新生活と奴隷
あの屋敷を半壊させた挙句荷車を引きながら歩いていた俺のつま先と前髪を凍らせた大怪獣戦争の後、親父殿の様な暑苦しい様なプレッシャーが去ってから俺は指定通り屋敷の裏口にて待っていた。いや、嘘である。山積みの魔石を積んだ荷車をえっちらおっちらと肉体に負荷をかけないギリギリまで強化して引いていた為に親父殿が離れてからついたと言うだけだ。
勿論、武道経験や自分を追い込む様なスポーツ体験が無いとは言わないが真剣に取り組んだことはない、と言うか少なくとも体験があろうがなかろうがこんな重労働、魔力に余裕はあれど産まれて一年の幼児がやるものでは無いしやらせるものではない、毒やらなんやらでぶち殺せないのをいい事に物理的な負荷で殺しにきたのだろうか?
…いや、ないだろう。少なくとも現在こんな仕事を押し付けてきているのはアナスタシアその人だろうが、彼女の行動には一貫して俺の願いを叶えようとする意思がある。それが例え造られたものでも、母親として無自覚な愛とかそう言うものだろうと関係ない、というか俺を殺しに来るとすれば…それはおそらくガラフだろう。貴族的な意識とそれに裏付けられる高いプライドが彼にはあるのだろう。何処と無く聖杯を奪い合う戦争で余裕を持って優雅そうな雰囲気を醸し出しつつ弟子にアゾられる人と同じような気配があった。…どっかで痴情のもつれとか、うっかりとかで死なねえかなぁ、俺の平穏のためにさ〜
まぁ、そんな感じで待っているとほどなくして半壊したものの修復され始めている屋敷から白髪の男が出てきた。
いや、白髪ではない、あれは霜が降りているだけか?どうやら正体は赤髪赤ひげで屈強そうな180ほどの筋肉モリモリマッチョマンだ。いや、どうだろうか、案外ガラフが送り込んできた未来の殺戮マシーンかもしれないが…
「…お前がグラジオラスか…」
「え、ええ…」
バリトンボイスが大気ごと俺を揺らしているのではないかと錯覚させる様な迫力、なんとかそれに答えると沈黙が生まれる。
しばらく俺も彼も言葉を発する事が出来ずに…と言うか発するタイミングを失ってしまったが為に妙な間が空いたが、彼はおもむろに荷台を持ち上げ屋敷に持って入り、荷台に様々な生活必需品が満載されたものを持ってきた。
「これ、持って帰れ」
「あ、はい、ありがとうございます。」
なんだか不思議な感じ、と言うか不思議な人だが悪い人ではなさそうなのが救いだった。
俺は再び数百個の魔石と同じ様な、もしくはそれ以上の質量が積載された荷車を引きながら家に戻り正気に戻ったジェシカさんとご飯を食べて寝た。
赤髪を掻きながら大男は首をひねる。
「…やはり、おかしい」
「どうしたのデイダラ」
「…奥様、驚かせないで下さい」
「いいじゃないの、そもそもあなたは私の所有物、驚かせようがそれで心臓を止めようが私の勝手でしょう。」
男は背中に刻まれた奴隷紋にチリチリと主人の魔力を感知したとき特有の痒さを感じながら屋敷の再建をしていた。
「で、何がおかしかったの?」
「…ああ、その話、まだ続いてたんですか」
「続いてるに決まっているでしょう!私が質問してるんだからさっさと答えて!」
男は主人の命令によって発生する痒みに少々眉をひそめながら目の前の主人がプリプリと怒るのと侍従長に頼まれた屋敷の再建が遅れるのとのどちらが恐ろしいか少し考え、トンカチを置いた。
「…グラジオラス…様、の事です。」
「それはそうでしょうね」
「…はい、彼の方の肉体強化は…何か、妙なんです。」
そう言いながら彼は何が妙なのかを考える。
肉体強化はそもそも肉体と言うよりも筋肉、体の生み出す力の強化である。なので出力はその術者の魔力ではなく肉体依存なのだ。それを考えると…
「…出ている力が、大きすぎるのです。ふつうに考えて、あの年頃の幼子の力を強化しようとあの重さの荷台を動かすことなど、できはしないのです。」
「なるほどね…じゃあ、どうしてだかわかる?」
「…いえ、流石に………ですが、高ランクの魔獣と似た気配がありました。」
「ふーん、ありがとう。じゃあね!」
「はい…」
話終わって彼は後ろにいる侍従長にどうやって言い訳をしようか考えて、諦めて、トンカチを持って仕事に戻った。彼は奴隷、昔は高ランクの冒険者としてある程度活動していたが生来のトロさがムカついたのか、それともそのあまりに異様な強さに嫉妬したのか仲間に裏切られ奴隷まで落とされた。
そして不幸にも体質のせいで奴隷紋がさっぱり意味を成さなかったのに目をつけられアナスタシアに買われたのだ。
そしてやはり不幸にも時たま彼女の絶対命令と基本的命令権を預けられた侍従長との間で板挟みになりたいして痛くもないが寝る時間を減らされて鞭を受ける羽目になるのだ。
「ファぁ〜」
…いや、そもそも呑気すぎるのが問題なのだろう。
朝が来た。そして俺は家からジェシカさんが出て行って斧を振り上げ薪を割ろうとしてうっかり家に斧をぶつけた音で目を覚ました。
「えぇ…」
「申し訳ありません、実はこの手の作業をしたことがないのです。」
まぁ、それはそうだ。だって彼女貴族階級だもん、魔法使いはそのほとんどが貴族で魔法貴族やその他の貴族にメイドとしてや衛士として入る人間で魔法を使えるものはその多くが次男三男や嫁ぐよりもいいと言うことで奉公に来た次女三女なんかである。
そして、それらが出来るのはあくまで使用人ではなくメイドの仕事、この世界では奴隷という労働力がまだあるので薪割りやら何やらの雑務、俺のやってる魔石への魔力充填など魔力が少なくても出来て死んでもいい奴隷を使い潰す用の仕事は総じて彼女らの経験しなくても良い事であり、する必要のない事だ。
「はいはい、貸して」
「わ、若様!?」
まさかここで前世が役に立つとは…これが俺つええ、これが知識チート…虚しい…
家の壁にめり込んだ斧を引き抜きバコンバコンと華麗に薪を割っていく。
「ジェシカさん、とりあえずこれで朝ごはん作ってくれない?」
「あっはい、かしこまりました。」
…しばらく魔石の研究はそこそこに生活基盤の安定が必要そうだ。俺は薪用の木の置き場に小枝しかないのを見て薄っすらと白む息を吐いた。




