フェードアウト
「そのまま伏せていてくれるとありがたい、私も今回ばかりは余裕がないんだ。」
クリスだ。しかもどうやらあの爺と何か因縁があるらしい、いや、だいたいわかった。そうなると彼女の年齢が気になるが…まぁ、そういう種族も在るのだろう。少なくとも俺は俺という存在や何をしたのか自分を改造した母親を知っている。それに比べればちょっと寿命が長い程度や伝承通りの怪物性を保有する吸血鬼なんて種族として真っ当すぎる。
俺を守るように抱きしめたジェシカさんだが自身の瞬間魔力を越えた魔法使用によって気を失っているようで規則的な呼吸はしているが魔力はかなり失われている。ハッとして抱えているはずのダフネを確認するがこちらも意識が無いだけで問題はなさそうだ。
『クハハハ!だがそれ以上に恐ろしいな、まさか此処まで来て貴様の動きが見切れないとは…』
切り刻まれ血の霧めいた不定形になっていた怪物は一瞬にしてその身体を構成し直し壮絶な笑みを浮かべる。
「生憎、君のような若造に倒されるほどやわな鍛え方はしてないんでね。」
だが問題は此処から、クリスさんに会えたのはよかったがタイミング悪く接敵中で、しかも相手はあの吸血鬼、一応庇ってはくれているがあの煌めく何かの破壊力は常軌を逸しているし、あの吸血鬼の斬撃に至ってはインフレ漫画みたいな攻撃力だ。障壁で耐えられるかどうかというよりはそもそも防御などという事を許してくれるかどうかというレベルである。
此処にいるのはあまりに邪魔だが此処から離れることもできない、俺が見ていないところに伏線があったのか、それとも俺が知る由もなかったのか。何にせよ状況は極めて悪い。
周囲の気配を探るが先の一撃で街の半分が真っ平だ。グールが神聖攻撃以外で粉砕されるなど聞いた事がないが周囲に人影らしいものはない。隠れる場所、若しくは退避できそうな空間をと視線を彷徨わせる俺とこちらを見下ろす彼女の目線がぶつかる。
瞬間、障壁を抜けて思念が伝達される。
(グラジオラスくん、残念ながら私も君らを庇いながら彼を倒すのは不可能だ。なんとかして離脱してくれ。)
(なっ!そんな無茶な!)
(いいかい、君らは失敗も成功もしていなかった。実際私の情報網すら上回る隠蔽であのジジィについての情報が封鎖されてたんだからね。それにこの戦争はどうやら此処の領主が起こしたものじゃなさそうだ。ギルドの腐敗も街の動きも全部ある商人によって完全に制御されてた。)
今度は一瞥もない、鋭い光が弾け男の姿が爆散する。俺は彼女によって語られる今回の裏側をよく飲み込めないまま記憶として叩きつけられる。
(…残念ながら私も盤上の駒に過ぎない、この男を滅するのに数日はかかるしその間に今回の戦火はその商人によって共和国全土へ広がるだろう。)
何をどうして俺にそれを告げるのか、いや、そうか。貴女は…
(いいかい、小僧。お前は依頼を受け、それにまだ成功していない、だから今回の上司である私に多少の負い目があるはずだ。それを見込んで命令する。臨時だとしても、ギルド監査員、私のこの情報を共和国南部最大の都市『ドヴェルグ』の冒険者ギルドに持っていきな。その女の子の問題もそこで解決できるはず。)
俺は思念による会話という便利さと想像以上に卓越した魔術師としての技能に惚けていたが、次のビジョンが見えた瞬間俺は彼女らを抱え魔力障壁を全開にしくるであろう衝撃を操作するため集中せざる得なかった。
「はぁ…漸く『魔女』の手がかりが掴めそうだったんだけど、やっぱこう長生きだと過去が追いついてきちゃうね。」
『くか!それはそうだとも水銀のクリス!貴様にとってあの戦は、あの戦場は!とるに足らないものどもを殺し尽くすだけの手慰みだったとて!私にとっては人生の全てだった…何より、貴様という絶技を焼き付けられては他の全てが色あせて仕方がない!!』
「はぁ、やっぱお金になるからって色々と首を突っ込むもんじゃないね。じゃ、バイバイまた今度。」
聞き取れないほどの高速詠唱、しかしながら俺は漸く彼女の攻撃を視る事ができた。
「『slash』」
それは見たこともないほどに練り上げられなんのカラクリか変形させられた細い糸状の魔石、口と指の計11箇所から飛び出しそれが彼女の魔力と魔術に呼応し爆発的に加速、複雑な軌道を描きさまざまな術式を描きながら敵を切り刻みそれと同時に魔術を発動する。
それがあまりに一瞬で行われるために敵対者は旋風の中不可視の斬撃に切り刻まれたように感じる。
ようは超高速で行われる指以外も使う『あやとり』糸で正確な図を書き出すなど狂気の沙汰だがそれが実現できているが故に強く。さまざまな術式の連続発動によってその正体が看破されるのはあり得ない。だがさらにあり得ないのは彼女の使う魔術は属性などなく。純粋な斬撃のように見える魔術、つまり未発見の『無属性魔術』であるということ!
だが感心できたのはほんのわずかな間、俺は少し前にやったであろう絶技の発動に集中せざる得なくなる。
そりゃあそうだろう。なにせ彼女の高速あやとりは俺の剣と同じ魔石によるものだ。それが周囲の地形なんぞ無視してふるわれるのを想像してみてくれ…
「オオオオオオオオ!!!」
障壁をあっさりと貫通し右手首に当たったそれから魔力波長を逆算、周波数を調整、調律、その間にも糸は俺の首にまで差し掛かる。だが…っ!
「間にあっ」
久々の全力能力強化、あまりに激しい演算と観察に頭痛が鳴り止まないが障壁へのフィードバック完了、そこから衝撃を推進力へと変換して吹き飛ぶ。残念ながら俺の意識は遠のき始め着地は運任せになるが2人は必ず死なせない、言葉すら放てなくその一瞬まで魔力を回し障壁を強化する。
「た…」
こうして俺とジェシカさんの久々すぎる街での活動は一瞬で終了し、何やらやっかいごとを抱えさせられたり自ら抱えたりしながらこのオチを乱用しすぎだとアニメや漫画なら呆れてしまうくらい同じように空中遊覧飛行を楽しむ羽目になったのだった。
〜〜side out〜〜
「あぎゃぎゃぎゃぎゃ、ありゃ死んだかな?」
『ハハ!四怪のレプリカの贋作の1/100000のデッドコピーで本物の小人族を殺せるならこんなまどろっこしいことしなくていいんですよねぇ…』
半壊した街を見下ろすように特徴的な笑い方の獣人は通信術式と遠見の魔法を発動していた。
「てか商人さんや、ウチの下っ端とはいえ師団単位を注ぎ込んで消滅とか笑えねぇんだが?」
『だから金も警告も出したでしょ?それに今回の戦争でいい目を見たいんだったらこれくらい安いもんじゃないかって乗ったのはそっちじゃないですか。』
「あ゛?」
『ハハハハ!』
笑みを潜めて呪うような声色の獣人とあくまで表面上は朗らかな商人であるらしい男。一触即発の空気は第三者の介入によって霧散する。
「おい、アイツはいたか?」
「…はぁ〜嬢ちゃんな、今俺忙しいの、このクソいけすかないゴミカス戦争狂で肥溜めをさらに煮詰めたような性格の雇い主から金をせびろうとしてんの!」
現れた女は何故か酒場の給餌姿でしかもかなりグラマラス、そんな形で森の奥地にいるにもかかわらずさして強くはなさそうですらある。だがそれでもこれ見よがしに首に下げられた光を吸い込むような黒い短剣と首輪は彼女がどのような存在であるかを示している。
『というか仮に悪魔めいた存在だったとしてあの水銀の一撃を受けて無事だと思えません。目撃情報はありますけど貴女のいう特徴だとそこらへんの貴族の子弟でも当てはまりますしおすし。あと追加報酬なら仕事次第だって言ったでしょこのポンコツ魔獣モドキ。』
「あああ!テメ!コラ、クソこのネクラ野郎!俺みたいにプライドも何もドブに捨てて同族見捨ててるような奴でもその言い草はないだろうヨォ!?」
『えぇ…人間の屑すぎません?』
「…絵に描いたようなクソだな。」
「え?もしかして味方いないかんじ?」
そんな時だ。
「あ?」
『どうしました。』
獣人の動きが止まる。
そして突然魔力が吹き荒れ彼女らの頭上を何かが凄まじい速度で飛んでいった。
「ぐおおお!?」
「っが、この、魔力!」
『mしdねうあかmqど!!』
魔力の影響か術式の類は軒並み粉砕されるが獣人と女は無事だった。
「なんだぁ…今のは…」
「奴だ!やはり奴がいた!そしてまだ生きている!!」
獣人は術式が霧散したのとさっきまでのぶっきらぼうが嘘のように狂喜乱舞する女を見てゲンナリする。
「はぁ、どうやら旦那の読みははずれたみてぇだな。」
獣人は術式を再発動しながらため息をつく。
どうやら甘い汁を吸えるのはまだまだ先らしい。




