這い寄りますか?生きたいんですが?助けてもらえないでしょうか?
森が動いたのはそこから更に1時間後だった。
だが、俺たちも何も言わずに黙々とこやの補強とフィールドの形成をしていた。勘であれば外れるかもしれない、予感も当たりはしない、だがこの感覚、何か大切なものが失われようとしている感覚、死の予兆は一度経験した俺にはっきりとそれを伝えた。
ここで、死ぬ。
漠然とした言いようもない不安以上の悪寒がピリつく雰囲気以上に俺の精神をすり減らす。デイダラさんもピーター氏もジェシカさんも喋らない、ただ黙々と備えている。
「…何かが、こっちに来てる。」
ピーター氏の言葉が消え入るように夜闇を纏った森に吸い込まれ、俺たちは同じ向きを向いて構えていた。敵は群れだ。いや、正確には膨大な魔力に吸い寄せられた数多の群れとそれを好機と追い回す巨大な、悪意などない獣の本能むき出しの殺意だ。
「グラジオラス…」
「グラジオラス様」
デイダラさんとジェシカさんが俺を家に入れようとするが、俺はそれを拒否する。
「どうせ隠れたって轢き潰されるだけだ。なら…外にいる方がまだマシでしょ?」
勿論、彼らの心配は嬉しいしできることなら地下にこもってこの厄災が過ぎ去るまでただただ泣いてうずくまってあまりにもか細い希望にすがりついたまま消え入りたい、だが敵らしき群れはこの小屋どころかこの辺り一帯を更地にするだろう。なぜかって?屋敷の魔力が彼らを引き付けたのならば彼らの目当ては魔力だ。それも膨大な、そして屋敷は強力な結界と超越者であり熟達の意『adept』のミドルネームを持つ魔法使いがいるのだ。彼らの大半はそこで死に、もう半分は気付くだろう。
そう、俺と言う存在にだ。
敵は俺を狙うだろう。このか弱く。生き汚く。しかし間抜けな餌を食い荒らすためにあらゆる手段を用いてここを荒らすだろう。
逃げてもいいが今森に入るのは自殺行為だし、屋敷に行っても恐らくそれを口実にガラフに殺されるか無差別に魔法を放つアナスタシアに殺されるだろう。
ならばあとは簡単だ。簡単で容易で幼稚で悪意にまみれたリスク管理の時間だ。どちらの道もクリティカルで奇跡的な成功が必要ならば、俺はそれが自分の手の届く場所にある方をとる。死にたいわけでも、自暴自棄なっているわけでもない、俺は生き残るつもりだし、どうなってでも俺はこの場を凌ぎきる。死んだら死んだなんて言い訳は無しだ。俺はこの世界で生き残る。理不尽な生まれも、暗殺も、あまりに絶望的な状況も、とりあえずナァナァにしてきたんだ。そのツケが来ただけだ。
俺は、この脅威に、この世界に、立ち向かわなければならないんだ!
それ故に俺は目の前一面を埋める砂ぼこりのその対面に立っている。魔法に詠唱はいらないが、イメージを固めるために属性と形状を軽く口に出したりする魔法使いもいるようだ。勿論、戦闘において大きな隙であるしイメージの固定化ができていない未熟者というレッテルでもある。
(魔力炉接続、魔力障壁展開…)
ここまでは既に発動している魔法の補強、こっからが今回の実験、一か八かの勝負だ。魔力障壁という見えない鎧を強化する。
(無属性術式起動、対象魔力障壁)
因みにこの世界の言葉ではなく日本語での詠唱だ。2年近くを過ごしているとはいえ未だ俺のイメージの中にあるのは20年近く生きていたあの世界、あの日本という国の言葉なのだ。あらゆる感覚器官を総動員し魔力障壁を知覚する!
術式は生体には効果を持たず。無機物や現象に対して顕著な反応を示す。少なくとも今現在知られている。そして俺が知っている無属性強化術式は対象が無機物でなければ発動すらしない、そしてその対象をきちんと認識していなければ発動しないのだが…数瞬の間が空いて魔力が失われ、キンっという金属音のようなものが短く響く。
俺はニヤリと口の端を歪め、笑みを浮かべる。
「成功だ」
失われた魔力も補填はすぐされる。魔力量が多いというのは低コストの魔法が連打出来るという意味でもある。とりあえず俺は時間の許す限り斧と魔力障壁への強化を行った。
第一撃はデイダラさんとジェシカさんの土魔法、かなり大規模に石を隆起させ小さな敵を後続に潰してもらい、後続の足を鈍らせる。あるいは転けさせるという単純だが悪質極まりない魔法は前方にいる土煙の集団のほぼ全面に、突如として現れたかのように隆起した。
「…行けるか?」
「まだまだです!」
小さな魔物がそこにぶつかり後続の中型に押しつぶされ土煙が止まることはないが激しい衝突音と骨や肉の砕ける音が聞こえる。
森や側面から来ているものや知能の高い一部を逃しはしたが、初撃としては十分な被害だろう。問題はこれで奴らの目が俺らに集中してしまうことだが…どうやら一部が俺たちに興味を示したようだ。殺意とやらは感じられないが、猛る魔力の奔流は以前感じたがラフのそれによく似ている。
だが殆どは森のほうに外れていきこの小屋と俺たちを迂回するような動きを見せる。
正直最初から一気にこの量を相手するのは危険だが、少しでも削らなければ削り殺される。屋敷の放つ膨大な魔力を目くらましに使いつつ、アナスタシアがさほど魔物を削らなかった時の保険だ。気休めにもならないほどの保険だし、これほどのリスクを冒しての行動だというのになんとかどれだけいるかわからない群れの中の前面が少し削れただけだ。
そして、俺たちに興味を示した奴らがゆっくりとその姿を現した。
目につくやばそうなやつは二体、前世の古代に存在したとされる爬虫類の王様、鳥類に似た進化した呼吸器系を持ち、二足歩行で成長し続ける体を支える巨大な捕食者となった恐ろしい蜥蜴の王様、そのつがいと化け物みたいな大きさのトンボ、どうやら最初は準備運動とはいかないようだ。




