表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/129

そんなあなたにSANチェック


はぁ〜登って来たはいいが…

「なんとかなりましたが…少々様子がおかしいですね。」

「そっすね。」

ジェシカさんが瓦礫から生み出した石柱で崩落跡から抜け出した俺たちを待っていたのは奇妙なまでに静まり返った地下魔術陣、もとい壊れた軍事施設だった。

「俺と吸血鬼の殴り合いで壊れたわけじゃない筈だ。」

「ええ、その筈です。忌々しいですが少なくとも私はあの老人に奇襲されここに放り込まれるまでそんな気配を探知することすらできませんでした。」

吸血鬼を殺す為の陣であると同時に一族の出来損ないを放り込む座敷牢でもあった此の陣の中心はかなり高度に隠蔽され、隔離されていた。だが、その陣も崩壊し術式の形も設計図などがないならばこの世から永遠に失われた。

そうなるとここを隠蔽する物は何もなくなり大規模な崩壊が領主館のほぼ真下で起きたとなれば騒ぎの一つや二つありそうな物だが…人っ子一人居ない静寂感、そして血の匂い。

「探査は?」

「もうやっています。」

チラッとみると彼女の貯蔵魔力ではなく魔力炉に入った魔力、その一滴に至るまで操作しようと完全に内面世界へ入り込んでいる。俺は集中しているジェシカさんの邪魔をしては悪いと黙る。

「…」

「んしょ」

完全に気を失わせているダフネを背負い直すついでに少し様子を伺う。

「…」

呼吸は普通だが瞼の動きがある恐らく目が覚める予兆だろう。次もまた自殺しようとされると困るが永遠に気を失わせ続けるのは不可能だ。どこか落とし所を見つけなければならないだろう。

だが今すぐにそれが見つかることはない、俺は身構え極力動かない様に魔法に影響が出ない様にゆっくりと姿勢を変える。

そうしている間にパチリと目が開く。だが、その瞳は赤く染め上がっていた。

「…アルカードだな。」

「左様。我が主人の助命感謝する。」

少女らしからぬ、そして青年らしからぬ威厳に満ちた王の様な物言いが鈴を転がすような声で響く。

「彼女は?」

「眠っている。深くな、それ故に私が表層に現れることができた。ククク…」

一体吸血鬼とはなんなんだろうか。少なくとも真祖でもなんでもないはずの彼女に魂を保管するなどという権能は無いはずだろう。それなのに俺の中に転がり込んできた真祖のカケラやこのアルカードという名の何者かなど別人格ではなく完全に独立した別の魂が彼女の中に入っているなど異常極まりない。

「そう睨むな、我が主人をただ救おうなどと言う貴様も、そして彼女を生かそうという私も、彼女にとっては等しく敵だ。仲良くしようじゃないか。」

精神世界で見たあの幼女吸血鬼めいた狂気の笑みはおよそ友好を感じる余地を残していないが、恐らく本心だ。彼は彼女の中にあって彼女自身ではない。だがそれと同じくらい彼女と繋がっている。だから揶揄う様な口調にも敵意が混ざる。

「…まぁ、そうか。……んで、目的はなんだ?少なくとも俺は俺のためだがあんたの目的が見えない。」

「勿論、私も主人の命を私のために護ったまで。それではいけないかね?」

「嘘くさいんだよ、青年の時はまだ青臭い感じがしたっていうのに今のあんたからはおよそ悪意しか感じない。…それにお前のいう主人の精神が眠った方が表に出られるっていうのならいっそ彼女がいない方があんたにとって都合がいいんじゃないか?」

俺の言葉に目を丸くし、ころころと笑みを浮かべる。

「さぁ、どうかな。だが私がいる限り主人は壊れない。吸血鬼であり従者たる私が彼女の心と繋がる限り微かな怪物性が彼女を蝕み破綻を遠ざける。それは君にとってメリットだろう?」

「っ…!」

返す言葉が思いつかない、壊れた様な笑みを浮かべるこの目的不明の吸血鬼に対し俺はなんの言葉も投げられない。彼を否定するのは俺の否定、彼の存在によってひしぎ留められた彼女の精神を苦しめる様な選択をして俺自身の否定だ。

助ける。救うと言ったがジェシカさんの言う通り殺してしまった方が良かったのか?吸血鬼という化け物に、そうある事に耐えられる人間はいない。そういう意味では人間としてのダフネはこの家に生まれた瞬間に死んでいた。死人を埋葬するのは自然な事だ。果たして俺がやっているのは…


頬を叩く。

「あまったれんな。」

自らを戒める。

他者を救うなどというのはそもそも不自然なのだ。善意でもってのみ他者を助けるのはフィクションのヒーローか同等の精神破綻者のみ、大概は助ける暇があれば自らを守り、大きなものに巻かれるように生きている。

それに反逆するという意味で俺は不自然極まりない存在だ。

心に決めてもう決定した。ならば迷うな、疑うな。生まれた瞬間死んでいたならもう一度産めばいい。彼女は外を知らなさすぎる。世界は広く彼女の心を癒す何かもまたどこかにある。そこまで付き合って漸く救いは産まれる。理不尽の破壊は成る。

「ククク…流石だ。」

微かな魔力、そして満面の笑みを讃える化物。

「お前…試したな?この俺を。」

語気が強まり魔力が荒れる…が、すぐに治る。

「失敬、なに主人を救うと豪語した男がそうしょぼくれていては救えるものも救えないと思ってな?」

涼しげにそう宣った吸血鬼は紅玉の様に妖しく輝く目を隠しもせずに嗤う。

そう、吸血鬼の魅了限りなく薄まっても彼女は生まれついての怪異なのだ。その体から血を失っても備えられている機能までも消え去ることはない。俺は改めて吸血鬼という種族の厄介さを感じた。

「グラジオ様、確認が終わりました。どうやらこの地下空間にはもう人はいない様です。ついでに領主館も死体はありますが人の気配はありません。」

「ありがとう。じゃあ堂々と出ていくとしようか。」

気がつけばダフネの目は閉じている。アルカード、一体彼が何者であるのか。目的はなんなのか、今それを知る必要があるのか。わからないまま進む。とりあえずは…だ。

「こちらの方に領主館に繋がる階段があるはずです。」

むせ返る様な血の臭いと人間だった肉塊、だがそれに顔を歪める暇はない、あの老人がどんな存在になったのか、ならびにそれで今回の騒動がどうなったのか。

急ぐ理由は様々だがわかるのは確実に嫌な方向へ物語が転がっているって事だ。

「こっから先、一瞬でも気を抜けないな。」

「ええ、勿論。」

防具の替えは無いが俺にはとりあえず障壁がある。ジェシカさんの装備はこの短時間でボロボロではあるが破損や消失はしていない様だ。

「斧は…芯が歪んでんな。」

「高いんですからちゃんと使ってくださいよ…」

まぁあと何回か振り回す位はできる。恐らく武技宣誓による前借りをすれば一度で壊れるだろうが武器は消耗品だし、しょうがないと割り切ろう。金については…まぁ、はい…キヲツケマス。


階段を上り隠し戸だったのであろうからくり仕掛けの棚を無理やり退ける。

「ウッ…」

「ジェシカさん、落ち着いて。」

赤、紅、朱、保管庫なのかそれとも別の部屋だったのか、わかるのは辛うじて残る樽や棚だったものくらいそれ以外の全てが砕けている。まるで部屋ごとミキサーにかけたかの様な惨状、見える赤が全てトマトや絵具なんかで無いのはなんの冗談か。

恐怖を煽る殺し、意味のない損壊、まともな奴がまともな人間ができる所業でない。

「あの爺さん見えるもの全てを殺し尽くしてんのかよ…」

「…いえ、違います。」

気の緩み、恐れに近い感情から俺のこぼした言葉にジェシカさんが待ったをかける。

「これは、ここに居た人間同士によって引き起こされています。」

「…っ!」

そう、そうなのか?

だがつぶさにみればそうと思える根拠はある。ナイフの刺さった死体も上半身と下半身が泣き別れしているのもあの老人が殺したのにしてはあまりに損壊が少なすぎる。アレがこんな室内で力を振るえばどんな小さな出力でも屋敷ごと粉砕するだろう。

少なくとも、俺が戦った吸血鬼の力とはそういう類の物だった。

「…魅了、もしくは魔力酔に近い魔力飽和による発狂…そんなとこか。」

「ええ、少なからず仮想敵が精神操作を可能とするのは確かですね。」

だが怪力や魔力だけがあの怪異の力ではない。破壊だけならまだマシだ。俺はハッとしてジェシカさんを抱き抱える。

「え、なにを!?」

赤面して慌てる様は可愛いとしか言えないマジでこの人なんでいきおくれて俺なんかについてきてしまったんだとか思ってしまうが…魔力、もしくは魔法のレジストは発動しなかった。

「…大丈夫か。いや、ジェシカさんはあの爺さんに運ばれてきたからな。万が一って言うアレだ。予防策だ。」

「え、ええ、はい。」

魅了やそれに類する精神干渉を俺の障壁が弾けるのは吸血鬼との戦いで分かっている。問題は意識すれば弾けると言うだけでさっきのアルカードの様に気の緩んでいる所や悩み、心にある隙を狙われれば付け込まれる可能性があると言うこと。

気を抜けない、緊張状態や集中を続けていられる時間には限度があるが少なくとも今この町の中ではそんなことを言っていられない。

「ジェシカさん、竜鱗の指輪に魔力を注ぐからちょっと貸して。」

「…はい、精神防御ですね。私も少し魔法を発動しましょう。」

ジェシカさんの装備である指輪は回復効果もあるが魔力を注げば竜鱗の様な魔力障壁で一定までの魔法や干渉を防ぐ事ができる。あの黒竜に取り憑かれた時彼女が使っていたスケイルメイルと同じ原理であり竜であっても人のみで鱗を纏うには基点が必要だったため奴が変質させたのだろう。

俺の馬鹿魔力なら籠手を発生させるくらいは出来るが元から障壁を纏っている関係上必要性は薄い、魔石と同じ様に癖を掴んで鍵を開ける様に、物体の中にある通り道に魔力を込める。

「ありがとうございます。」

「いや、必要なことだからね。」

指輪を返す。彼女はそれを嵌めると今度は俺の手を握ってくる。ちょっとドギマギしたが魔法の発動だろう。静かにする。少ししてキンッという高音が鳴り黄色い光が発生する。

それと同時に心にあった揺らぎの様なものが無くなり落ち着いた様な、精神そのものがガッチリと固まった様な気持ちになった。

「属性魔法ですが結合を弄って精神そのものの強度を心なしか上げてみました。イメージが固まり切っていないので自分にかける以外ですと気休めになりますが…どうですか?」

「ありがとう。効果はあるよ。」

さぁ、進もう。

まだ俺の感覚にも彼女の探査にも影はないが嫌な予感だけはビシビシ感じるんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ