恐ろしき竜、竜の如き甲殻 参
「あ?」
俺が見れたのは運が良かった。いや、悪かったのかもしれない、あの時ピーター氏に明らかな敵愾心を持ちつけねらっていた奴が無防備にも彼の射程圏内にいたのは魔法を準備していたからだった。そのことに気がついたのはその魔法が完成した直前だったが、ピーター氏が投げた魔石が奴の口のあたりに行った時、奴は魔法を放つための最終段階として口を動かし縦のカマイタチを発生させた。
そしてその後、奴はピーター氏の魔石で地上に落ちたが健在、しかしピーター氏は…左腕を吹き飛ばされていた。
「ジェシカさん!」
「っは、はい!」
俺は隠し持っていた魔力を込めた魔石を投げトンボに追い打ちを仕掛けつつ斧を担ぎ彼の習った通りの体捌きでヒトデ共をかわしながら前傾姿勢になり、爪先から接地し踵をつくと同時に両の足を畳み込みウサギのように一気にバネを解き放つ。
斧は三つの構えを使い分ける。叩くなら担ぎ、薙ぐなら斜め下を向く様に、そしてどの構えからも重厚な刃や柄で防御姿勢を取れる様に構える。強いて言うなら攻撃的な構えが担ぎで防御できな構えが斜めに腰だめだ。これも教えられた事だ。だがまだ習って半年、どちらも彼らの様な美しく流麗な物にはならないが、何も考えずそれっぽい構えをしていた時より格段に動きやすい、ヒトデどもを避けつつ接近できているのがその証拠だ。
何故俺が前に出たのか、それは簡単、瀕死かもしくは限り無く死に近い彼のそばに俺の様な寄せ餌がいれば死に体が死体に変わるのにそう時間がかからない、魔力を少しばかり放出しながら移動すれば…
「「「「ヘァ!」」」」
これこの通り、俺の後ろをまるで雛鳥の様についてくるヒトデども、彼奴らはあらゆる感覚器官のどれよりも魔力を感じる器官が強い、そして知性ではなく本能で、比較的人に近いはずの彼らは餌に向かって直進する。いささか大雑把すぎる本能だが現状はそれが良い方向に働いているのだ感謝しておこう。
表情筋などない、そもそも感情など存在し得ない機械的にすら見える複眼はカチカチと牙を鳴らし嗤っていた。
魔力を視ることの出来る彼は態と地上に降りたのだ。何故か?そんな物は単純だ。彼は経験的に記憶していた。餌はアッサリと殺すよりもじっくりと心を折り、嬲り、極限まで追い詰めた時その旨味と魔力を最も効率よく摂取できるのだ。
昆虫的な効率重視の非人道、無感情な機械的思考は永きを生き獲物を喰らい魔力と絶望を啜ることで小さな芽生えを手に入れた。
それが最も邪悪なタイプの感情であることは、もはや言うまでもないだろう。
目視出来た。煙に中にうごめく奴に斧を振りかぶり、地に叩き落とされた虫野郎に一撃与えてやろうと振り下ろす。確かな手応え、何かが砕ける音、だが俺の死を直感するのに特化してしまったらしい第六感はけたたましい警報を鳴らし、俺は何が起きるのかも何が起きようとしているのかも確認せず。後ろに吹き飛んだ。
「…嘘だろ」
「ギギっ」
羽と羽がこすり合わされ発生する不快なノイズ、そして傷ついているのならばするはずもない羽をすり合わせ削るような音が聞こえた。
俺は察した。感じたのは殺意でも悪意でもない、もっとドロドロとした。粘着質な何かだ。
そしてそれが確信に変わったのは土煙を物理的に吹き飛ばすような魔力放出と猛烈な風、捲き上げる様なそれは竜巻となる。その中心に鎮座するのは無傷の甲殻を誇るように、そして表情などないはずの複眼と牙で笑みの様な、嘲弄の様な、発声機能や表情筋などないはずなのにそれらより雄弁に俺たちのことを侮り、嘲り、餌としか見ていない様な、そんな邪悪何かを発していた。
砕けたのは奴の甲殻でも、そもそも奴のものでも何でもない、俺は手にかかる重さが明らかに軽くなっているのを分かると俺は手にした棒を投げつける。
投げつけた棒は竜巻に巻き込まれ奴に届く前に削り取られ消滅、わかったのは今までの様に投げつける事で損傷は与えられず。そもそも彼奴の装甲は俺たちの攻撃力を大幅に超えている。
よしんば物理でも魔法でも彼奴の走行を超える様な攻撃を繰り出せたとしても接近する前に細切れにされる。
…詰んでいる。最初から隠れてやり過ごせばよかったのか?いや、それはダメだ。そうすれば最終的に出戻ってきた全てを一気に迎え撃つしか無くなる。そうなればいまよりも酷い状況になっていただろう。流石に大規模破壊魔法の術式や魔法を使用しようと森がそのまま動いた様な群には意味がないだろう。範囲内ならば殺し切れるだろうがそれ以外の部分には意味をなさない、そうして残るのは前を走る小型の魔獣どもを追い回す巨大で強力な化け物どもだ。
雑魚も群れれば対処しきれないが、やりようはある。だが、許容量を大きく超えるような怪物が群れれば対処などしようがなくその前に轢き殺される。
レベルに差があるボスとの戦いなどセッティングか進め方に不備があるのだ。だが現実はそうではない、勇者の剣も封印も古代の秘宝も何もないフィールドで見たことも無いような倒しようの無い怪物に出会うのだ。
人はそれを絶望と言うのだ。
「ふむ…なかなかに人を舐めきった顔だな?」
そしてそれを打ち砕き、進む物を英雄というならば、彼は違う。
「少しばかり、無理をするとしようか」
自らの命と力を搾り尽くすような冒険者という生き方、そしてそんな死地の中で笑う者をこそ『愚者』と呼ぶのだ。




