肉体強化(壊)
風の月、1の十日目
いやはや、びっくりした。いや、驚きはあったが、確かにこうなるだろうという認識はあった。だがその通りのことが起きた時真っ先に感じたのはだった時前世の物理学というものの高度さと空想科学と言う名のもとに検証検算された物理現象という物の凄じさだった。
ついでにジェシカさんやピーター氏に超絶怒られて幼児の身体が反応しちょっと涙が出たが問題ない、むしろ俺のことを心配してくれている2人には感謝しかない…
という訳で一週間程書けなかった実験結果を記すとしよう。
今回俺がやったのは以前やった過剰な肉体強化状態での運動だ。
結果は勿論魔力枯渇、右腕の骨折脱臼内出血の三コンボ、それらの負荷による発熱である。何があったのか覚えている限りで書き記すが、それ以上に今回得られた結果は貴重な体験だった。
また、今回、投擲するにあたってピーター氏が驚かなかったということは鍛えられた者ならばあの程度のことはできるという指標でもある。と、先に言っておこう。
投擲は人類の最も重要な武器だった。原始時代のというとざっくりしすぎだが、少なくとも火を使うという知恵に次いで人類を発展させた紐、それ以前もそれ以降も人類の最も手軽な遠距離武器は石と手を使った投擲だった。石を投げ、槍を投げ、投げ続けてきた。そのうち弓を引き矢を放つことや火薬を爆裂させ、玉を吐き出すことを覚えてもその技術は闘いの中にあった。
そういう経緯で俺は最も効率良さそうな獣狩りの方法として投石を選び、木の上に居たこの地方において一般的な鳥であり、食肉用の家畜にもなっているニワトリによく似たチッキと呼ばれる野鳥に対して、石を投擲した。
その際に今扱える範囲で最大限肉体を強化した結果、生身で音の壁に衝突し空気抵抗で魔力障壁が吹き飛び、その後に残った反動で腕をぶっ壊してしまったわけだ。
…なんかインフレ漫画みたいな話だが、勿論石にその力全てを正確に伝えられているわけではないために石自体は音速を超えなかった。ただ単に俺の腕を振る速度のみが音を超えただけだった。それだけだったために今も俺は無事なのだ。
もし俺が本格的に投擲しようと思って体全体を動かしていれば、まず動作が脳の処理を超え、魔力が一気に消し飛び、ついでに障壁が全損してひき肉なっていただろう。
前提として、今回俺は神経系の強化を然程せず肉体の強化のみに魔力を注いでいたしついでに言えば俺は今回の実験を唐突に行ったが、その結果がどうなるかは漠然とわかっていた。というのをわかってもらいたい…理学というのは知識を知恵とするためにどうすればどうなるかをわかった上で実験するのだ。その過程を体験して、発見し、そして自らその現象に関する情報をより深く知る事で自らの血肉へと昇華しようという試みであり、その過程で危険なことがあれば是非是非それも経験すればいいと思うのだが…
うむ言い訳は見苦しいな!実際今回の件自分ではわかりきっていたし、いつかやるというのは決めていたが思いつきで実行すべきではなかった。少なくとも自分を傷つける可能性があったのだせめて屋内でやるべきだった。
人間というのがいかに簡単に死ぬのかというのをよく知り、命の危機を脱しようともがいた末に自分から死にそうになるとか言語道断である。ダラダラと筆を進めても自戒にもならない、さっさと結果を書き記して寝よう。
1、肉体強化は成功し制御もできた。
2、強化率は指数関数的に増大しただ腕を振り下ろしただけで前腕の速度は恐らく音速手前ほどまで加速した。
3、魔力障壁が空気抵抗で削れた。
4、肉体の限界以上の稼働に対して強度が足りなかった。
5、発動と魔力の制御はうまく言ったがやはり肉体が耐えきれなかった。
6、過剰に魔力を使い強化を施そうとすると以上に燃費が悪くなる。
と、まあこんな感じだ。
1は単純な事だが魔力操作技術の向上に努めていた甲斐があった。それに燃費は悪いがあの問題さえ解決すれば遥か格上相手や一瞬で自分を燃やし尽くすような、自爆めいた戦いが必要になった時などに切る最後の最後のジョーカーとしておく程度には使えそうだ。問題点には書いていないが、恐らく神経系、主に脳や目などの感覚器官の強化も合わせれば動きと思考の速度に乖離が生まれることは無いだろう。
後々検証や実験はいるだろうが、それよりも問題はやはり6、燃費が以上に悪い事だろう。だが、これは場合によっては解決できない問題だと俺は考えている。
一つはかなり前向きだ。魔力操作が甘く魔力が余分に失われている。もしくはイメージ力が足りず実現に余計な魔力を支払っている可能性だ。だが、これはほぼないと見ている。なにせ肉体強化への過剰な魔力充填とは言ったが、いわゆる物理限界を超えた動きのイメージを実現するために魔力を注ぎ込んでいる。こちらの世界の人間ならば竜やそこらへんのファンタジーな力の象徴の模倣のために異常なまでに魔力を消費させられ挙句魔力枯渇で死ぬだろうが、生憎と俺の前世はサブカルチャーやなんだとアニメなどではあったが常識を遥かに超えた動きや現象という物に明確なイメージがあり、理想像がある。確かに魔力操作が甘く漏れはあるのかもしれないが、2年近くを生きてきてそのほとんど全てで魔法を発動させ続けてきた俺は直感的に現象に対してこの消費魔力が妥当だとわかる一線がある。そして、それはこの魔法で言えばこれが正常くらいなのだ。まぁ、直感なので正確ではないがなんとなくそんな気がする。
故に俺が考える原因は一つ。『歪める現実の規模が大きい』のだ!
そう、結局のところ魔法とは魔力で持ってイメージを現実にする物だ。そして魔力にはその方向性、火ならば熱と燃焼、水ならば冷たさと流れ…などなど向き不向きがあり、歪められる現実の大きさは魔力量に比例する。そうなれば話は簡単だ。無属性の象徴がなんであるかは不明だが、少なくとも傾向的に『力』関係であるには確かだろう。その魔力で俺の肉体の性能を某竜玉や魔法先生の終盤レベルまで高めるとなるとそれはそれは多大な魔力によって俺の体やその周囲を改変しなければならず。結果として消費魔力が多くなるということだ。
つまり、今の肉体とその身体能力からかけ離れすぎているために魔力が一気に奪われる。と、いうことなのだと俺は理解した。現実的な解決策としては俺の体の成長とそれに際してのトレーニング、現実を歪める魔法ではなくあくまで物理的な意味での強化である。
俺は書き終わった日誌を枕元に置き、デイダラさんたちの物を作るときについでで作られていた俺用のベッドに寝転び、右腕を見る。包帯を巻いてあるがその内側はボロボロながらすでに完治している。骨が複雑に折れ、皮膚まで突き出しているものも有ったらしいが、肉体強化は治癒力にまで作用したらしく。幸いにも魔力障壁が大部分を負担してくれたため1、2箇所が折れる程度で済んだが、軽率だったことには変わりないのだ。
「心配、かけちゃったなぁ…」
なんだか、俺を心配してくれている人がいると言う今更の事実に、涙腺が緩んだのはやはりこの世界において俺が愛やら情やらをあまり受けてこれなかったからだろう。精神的な意味では自立した大人だが、身体はガキンチョだ。
「いや、中身も大したことねえガキだったな」
1人、他に誰もいない部屋で寝ているからだろうか?妙な郷愁に襲われた。
だが、俺にはそんな細やかな、今の今まで必死すぎて気がつかなかった寂しさに浸る間も与えられないようだ。
それは地響きのような唸りと共に高まる魔力だった。俺はあまりの強烈な死の予感に一気に目を覚まし、魔石をポケットに突っ込んで斧を担いだ。デイダラさんとピーター氏、それにジェシカさんも起きてきた。皆無言でそれぞれの武器を持ち、一番広い一階のリビング兼実験場1に集まってきた。そして恐る恐る外見れば案の定魔力は屋敷の方からのものだとわかった。だがその次の瞬間全員の目に映ったのは巨大な幾何学模様、アレは…
「術式!しかもこんなに大規模なものは…未だ発見されていないはずです!」
ジェシカさんが叫ぶと同時に魔力が急速に収束し発光…それが終わると残されたのは不気味な迄に何も感じない森と、心臓を誰かに鷲掴まれているかのような嫌な気配…見上げれば空は薄気味の悪い灰とも紫ともつかない不気味な色の雲に覆われ、その隙間から見える月は…太陽を喰らっていた。




