俺の肉体がちょっと可笑しいのは間違っている。
風の月 2の十日目
漸く、筆が取れるようになった。
いささか退屈な時間だったが、それでアレだけの出力を出した俺の肉体が修復できるのならば安いものである。
いや、というか諸々の怪我や病状を聞けばよく治ったものだと感心する上にこれほど短期間に治るなどあり得ないレベルの物だった。
戒めとして残しておくべきかかなり考えたが、やはり書き残しておくべきだろう。
肉体面
筋肉断裂及び疲労200箇所以上、重度の疲労骨折20箇所、内出血、臓器機能不全、魔力精製機能不全、神経系の焼きつき及び重度の過負荷による意識の途絶、などなどしめて30の重大な肉体機能の不全と5つの後遺症を含めた全35症状の合併
精神及び魔力面
超重度な魔力枯渇、重度な魔力中毒、魔力路及び魔力炉の過剰仕様による断裂及び変形、などの一つでも起きれば魔法使いとしてどころか人間としてアウトな廃人直行コースコンプリート
いや、マジよく生きてた。俺、どうやら思考加速状態で魔力炉から魔力路へ魔力を練り上げると通常時に比べ100倍の速度を要求され、焼きつきなどが発生し魔力障壁や肉体強化にムラができてしまったらしい、そして今でも残る後遺症が5つあり、それぞれ右耳の聴覚の一時的消失、左目の一時的な失明、魔力精製能力の一時低下、魔法行使力つまり現実改変能力の一時的な低下などなどあと一週間から一ヶ月の投薬と治療で解消できるものが四つあるのだが…ひとつだけ、これから先治ることはないだろう後遺症を受けてしまった。
それが俺の今の右手、というか魔石刃を発生させた掌に発生した異物、右手の掌から手首にかけて魔力路が浮き上がり魔力を通すと発光する。そして掌には魔石と良く似た宝石のような物が発生していた。症例は無いらしいがジェシカさんやデイダラさんが言うには魔獣の持つ魔石、その中でも極めて小さな物であるらしい、つまり…どうやら魔力過充填魔石の一部が俺の体内に入り込んでしまったということだ。
まぁ、他の四つのせいで極めて不便な生活を送っているが、この掌の魔石のような何かが俺の低下した魔力精製機能の一部を肩代わりしているようで肉体強化などに使用する魔力をまかなっている。
いや、というか問題はそこでは無いんだよワトソン君、可笑しいとは思わないか?
挙げ列ねた俺がいうのもなんだがどれこれも人間が比較的頑丈なこちらで考えたとしても良くて即死みたいな怪我ばかりである。ここでまた出てくるのが俺の母親であるアナスタシア、彼女の家の目的とそれに即して生み出された失敗作であると言う出生の問題だ。
いや、まぁ、考えたくは無いしそもそもいくら狂人だろうとそこまでするかとは思う。なにせこの国は亜人やらなんやらを排斥している人間至上主義の国なのだから、大貴族の当主たる彼女が人種でないはずがない、ならば答えは簡単だ。
『ナニカサレタヨウダ…』
もとい、そもそも産まれた時から何かしらの調整がなされたのだろう。だが、一体何を、俺は一体なんなんだ?…とまぁ、色々と考えては見たがさっぱりわからん、そもそも前世だろうがなんだろうが哲学的にも学術的にも人間という存在について人間自身が考えるというのは往々にしてある事だ。
そしてそれに対しての答えは出ない、少なくとも自分自身などという変転と矛盾を抱えた俺はそんな事を考えて中学二年生を過ごし、そのうちそんなことはどうでも良いのだと気づいたのが大学二年の最後の最後、俺が死ぬ前の事だった。
ま、それもそのうち変わるんだろうが、それはいい、うん、というかそんな精神的な問題では無いのだ。
今俺が問題としているのは俺という存在が物理的にどのような存在なのかという事だ。
バッタでライダーな仮面何某よろしく悪の組織やらなんやらかんやらに改造された末…とか、いろいろわかり切っていればいいのだが、現状俺がそれを知ることも調べることもできない、別にもうすでに廃嫡同然というか、命を狙われているので今更彼らの部屋や研究室に土足で上がり込んで茶をしばこうがなんだろうが関係ないようにも思えるが、こう見えて表向き、というかほぼ真っ黒な裏の裏の裏みたいな状態でだがマジで一応彼らに生かされているのだ。…まぁ、支給されてくる食料やらなんやらにことごとく毒が入ってたり、ジェシカさんに揺さぶりをかけて毒を盛らせたり、そもそも最近1っヶ月経ったのに今だに屋敷からなんの沙汰もない為に物資も何も無いのだが、彼女の用意した家に住んでいる以上、彼らと同じように情やなんやらまでなくした末に義理も通さなくなれば人間として終わりだ。
かといって伺いを立てることもできないのだが…はぁ…ま、とりあえず丈夫に産んでくれたということで感謝しておこう。幾ら考えても仕方がないしな…
「グラジオラス様〜ごはんですよ!」
「おう、坊主!早くしねぇと無くなるぜー?」
「失くすの間違いでしょ!今いくよ〜」
下の階からベルが鳴り響き、弱った耳にもきちんと届いた。片方見えなくても戦闘などにならなければ意外となんとかなるのと、過去にストレス性の難聴になったのもあって俺はのしのしと階段を下り食卓についた。…なんだか、この瞬間だけ見れば屋敷よりもずっといいところに、信頼できる人たちと暮せて居るというのに気がつく。
つくづくあの豪奢な屋敷が合わなかったのと、常にまとわりつくような殺意や悪意に濡れていたのだ。そう考えると実は追放されて良かったのかもしれない…ま、だが今は…
「食うか!」
「はい、お召し上がりになってください…きちんと五大神様への祈りも忘れてはいけませんよ?」
うん、やはり俺はこちらの方がいい、そして俺はこれだけの代償を払ってでも俺がこの場所を守りたかったのだと、今更ながらに気がついた。




