしれない、そんなつもりはなくても、きっと同じことなのだろう。解剖実験が終わった後のマウスだった残骸を気持ち悪そうに捨てる人と知識という血肉を与えてくれたと感謝する人、同じ死骸、同じ結末なのに何故こうも違うのだろう。
いっそ全部が全部同じ重さならば、世界はもっとわかりやすかったのかもしれない…
……ちょっと考えが後ろ向きに流されすぎた。生物学者を志すものとして酷い差別だ。命は全て同じ物だ。たとえ自分と同じ形で、同じ言葉を喋って、同じように懸命に生きていても…その存在はあらゆる生命の起源が同一であり、そのあり方が進化によって変わっただけで本質は同じなのだ。
比重は変わらない、だが手にした重みは違う。
メスよりナイフが重いように、俺の手には明確に、マウスよりもあのミンチの方が重く感じたのだった。
ジリジリと鐘がなる。
休憩は終わりだ。
じっと見つめた掌を開け閉めしてそこに何も無いのを確認してから俺は中庭というには大きすぎる闘技場めいたひらけた場所に出た。




