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定義とは曖昧なものだ


吐く、吐く、吐く、泣く喚く叫ぶ。


前世で動物を解剖した時は達観していた。

この世界に来て獣を狩った時は感謝をした。

だがこれはない、来てやってしまう日はくると思っていたが、あまりに急すぎた。




とうとう人を殺してしまった。

目の前がくるくると回るなんていうこともなければ非現実的な妄想が聞こえるわけでもない、ただただ現実として自分が人間をミンチにしたというと意味不明にして理解不能な奇々怪々な直視せざる得ない事実があるのだ。


混乱、後悔、呵責、そんな物が俺の中を通り抜けて…やがて落ち着いた。否、落ち着いてしまった。とりあえず俺の脳みそは緊急の処置であったということで押し通すつもりらしい、自分のことを攻めすぎて壊れるような繊細さはないし、ある種この世界に来て、あの扱いになって、少なからず俺にとって人を害するというのは近くに来ていた。


だが…

「グラ様…」

彼女の声だ。そうだ。彼女は無事なんだろうか?

「…あ、ああ、大丈夫だったか?みっともない姿ゔぉ!?」

無自覚系着痩せメイドッパイの襲撃である。チミドロドロで混乱した頭が一挙に押し寄せてきた幸せの感触のためにピンク色めいた異次元の色彩に置き換わっていった。

幸いにして水路に吸い込まれていった俺の胃液やらなんやらは一瞬で浄化され、顔と口をすすぎなんとか落ち着いた後だったから良かったものの、そうでなければ彼女が汚れていたし、そもそも俺がもし錯乱でもすればどうするつもりだったのだろう。

いや、だが、何故だろう。先ほどまで人の暖かさという物を物理的に感じていたというのに、俺は今ようやく人の暖かさに触れている気がする。


俺は泣いた。俺を抱えながら声を殺して泣く彼女の体は震えていた。



「失礼、しました。取り乱しました。」

「いや、こっちも…覚悟が足りなかった。」

とりあえず赤面、謝罪のコンボ、メガネ系美人ポンコツ暗殺者風メイドがやると荷電粒子砲並みの威力だ。


だが、やはり衝撃が残っている。手に震え、混濁した思考、同じ形で同じ言葉をしゃべるだけの有機物の塊であるとか、クソ袋とか、そういうぶっ飛んだ考え方をできるとは思わなかったが、逆にいえば命を奪うという本質はわかっていたのに同じ部分が多いだけでここまで動揺するとも思わなかった。

思い出さずともわかる。血の匂い、肉や骨の潰れる感触、血の温度が下がっていく様、目から光が失われていく様、やはり死とは怖いものだ。そういう世界(ファンタジー)に来てしまったのだ。


なれるべき…なんだろうか?



悩みは尽きないし手も震えているし気持ちも悪いが、進まなければならない、いつも動物や魔獣に感謝をするように、殺した何某かに祈る。祈るように思うのは彼らの分は余分に生きなければと思う心とこれからの安全だ。

ジェシカさんは魔力を5分の1ほど消費した旨を俺に伝え、現状からゴールまでの道を割り出し直すと少し早口気味にいう。

「どうしますか、このまま進めますか?」

「ああ、行こう…いや、その前にやっておくべきことがある。」

進むかという問いに対する答えはイエス、だがやるべきことがあるのだ。


俺はかがみこみまるで最初から何もなかったかの様に綺麗になってしまった。黒い布を被ったミンチを漁る。どうやらある一定の大きさのものは浄化もとい消滅させられることもなく残る様だ。

ガサガサと漁ると懐からは瓶とメモ、そして発破袋が出てきた。

気分悪いがメモを開く。

『長い茶髪の子供とメイド服の女』

なるほど、なるほど…これはまた簡単な説明と手書きの人相だ。だが逆にいえばこれを崩せば狙われる確率は低くなる。だが…うえ…今それほど持ち物がない、どうしたものかなぁ…

えずきながら考え込んでいるとジェシカさんが優しく背中を撫でてくれた。

「どうしました?」

「いえ…っつうp…ちょっと変装でもして戦闘を避けないとここを抜ける前に、どうにかなってしまいそうで…」

「なるほど…」

正直言って彼女も顔色は良くない、だってそうだろう。いくら魔法を武力として国の機関で教育を受けてきたとしても彼女はあくまで学者であり、実践派とは程遠い、血の匂いも死体も見たこともあるし経験もあるのかもしれないが見慣れてはいない、今も彼女の俺をさするては震えている。

だが彼女はその思慮深い瞳を一瞬伏せて…唐突に服を脱ぎ始めた。

うん、服を脱ぎ始めた。

「おわっ!?」

「周囲の警戒をしておいてください、少し準備をしますので…」

そう言って彼女は水路の壁を少し窪ませ中に入り、光と空気のための穴が空いた土壁を被せた。勿論見てない、だがこれだけ至近ならば魔力と音で大体のことはわかる。





「え?」

「ですから、今から僕は『ジャック』君は『グランデ』、僕は貴族の次男坊で冒険者モドキ、君はそのお供、完璧じゃないですか?」

水面に映る俺は伸ばしっぱなしにしていた茶髪を後ろでまとめたいわゆるポニーテール、服は落ち着いたロングスカートのメイド服、中身はかぼちゃパンツに換装された。顔はちょっと唇に朱をさしただけで5歳児とはいえ未だ幼児、それゆえの中性的な印象もあいまって少し男勝りかもしれないが完璧に女の子だった。

うん、女の子だった!

そして俺にそう語りかけてくる青年の様に見える彼女は勿論ジェシカだ。武具生成の術式を使った冒険者っぽい装備を身に纏っている。さっきの黒ずくめのちょっとアレな布を切り裂き武具生成で作った部分鎧と結合し直したハリボテだが、見た目は中級冒険者だ。肩まであった髪をバッサリと切り、声をややハスキーにするだけで顔は変わっていないがもともと整っていたのもあって美形の男子に見えなくもない、もし男装の麗人だとバレても俺がこの形だ。問題はないんだろう。


「では、行こうかグランデ」

「え、ええジャック様!」

ああ、だけどいくらかマシだ。別の何かを演じていれば少しは気がまぎれる。

はぁ…情けないなぁ…

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