run like the wind!
過充填魔石を乱暴に手に取り、魔力を無理やりにまっすぐ放出する。過剰に強化された脳はその負荷をかけられたままでも疾駆を可能とした。この領域内の魔力を吸い尽くし、それでもなお周囲の魔力をかき集めながら、光り輝く刃を手に、足を踏み出した。
速い、速い、速い!
周りの物がまるで遅い、竜巻すらも鈍く見える。あれ程脅威に感じていた全てがまるで路傍の石のようだ。これが俺の切り札、俺だけの、俺だけが使える必殺技、障壁が削れながらも中身に支障はない、骨や筋肉が千切れ折れる間も無く再生されていく。
全能感、きっとチート持ちのやつらはこんな物をなんの対価もなしに振るうのだろう。
それがどんなに気持ちがいいことか、どんなに気分がいいことか、そして何よりどれだけ自己中心的か、解った。分かってしまった。なにせ俺は対価を払いこの今ひと時のみこの絶大な力を振るう権利を手に入れた。これが神から与えられたなんのデメリットもない能力だったならば大抵の人間は溺れる。
驕り高ぶり、気の向くまま気の済むように力を振るい、何の気なしに全てを壊して何事もなかったようにそこを去る。そこに何か考える余地など挟まなくていいし、自分がしたいことをしたということ以上に愉悦がある。
目の前の奴がどうして地上に降りてきたのか、それはある種の驕り、そしてそれが致命的なものになるなどあり得ないと言わんばかりの圧倒的な力を持つが故の行動だ。
バカだ。
どんな生き物も油断なく生きて運悪く死ぬのだ。
俺も、お前も、みんなも、生きとし生ける全ては神でさえそうなのだ。
存在するということは朽ち果てることもあるだろう。生きているということは死ぬということもあるだろう。死なない奴はもう死んでるかこの世に存在しない奴だけだ。
全能感が体を満たす一方、苦痛も着々と俺の体を蝕んでいた。吐き気と胸焼けと異物感と出血と体の痛みと頭痛と寒気でどうにかなりそうだ。だがそれでいい、俺のような凡人がこんな身の程知らずな力を使って天狗になっている時間などない、音を置き去りにする疾走は破壊を撒き散らしながら着実にやつへと近づいていた。
彼は目を見開いた。取るに足らぬ餌が、意識を外した一瞬のうちに自らよりも高く飛ぶあの竜のような威圧を放っていた。
何故だ。奴はたしかに心を折ったはず。彼奴にもう食われる以外の選択肢はなかったはず。理解不能だった。いや、理解など必要ない、目の前にいる小蝿を早急に追い払い、空へ逃げなければ!
複眼とごくごく単純な神経節は音速域でも肉体を操ることが可能であり、それすなわち音速域の完璧な補足が可能なのだ。すぐにでも飛び立たんと羽を動かし風を纏う。だが…
「ぬん!」
「ぎぎ!?」
羽をするのではなく牙が擦り合う音、いや、牙と斧が擦り合う音だ。
竜巻によって土魔法を相殺しながら一瞬で餌が竜に変わったのに気を取られ小蝿を見落とした。斧は正中線を狙い真っ直ぐに叩きつけられたが、済んでのところで防御に成功した。だが、その怪力によって揚力は殺され、風邪を纏うため、ひいては飛ぶために魔法を解除したのが裏目に出た。土魔法の拘束が胸を覆い斧から飛び出した金属の杭が口の中の柔らかな場所に食い込んだ。
だが、まだこの程度では止まらない、俺は竜のようにおそれらてきたのだ。この程度のコバエどもに、この程度の餌どもに、殺されるなど、殺されるなどあってはならなイィ!
それは火事場の馬鹿力かそれともついに遊びをなくしたのか、あまりに永く獲物を嬲ることを楽しんでいた彼にとってどこからどこまでが余裕なのか、どこからどこまでが危険なのか、本能で動いていたはずの彼からそんな当たり前の本能が抜け落ちていた。
だが抜け出して仕舞えばこちらの物だ。彼は大空に飛び…
『アイアンバレット』
メイドが笑みを浮かべる。そして介抱されながらも狙撃のタイミングを推し量っていたウサギが意地悪く笑う。
「ぎ?」
折れた。
羽がおられた。
羽がおられればどうなる?
簡単だ。
「死ね」
無垢な子供に捕まえられた虫は羽を毟られ体を捻られ死んでいく。そして子供はその無邪気さゆえに自らが壊したそれに何かしらの感情を見つけるだろう。
それはある種の情操の芽生えであり、そして命の有り様や重さを知る。
痛みを感じるほどに発達していない神経で最後の最後まで自らの体がバラバラにされるのを見届けた複眼はようやく芽生えた感情に震え、死んだ。
一瞬、空中に浮かれた時どうなるかと思ったが予想以上に超人化していた身体能力と予見できない程に元から超人だった2人、そして失礼かもしれないが戦力に数えていなかった。ジェシカさんの活躍で漸く奴を仕留めることができた。
だが、俺の地獄はここからだ。
魔力が尽きる。魔法が霧散し魔石が砂と化し、今まで誤魔化していた全てが反動として帰ってくる。肉体は十分に修復されているため骨折などの心配はないけど…酷使されてきた神経系、脳、目、五臓六腑に五体の全てが負荷から解放された歓喜に咽び、襲い来るなんのことは無い当たり前な酷使の代償を吐き出した。
「っぶ…!」
「グラジオラス!?」
吐血、鼻血、呼吸困難、嘔吐などが来る。予想通りの展開だ。
次に神経の麻痺、感覚の欠如、頭痛と眠気そして一時的なあらゆる感覚の明滅、歪む視界、そして沈みゆく意識の中、何かの遠吠えと怒号が聞こえた。




