神秘に見えるは人の幸福
「あははっ!成功よ!遂にできたわ!」
彼女は踊っていた。赤子を抱きかかえ、まるで首の座っていないその子供と瀟洒な社交の場に出たように、まるでワルツ踊るバレリーナの様に、あるいは時計の様に手を伸ばしクルクルと回る狂人の様に、足元に広がる血液と死体の山の上で彼女は踊っていた。
「あ…ナスタシア…貴、様!」
「あら、まだ生きていたの?流石のしぶとさね?ガラフ・A・フレイアール卿?」
以前よりもずっと高くなった声で喋りかける。その顔には童女の様なというより童女そのものの様な笑みを貼り付け笑っている。よく見れば倒れている者の多くは総じて元から精気の抜けた様な、そもそもが死んだでいた様な、死体だった様な顔の中に1人だけ、ガラフだけがかろうじて痩せこけた程度の顔で倒れていた。
「俺の屋敷で、俺の財産で何をした!何をしでかした!」
「あらやだ、そんな怒らないで頂戴な?旦那様?」
赤子を抱く手もふっくらと柔らかく。まるで童女の様である。いや、童女の様で、では無い彼女は…
「ちょっと若返っただけじゃ無い?」
「どこがだ!まるっきり子供では無いか!」
「ふふっ、ちょっと余ったから使ったけれど意外と効くわね?『龍の血』は」
「…貴様っ!まさか!」
待て、待て待て待て、何をしたこの女は、いや、この愚かな女は何を犠牲に何を生み出した!…落ち着け、わかるはずだ。この目の前の惨状が全てを物語っている。
一ヶ月前からあらゆる人間を屋敷から遠ざけたと聞いて愚かな獣人どもとの戦いにひとまず蹴りをつけて飛んでくればこのザマだ。もはや迷うことは無いだろう。
「我が家の秘宝、我が家の秘術を狙ってきたかこの女狐がっ」
「ええ、ええ、最初からそのつもりでした。バカですねぇ…気がつかなかったんですかぁ?」
気がついてはいた。だが家の格差、元来からの確執やこちらの落ち度、あらゆる外堀を埋められ俺の家での影響力はことごとく削られた。いや、わかっていたのだ。五色の魔力を純化しより優れた属性を作ることを目的とした魔法貴族、その大家であり王家の血筋も流れるやつの家『メイルリーン』海の意味を持つ奴等は全ての家の血筋の源流、水魔法の大家としての表の顔があまりに完成されているが、奴等の真の目的は七色の始祖と呼ばれる魔法使いの始祖の再生、そしてその力の獲得だ。
それ故に魔法使いの大家にして始祖にして異端、国内の術式や魔石、経済など魔法技術によって栄えた我が国のほぼ全てを掌握する王家の分家にして公爵家、婚姻が結べるのならばどの様な条件でも良いというレベルの凄まじい家が最初から一目惚れだのなんだので娘を送りつけてくるわけがないのだ。
「フレイアール家の持つ領地、その活火山帯の奥の奥、隠された秘境に祀られし異教にして異界の神、『赤き龍』の血、フレイアール家が火に精通し魔法使いとして最初に概念に手を掛けたあなたたちの話は50年前の叙勲の時から知っていたわ、ま、勿論私はそのとき生まれていないのだけれどね?」
「っく…」
まさか家でも直系しか知らない筈のその存在すらの掴まれているとは…いっそ計画通り過ぎて滑稽な程だ。だが此処で俺がそんな反応をしてはいけない、ガラフと言う男は純然たる属性魔力至上主義者であり、傲慢ながら努力家の誇り高き貴族でなければいけないのだ。
ならば俺がいうべきは…
「よくも、よくも我が家の家宝を!秘術を!穢してくれたなぁ!」
「ウフフ…いいわねその吠え面、けれど今度からそれを見ることもできないなんて残念よ?」
彼女の手に握られていたのは宝玉、宝石の類は元から魔力を持ち、魔石とは違い魔力そのものではなく魔力の持つエネルギーを充填することでさまざまな効果を得られる。その手に持つのはザクロの果実のような、赤い石、ガーネット、その意味は…
「この石の意味はねガラフ、様々有るけど私の込めた魔力は…忠実、よ?」
その石を彼女は俺の額に差し込もうとし、俺は咄嗟に肉体を炎へと変じて屋敷の外に脱出した。驚いたのか、それともこれほど多量の魔力を失った俺がここまでの動きを見せたのが意外だったのか一瞬遅れたが彼女は赤子を抱えたまま窓を突き破り、外に出た。そして俺は手にした忠実の意味を持つガーネットを塵に帰した。
「バカが、この程度の魔力消耗で動けなくなるものか、貴様がどう出るか観察するための擬態だよ」
「…あら…あなた、腹芸はあまり得意じゃ無いと思っていたのだけど?」
勿論、ガラフは直情的な男だ。だがそれ故に武人的な正直さと意地の悪さを持っている。今の俺はこの緊急事態に限りなく戦闘に近い思考をしているのだ。社交界などでいるときにこんな闘気を撒き散らしていれば非難されるだろうが、今は違う。この屋敷全体が殺意と悪意に濡れている。
「…」
「…」
魔法使い同士、それも正反対の属性同士にして熟達した使い手同士の撃ち合いは一瞬で決まる。
「炎よ!」
「凍れ!」
ドゴォォォォォ
遠くから大量の魔力が放出されると同時に破壊的な衝撃波が襲い来る。見れば屋敷が氷と炎に覆われ周りの魔獣など意に介さず膨大な魔力と強力な術式魔法の撃ち合いが始まっていた。
「っく、今度は一体なんだってんだ!」
「まずいですね、旦那様とアナスタシア様が魔力放出しています。しかも前回とは比較になりません!」
「グラジオラスとピーターを背負って地下室に行くぞ、あそこでダメだったらもう駄目だ!」
満身創痍極まる彼らは負傷者を抱え家の地下室に転がり込む。一拍おいて魔石の爆発で死んだディノザオリアが魔力によってアンデッドと化し復活したが襲い来た冷気と完璧な静止の世界の波動に氷漬けになった。




