そういえば…
王都地下下水網は広大であり、複雑だ。正直言ってある程度の筋書き通りライゼンバッハ川に叩き込まれなかったらおそらく今俺たちは此処が何階層の何処なのか調べていただろう。だが、今俺たちはほぼ一直線にゴールに向かって進んでいる。まぁ、多少の修正や位置確認はしているがそれでもやはり先人の知恵、知識とは力である。
「…」
「…」
…だが、それでも暇になる。さっきまではこれからの計画の確認やら何がどれくらい追跡してくるだろうかとか、色気もへったくれもないが少なくとも会話があったし、バケネズミやらなんやらによる襲撃もあったのだが…それにしても、なんというだろうか、ぶっちゃけてしまえば暇なのだ。
正直言ってただただ薄暗い通路を歩いているだけなので本当に何もない、魔法的な仕掛けや知識欲をそそる品物も何もない、暇なのだ。
暇で暇で仕方なかったので…俺はいくつか気になっていることをジェシカさんに聞いてみた。
「ねぇ」
「はい、なんですか?」
「ジェシカさんの苗字はどっちが正しいの?」
「……」
彼女は少し考えたように腕を組み、そこから少し間を開けて口を開いた。
「そう…ですね、フラウロスもランドウォーカーもどちらの苗字も私の名であるということは確かです。正確に言うならば生まれがフラウロス家と言う零細貴族だったのですが、ちょっとしたお家騒動の後養女に出されまして、それが非常に幼い頃だったものですから育ちはランドウォーカー家で、戸籍上では一応フラウロス性なのですが、自覚としても他者からの評価としても私はランドウォーカー家の人間でした。」
彼女は自分で自分を確かめるようにそう言った。
生まれの家と育ての家、なるほどそりゃこじれる。というか書類上では彼女はフラウロスだが、精神的にも対外的にもほぼランドウォーカー…苗字が違うだけで人間の所属意識というのはだいぶ変わるしそれが子供の頃からずっとならなおさらだ。
「すまない、デリカシーがなかった」
何故かと聞かれればきっとどうとも答えられないだろうが、俺はちょっと言いにくいだろう事を聞いたので反射的に謝っていた。だが、そのせいだろう。彼女は少しムッとした顔をしている。
「なぜ謝るんです?」
「え、いや、なんというか…」
「別に生まれで苦労したわけでも、なんでも無いんです。そんな風に謝られると私が気の毒な人みたいでしょう?」
…そうか、いや、そうだな、当たり前だと思っていた事を蔑まれたりするのは当然嫌だが、それと同じくらい憐れまれるのも嫌なのだ。それが当たり前なのだから当たり前に受け入れなければならなかった。反射だろうがなんだろうが謝ったと言うことは俺が彼女を哀れんだとイコールだ。
「…配慮が足らず申し訳ないです…」
「…」
今度は誠実に謝ろう。誤った事を謝罪し正すのは過ちを犯した何者かにできる唯一の行為だ。少なくとも人として過ちは正すべきだ。
「ま、いいですよ、よく謝られますし、悪気はないでしょうし…」
「ありがとう」
「けど…そうですね、あとでちょっとお気持ちを頂きましょうかね!」
「ああ、もちろん俺ができる範囲でな?」
「ええ!勿論!」
…なんでこんなに目を輝かせているんだろうか、ッハ!まさか俺に例の魔導書を!?だが彼女の荷物はそんなにないはずだ。いや、ここは異世界だっ!マジックポーチ的なものとか、そういう術式とかがあるかもしれない…あ、俺詰んだかも…
ッハ!まぁいい、それはいい、今は関係ないし俺に協力してくれている彼女がそれで俺の精神を粉砕してくるにしてもメリットがあるときだけだろう。問題は…
「…半分くらいか」
「ええ、そうですね、今のところ魔獣も少ないようですし、戦闘音もしません正直言って拍子抜けですね」
うん、そうだね、ヒマナンダヨネ〜
だけどこれ以上地雷を踏みぬきたくないなぁ…そんな呑気な事を考えているとこの地下水路に来てからはじめて戦闘音らしきものが聴こえてきた。
「…グラ様」
「うん、避けて行こうか」
「いえ、この先はどうあがいても一本道です。そして…不味いですね先程から一定の距離を保っている魔力波長があります」
えぇ!もっと早く言って欲しかっ…ダメか、俺がそんな事を聞いたらジェシカさんのように完璧にいつも通りな挙動をすることなどできないだろうし、いや、そもそもジェシカさんはどうやって大気の魔力やらなんやらがある中他者の魔力波長を拾ってるんだろうか、今度教えてもらえるか聞いてみようかな?
…おっと、そうじゃないしそれどころじゃないな、もう少し深刻に考えよう。前には人、後ろには暫定暗殺者、そうなれば…
「片付けたほうが早いかもしれないかな?」
「正確に申し上げますとそれしか道はありません」
疑問形ではなく確定した未来だったらしい、俺は飛来してきたナイフを魔力障壁で受け、掴み取る。光の反射を極力少なくした黒塗りの短刀、某アサシン風に言えばダークという奴だ。これを投げるってことは…暗殺教団の暗殺者、いくつか候補がある中で最も古く。最も伝統ある暗殺者ギルドだ。
距離は近いが、まだ見えない、だが確かにそこに存在している。魔力の光はない、と言う事は肉体強化ではなく循環による肉体性能の底上げをしているのだろう。
「…っ!高速でこちらに近づいてきています!数は二つ!」
「OK」
魔力を右腕に回し調律する。さぁ、初めての対人戦か…俺の良心とやらの底が見えそうだ




